第18話

 しかし、視界の正面にある黒を見て、全く幸いでない寝入りだったと私は気付く。


 目を凝らすと、それが石造りの天井であり、光源の少なさから黒く見えていることが分かった。問題は、その天井を、首を動かすでもなく、自然と直視できている状況だ。

 起き上がろうとすると、背中に石の感触。両手足が狭い空間を数度、滑る。ジャラン、という金属音。


 私は、仰向けに寝かされ、鎖に繋がれていた。


 首は拘束されていない。四方を確認するが、寝ている位置が高すぎるため、床が見えない。光源となるのは、暗所に一定間隔で置かれる松明のみ。壁の形から、洞窟などではなく、完全な人工物だと分かるくらいだ。

 くらい……? それだけだろうか。疑問に思っていると、足の方角からバタンと音がした。

 ガチャリ。


「オーウェン様」


 気絶前に呪った馬鹿女が、落ち着き払って近付いてくる。道を曲がり、彼女は、私の顔の右側で足を止めた。

 上で瞬く、青い目。


「お目覚めですか?」

「……寝たくなかった」

「そうですか。わたしは、オーウェン様の覚醒を心待ちにしておりました」


 にっこり笑って、沈黙するマーガレット。被拘束中の私を見て動揺しないということは、彼女こそが下手人したてにんなのだろう。

 なぜ家に送らないのだ。なぜ、あのとき初めて、監禁しようとした。


 睨みつけていると、腰に電流が走った。


「があっ……い、た……」

「炎が直撃したところです。処置を施しておりませんから、痛いのは当然かと」

「~~~っ」

「けれど、オーウェン様。オーウェン様の負傷は、腰の火傷のみでしょうか?」

「は?」


 一瞬、何を言っているのか、分からなかった。しかし、直前の鍬男の暴走を思い出し、私は、想起による痛みの暴発を待った。ぎゅっと目を瞑る。予期していれば、痛みは和らぐ。


 …………あれ?


「後頭部に一つ、背中に二つ、ふくらはぎに一つ。鍬による擦過傷がありました」

「過去形なんだ」

「ええ」


 感謝されたいなら、諦めてほしい。怪我の治療は、家庭教師ではなく、医者の仕事だ。

 加えて、火傷をさせたのは彼女であり、擦過傷とは比にならないほど痛いのに、放置されている。

 恨みこそあれ、謝意など一片もありはしない。


「どうして、私は動けないの?」

「鎖に繋がれているからです」

「そんなの、分かってる! どうして繋いでるか、聞いてんの」

「部屋から逃げ出さないためです」

「どうして?」

「それは―――……」


 豊かな睫毛が下を向く。答えに窮するマーガレット。そのお飾りステッキで頭を叩いたら、ちゃんと即答してくれるだろうか。返事の遅いのにイライラしていると、微かな振動が耳朶じだを打つ。


 外からだ。


 マーガレットは厳しい表情で杖を握り、ドアの前に立った。

 耳をくっつけ、キキ、と金属音。


「誰か来たの?」

「心配なさらなくても、オーウェン様の縁者ではございません。カルヴィン様には、いつも通り、ラザフォード様のところへお出かけしたと伝えております」

「なんで『お姉さん』?」

「ふふっ」


 はっきり回答せず、しかも微笑で誤魔化す点に、事態の異常さを思い知る。再び、私は、天井を見上げた。

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