第14話

「申し訳ありません。しかし、祭儀にいらっしゃるかどうかはともかくとして、お加減がよろしくないのが気になります」

「加減? 悪く見える?」

「ええ。お体に気を付けて生活していらっしゃいますか?」


 気を付けているはずがない。どうせ洗浄技術が現代に追いついていないのだ、感染症になる準備が整っている頃だと思う。

 私は、俯きながら、


「無理だよ、そんな気遣い」


 通りを行き交う馬車。手足を滅茶苦茶に動かす大道芸人。民家の窓からひっくり返るバケツ。

 彼も、日常に倣えばいい。


 時間を殺すな。何も殺すな。


「死人を前に、そんな………できるわけない」

「死人?」


 首を傾げられ、二秒以上、ノアが沈黙する。耐えられない。どうせ、風説になる。隠せない。流言飛語に騙される前に、真実を話そう。


水子みずこが死んだ」

「――――」

「母親はヴェロニカ、父親は私、らしいけど。多分、ジャクリーンが引きこもる前、私はヴェロニカと寝た。それでできた子供だって……兄はヴェロニカに手を出したことがないから、……それで」


 目線を上げる。ノアは、眉一つ変えず、黙って聞いていた。


「私、疑われたんだよ。耳千切りの魘魅を……自分の子を堕ろすよう、呪いをかけたんじゃないかって」


 そして、水子は死んだけれど。


「私は呪ってなんかない。でも、子供は死んだ。私の目の前で、流れるのを見た。ヴェロニカが苦しむのを。ヴェロニカは、死ねって言った。苦しいから解け、お前との子供なんて本当は産みたくもない……」

「オーウェン様」

「寄生虫だって言った。産んだら獣にでも食わすって。子供を思って解呪を頼んだわけじゃないんだ。……しかも、私は呪いをかけてない。どんなに酷く言われたって、かけてない呪いは解きようがない」

「オーウェン――」

「なんで? なんでこんな目に遭わなきゃいけないの? 私は何もしてない、悪いのはオーウェンなのに……」


 何を言っているのだ、私は。

 そんなことを言ったら、結局、私が呪いをかけたと思われるじゃないか。


 違う違う、違う!


 私は何もしていない。オーウェンが何をしたかなど、どうでもいい。ただ、私が責められるべきことを何もしていないだけだ。


「それが本当なのに……」


 息が止まりそうだった。


 言葉が足りない。しかし、それ以上、何かを口にしようとしても、吐瀉としゃする手前の不快感が、発語を阻止するだけだった。


「オーウェン様は、魘魅などかけていらっしゃらないはずです」

「当たり前だよ。…………義兄が相手だからって、つまんない嘘を」

「本意でございます」


 迷いのない否定に、思わず顔を上げる。

 眼球の無駄遣いだ。まだ私を見るのか。


「オーウェン様は、そのようなことをなさるお人柄ではございません」

「どうして」

「アナタは、ジャクリーンの失踪に心を痛め、病を患いました。それほどまでに繊細な心をお持ちならば、魘魅をかけるはずもございません」

「は」


 失踪、って――


「ご自身を、これ以上追い詰めるオーウェン様ではございませんよ」


 横に広い唇が、ニッと上下をくっつける。下瞼で目が覆われるさまに、ペンタメローネの四十五話目のジェミニを思い出した。

 表情筋に欠陥がない。寧ろ、欠けているのは私のほうだ。

 延焼えんしょう防止に、顔を逸らす。

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