第7話

 その夜、馬車に揺られて、私はウィルクス家の屋敷へ足を運んだ。ミーハン家とどっこいどっこいの広い敷地を持っているが、ウィルクス家の周りに森はなく、似たような屋敷が軒を連ねるばかりだった。

 景観の良さでうちが勝っている。っしゃー。

 しかし、いざ敷地に入り、パーティー会場の広間に着くと、どんぐりの背比べをしている余裕はなかった。

 絹の束が寄ってくる。


「ごきげんよう、オーウェン様」

「今日もお美しいわ」

「お加減は問題ございませんの?」

「お会いできて、大変嬉しゅうございます」


 ドレスを纏った女が口々に話す。私は、その勢いに圧倒されながら、挨拶を返し、まだ心労を引きずっている旨を伝えた。

 このときばかりは、マーガレットやハロルドを相手にしたときのように、自分の気持ちをあらわに接することはできなかった。というか、知らない人が沢山いたら、識別するので忙しくて、ろくに舌が回らない。

 人数も多い。

 老若と美醜を問わず、女性がたかって会話を求めてくるので、私は広間の一角から少しも動けないでいた。


「でも、セルウィン様にも困ったものですわ」


 婚約者の家名だ。


「どうして困るんですか?」

「どうしてって、彼女、ここ一ヶ月、ずうっと屋敷に籠もってるじゃございませんか」

「一ヶ月……そんなに?」

「ええ。わたくしは、セルウィン様と付き合いがございますからよく存じ上げておりますが……こんなに長い間、人の注意をお引きになるのは初めてのことでしてよ。ご母堂の胎内にいた頃より長く感じますわ」


 そんなわけがない。この人はジャクリーンよりずっと「お姉さん」なだけだ。

 ひょっとして、笑うところか? 子供に対して使う、「コレくらい小さかったときは〜」構文のつもりだろうか。


「じゃあ、彼女の屋敷はお化け屋敷ですね」

「あら、どうして?」

「胎内は二千倍に伸縮するからですよ」


 付け焼刃の知識だが、どうだろう。胎児時代の持て囃されっぷりと、引きこもっている現在の関心の集め方を掛けて、胎内が伸び縮みするなら、室内も伸び縮みするのかというジョークなのだけれど。この解説で読者は既に凍えている。


「………………」


 皆、ポカンと口を開けて会話を止めた。しかし、すぐに私と話していた「お姉さん」が、


「どういう意味ですの? 二千倍というのは……」

「あれ、知りませんか。女性は妊娠すると、妊娠前の二千倍、子宮腔が―――」

「んん、こほんっ」


 あ、遮られた。駄目なんだ、こういうジョーク。

 「お姉さん」は、周りの女性を代表するように、「ところで」と話題を挿げ替える。さっき転換したばっかなのにね。


「オーウェン様がパーティーにいらっしゃるのも随分久しいことでございましょう。よろしければ、踊っていただけませんか?」

「―――」


 今度は、ジョークが滑ったときとは別の意味で、周りが静かになった。

 女たちは、目と口を大きくさせて、ハァと溜息を吐く者もいる。彼女たちの目は、爛々と輝いていたり、ただただ驚くように目開いていたりして、その意味が伝わらないふりはできなかった。


 太い指を揃えた白樺を握り、前に出る。


「あの……お気を遣わせて申し訳ございませんでした、とか言えばいいんですか?」

「ふふ」


 女は、口元を少し揺らすだけで、質問には答えない。雑談よりもダンスが優先だと言わんばかりに、腕を引っ張ってきて、女の足が後ずさる。私は、踏み込まされる。踏み込んだのではなく、強制的に。


 踊りが始まった。

 心地良く聞き流していたけれど、高らかな弦楽器の音色は、人付き合いのためだけに奏でられたものらしい。

 服も、音楽も、食事も、人とよろしくする目的でそこにあって、馴れ合えなければ触れる資格はない。価値はない。


 女が口角を上げるたび、私の口はへの字になった。ああ、嫌な色。白粉おしろいでも塗っているのか、石膏せっこうのような肌に差したワインレッドは、とても野暮ったく、毒々しい。

 マーガレットのように、すっぴんで生きていくことはリスキーだけど、この女みたく、露骨に飾り立てて、相手を挑発する生き方も御免だ。


 だから、私は笑わない。

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