第2話

 道すがら、遊びという体で、私は様々なことを彼女に尋ねた。


 まず、私の名前はオーウェン・コンスタント・ミーハンと言うそうで、田舎町の領主の三男らしい。跡継ぎは長男に決まっており、末っ子ならではの不憫もなさそうだった。弟妹が更に一人ずついるためだ。


 マーガレットはミーハン家に雇われた家庭教師で、私より年下だが、護身程度の魔法を教えているらしい。

 身分が低いので、弟妹や私にはいい玩具とのこと。


「なんか、ヤバいことしてるって想像はつくよ。この世界観だしね」

「世界……? えっと」

「気にしなくていい。それより、私、どういう魔法ができんの?」

「え、ええ……オーウェン様、結構細かいところまで児戯に含むおつもりですか。いえ、構いませんけれど……」


 当たり前だ。本当は、赤子時代から何から、全部の記憶がないんだから。


 マーガレットは、森の開けた空間に行って、手を虚空にかざした。私の魔法は威力も影響範囲も小さく、技術に長けた彼女なら、簡単に真似られるからだ。


「参ります」


 手の真下にある地面が揺れ、子葉が顔を出した。自然な成長ではなく、目に見える速度で育っているが、茎は伸びない。踏み潰したら、ぺちゃんこになった。


「こんな感じです」

「しょぼっ……あの、あんた嘘吐いてない? こんなちびっこいスケールで魔法なの? 魔法って認めてもいいけど、それなら世界基準で魔法がしょぼいものにならない?」

「そんなことはございません。オーウェン様の今の実力を表すとこうなりますけど、私は家庭教師です。教えられるくらいには、規模が操れます」

「じゃあ、やってよ」

「かしこまりました」


 マーガレットは杖を地面に置き、今度は両手を地面に向けて、静止した。数秒後、轟音とともに地面が振動し、子葉が出てきたと思ったら見る見るうちに葉が沢山付き、花を咲かせ、私たちの身長を軽々超えた。

 ヒマワリだ。


「これが私の実力です」

「そう」


 面白くない。この女、私より若くて可愛い顔に生まれているくせに、魔法の才能まで持っているのか。


「もっと成長させられないの?」

「今の状態で最盛期ですが……」

「口で言われても分かんない。やってみて」

「でも……」

「できないの? 魔法教えてるんでしょ?」

「できます」


 マーガレットは、手を翳すのに加え、目を閉じ、眉を寄せて、大輪の急成長に注力し始めた。

 更に花弁を広げ、背を伸ばす大輪。十秒も経つと、黄色に皺が付き、ヒマワリは首を下に向けた。三十秒で、全体が焼け焦げたような色になる。


 ハッ、と軽く息を吐いて、

「……こ、これくらいです」

「そう」

 

 盛りと違い、萎びたがく。煤けた花弁。それらの縮小によって、飾り気を失った管状花。焼いてもいないのに、灰の匂いがしてきて、不思議だった。

 しかし、目の奥に三十秒前の姿が残っているのも事実で、この枯れた花を事実として受け止めるのは難しいように感じられた。


 こんな曖昧なものを、貴族に習わせるのか。けど、家庭教師を設けるくらい、需要はあって、できて当たり前……?


「オーウェン様?」

 視界から消したい。


 縄の記憶……便宜上、前世と呼ぶことにするけれど、現世の自分が分からない以上、前世の自分とマーガレットとを比べてしまうのは致し方ないことだった。

 いや、今が男なら尚更だ。フェミニストに叩かれてもいい、こんな馬鹿そうな女より劣っている男がいていいものか、と私は思った。


「そういえば、杖は使わないんだね」

「あ、はい……これはちょっと、別の用途が」

自涜じとくにでも使うの?」

「使いません!」


 顔を赤らめて否定するマーガレット。試しにからかってみたが、何が面白いのか、分からない。


 経緯は不明だけれど、オーウェンの人生は、私が転生を自覚する前から始まっていた。途中でそれを自覚して、彼そのものの記憶がなくなったのなら、今の私は、男の身体を操る女だ。

 女に惚れる気持ちが理解できるはずがない。そして、彼女の口ぶりからオーウェンがマーガレットに惚れていた事実もなさそうだ。

 ……うーん、なんというか、まあ。


「主食に対する健康食品かなあ」

「なんですか、それ?」

「おまけってこと」


 食いたくもないけどね。私、女だし。

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