第34話 刹那な願いと想いはいつしか愛と言う感情を生み出した。それが禁断の愛というものであることを知りながら ACT2

『さて優奈よ。そなたはこれからどのように生きたいと望んでおるのじゃ』

『えっ? どういう事?』


『そのままの事じゃ。おぬしはこのままでは秋穂が言うように、その生命はすぐに尽きるであろう。おぬしの体は我の器。我と同じく不浄の念を吸収しやすい体質なのじゃ。つまりは、このまま盾となる者がおらぬ状態では宮下の不浄の理をおぬしは一心に受け止めなければならなくなる。そうなれば後もって2年が良いところじゃろう』


『2年……』


『そうじゃ。たとえ、宮下の屋敷を出て巫女たる秋穂の持つ霊力を持ってもたかが知れておる』


『そっかぁ、私あと2年しか生きられないんだ』

『ちょっと待ってよ! 私は、優奈を死なせなんかしない。これは智明さんとの約束でもあるから。それに私は優奈の母親です。血のつながりはないけど、これでも自分の子として今まで育ててきたつもりです』


『……そうはゆうてものぉ。こればかりは我にもどうにもできぬのじゃ。だが一つだけ方法。いわば優奈をこの世に引きとどめておくことが出来る手段がない訳でもない。……だがのぉ――。しかしのぉ――』


「あのぉ、秋穂様。先ほどから誰とお話をなされているんですか」

湯島が不思議そうに私の目をじっと見つめて問う。


「あら、湯島さんにも分かるの? 私とこの神との会話が」

「神との会話ですか。残念ながら、私には聞こえないのですが、秋穂様のその趣から察して誰かと会話なされているのではないかと思いお尋ねしたのですが……。まさか神と会話なされているなんて」


「これは思念の会話。私は幼いころからこの神とは会話が出来ていた。だから何の違和感も無いんだけど、たぶん、普通ならそんなことはありえないと思っているでしょ。でもさっきまで優奈を介してあなたもこの神が話していたことを聞いていたはず。だからこの神の存在については理解できるわよね」


「……確かに邪神陰と名乗る神が優奈お嬢様の体を乗っ取ているというのは信じがたい事ですが、事実と認めざろうありません。それに宮下家につかえる我が身として、この家系に伝わる伝承についてはお聞きしております。ですがなぜ、そのような思念の会話などと言うことをなさっておるのですか。その内容は私達には聞かれてはいけない内容なのでしょうか?」


ええっと、そう言えばどうしてこうして今更思念の会話なんて言うのをしてんだろう。もうこの神は優奈を介して、話ができるようになったというのに――――あ、そっかぁ。

『優奈ごめんね。なんか怖い思いをさせちゃっているみたいだけど、心配しないで。あなたのことは絶対に守って見せるから。それにあなたも遠慮ていうのかな、もう何もあなたを阻むものはない。だから、自分をもっと表に出していいのよ』


秋穂お母さん。その言葉で私はどれだけ救われたんだろうか。

うん、大丈夫。私の命がたとえ2年しかなくたって、いいの……。今まで秋穂お母さんは私の事を本当に大切に育ててくれた。その気持ちだけでも十分なの。


『だからさぁ、優奈。あなたのその想い……私は十分に受け止めているから、それに私はあなたから数えきれないほどの幸せをもらっていたんだよだから私の子に遠慮することなんかしなくたっていい』


『遠慮って?』

『もう、素直じゃないんだから』

『本当にじゃ。おぬしのこの心に秘めている想いは我にも通じておる』


「あのぉ、また何かその、ご自身たちの会話が始まっているようなんですが」

湯島さんが何か不機嫌そうに言う。

「あはははは。ごめんね。でもさぁ、これはちょっと聞かれたくはないと思うんだよ。優奈にとっては」


『そうじゃのぉ。だが、もうじきその想い人がやってきよるわい。これは面白いことになりそうじゃの。なぁ源三郎。そなたの孫がもうじきここにやってくるようじゃの。そろそろだんまりもいい加減にせいや。このアマテラスの犬めが』

『アマテラスの犬とは。おぬしもことが過ぎるのではないのか邪神陰よ。……まぁ確かにのぉ、今じゃぁそう言われても致し方がないかもしれんがの。しかし、お前もよくよく情け深き神じゃの。”月読命ツクヨミノミコトの影”よ。闇に落ちしその分身が神と名乗ることを許しておるのは、アマテラスが己の情けをお前にかけておる証拠じゃからの』


『フン、何を今更。それを言うならばそなたも我と同じではないのか。最も神と言う部類ではないが。生前は名の通った国史学者であったそなたが、魂となり、この世に未練を残しさまよっているだけではないのか。未練がましい奴じゃのぉ。一層の事我がその未練浄化してやろうではないか』


『うるせいワイ! 未練などこれっポッチもないわい』

『ほぉう。本人を目の前にして強がっても、おぬしの姿も声も今ここにおる宮下雪江みやしたゆきえには何も届かぬというのに。空しいのぉ池内源三郎いけうちげんざぶろうよ』


わかっておる。でもいいんじゃ。これで、……あれはのぉ。わしにとって若かりし頃の夏に犯した【ひと夏の過ち】であったのだから。


「ねぇ、邪神陰。いったい誰と話ししてんのよ! なんか私達の事急に無視しちゃって」

ちょっと不機嫌そうに秋穂が邪神陰に問う。思念の会話ではなく声に出して言っていた。


「ふっ、そうじゃのぉ。秋穂は神とはこの我とは対話ができるが、霊と言う存在には何の反応もしめさなかったのぉ」

「あのぉ私、霊能者じゃないんですけど」

「確かに」優奈にとりついた邪神がにやりと笑ったかのように思えた。


その時だった。外からこの社に近づく、玉砂利を踏みしめる音がした。社の窓から外に目を向けると、上野さんと共にこの社に近づく人。直登君! どうして……どうして直登君が。


「あなた何企んでいるの?」

秋穂は邪神陰に怒りを込めて言う。


「直登君には関係の無い事じゃないの。それに私達がこの宮下家の人間であることは一切言っていないし知らないはず。私はただの……。昔のクラスメイト――――と、友達なんだ……。友達……」


その時だった優奈が私に問いかけた。

『秋穂お母さん。私知っているの。お母さんが直登さんの事好きな事。一緒に暮しているうちに……ううん。はじめっから、お母さんの表情が全然違っているのに私は気が付いていた。本当は秋穂お母さん、まだ直登さんの事ただのクラスメイトだっただなんて言っていたけど――――今も好きなんでしょ。それを私に悟られないようにしていたつもりだったんだろうけど、でもね、私お母さんの事は好きだから本当のお母さんのように思っているから私には分かった』


『優奈』

優奈を強く抱きしめていた。あくまでも優奈をだ。たとえ邪神陰に乗っ取られていても優奈は優奈なんだから。


「だけどね。秋穂お母さん。――――私も直登さんの事好きになちゃったんだ」

へっ!

「優奈あなた声だせるじゃん。話せるじゃん」

「えっ、嘘! あっ、本当だ――――ていうことは今の、みんなに聞かれちゃった!!」

急速に優奈の顔が真っ赤に上気しているのが目に見えてわかる。


「やだぁどうしてこんな時だけしゃべれるようにしちゃうの……邪神陰のいじわる。嫌い! 嫌い嫌い……恥ずかしいよぉ!!」

優奈は目に涙いっぱいに溜めて。その涙が溢れ出すようにぽろぽろと涙を床に落とし始める。


その姿を直登君が目にして「優奈大丈夫か!」と私をグイっとはねのけ優奈に抱き付いた。

えっ、嘘、私直登君にさけられた……の? 

「ほぉ、そなたそんなに我のことが好きなのかい」


「へっ?」


いきなり口調が変わった優奈の声に直登君は即座に反応したけど、あのさぁ、直登君。この状況ていうかこの空気感少しは感じてほしいんだけどなぁ。それにさ、私を差し置いて……そりゃさ、優奈のことが心配なのもわかるけどさ、私の事も心配してほしいかなぁていうかさぁ。


「んもう、何してんのよ! 直登君!!」

なんか緊迫していた空気がいっぺんにかわちゃった。


『源三郎よ。おぬしなぜ自分の孫を呼んだんじゃ』

混乱表情をしながら、て、いい加減優奈から離れたらどうなのよ! 

「へっ? 源三郎って。爺さん。……此奴誰? 優奈じゃねぇのか」

「何を言っておる。ようく見てみぃ。直登、お前と今まで一緒に暮していた優奈そのものじゃろ……まぁ今は中身はちょっとばかし違うような気がするんじゃけど」

「はぁ? 何が何だかよくわかんねぇだけど」


『ううううううっ。直登さんに抱きつかれたぁ――――!! ど、どうしよう。ものすごく心臓バクバクいっているんだけど私。どうにかなりそう』


「青年。いい加減そのなんじゃ我に抱き着くのはもうと言うか暑くてたまらん。こ奴の心臓もこれほどまで爆ついておる。このままでは逝ってしまうぞい」

「やっぱりなんか変だぞ優奈。お前優奈じゃないな!」


ああああああああ! なんで来ちゃったのよ直登君。ものすごく話がややこしくなりそうな気がするんだけど。


まぁそう言う訳で、これ以上ここでは話はもう進展はないんじゃないのか。と言うよりは何にも結末と言うか解決はしていないんだけど。


あっそうそう、この社で邪神陰を祭っていた宝玉が砕けていたのはなんと風化が原因らしい。もっともお母さま。宮下家の党首である宮下雪江みやしたゆきえがそれとなく触れた時”ぴきって”ひびが入った。ていうのはしばらくしてから本人の口から何事もなかったように語られた。


実際邪神陰の霊力はあの宝玉に封じこまれていたわけでもなく。この社こそがあの神の依り代であったに過ぎない。

社と言うのはそう言うものだと邪神陰は語る。社を持たぬ神は浮遊の神となり、社が朽ち果てればその神の存在価値は蒸発する。

朝もやが陽の光にかき消されるかの如く。その神の存在も何事もなかったように消え失せてしまう。


その昔。闇に落ち朽ち果てた社にしがみ付くこの神を救上げた人物。いわば、その人物こそが宮下家の発足の起源であり、宮下家にまつわる呪いとでもいうべき【短命】と言うその命の短さをかせたのも、あの女性の願いをこの神がきき受けたからだ。



【いづれ の御時にか、女御、更衣あまたさぶらひ給ひける中に、いとやむごとなき際にはあらぬ が、すぐれて時めき給ふありけり。】



古きある書物の冒頭文。源氏の氏を名乗るある一人の女性が想い描いたこれは当時のラブストリー。

何時の時代であるかは定かではなく。ただ一人の男性に目を向け、その生きざまと、想いそして取り巻く女性の想いを書き綴ったコイバナなのだ。


「直登よ。お前はその物語の主人公なんじゃ。わしが好きな物語じゃからのぉ」

なぁ天国の爺さんよぉ。もしかして俺って、爺さんの趣味に今付き合わされているんじゃねぇだろうな!」


「さぁな。でもかわいい孫にいい思いをさせてやりたいという願いから、そう仕向けてきたていうのもなきにしもあらずじゃ。実際の存在するおなごはいいぞぉ。想われるおなごに囲まれて人生を送るのがわしの夢じゃった」



――――あのなぁ。じじぃ!!

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