第27話 少女の小さな魂のかけら。呪縛は解き放たれ今ここに覚醒する。ACT2

「宮下家のこの忌まわしき呪いと、うぬらは言うが、事の発端はあるおなごの刹那な願いから始まったのを知っておるかのう」

車は静かにまた動き出す。


その車内で私は。いや、この私の中に存在する邪神陰は静かに語り掛けた。

「我は人の忌み嫌う邪神の神。しかし、人は陽の光だけを目にし、心の糧として生き崇めまつる。しかし、人には邪心の念がある。その邪心。いわば陰の心を忌まわしきものとし、自ら押し込もうと琢磨していく。じゃがな、この邪心はどうあがいても人の心に生まれしもの。人は陽だけでは存在しえない不完全な生き物であり、心の元主である」


邪神陰。基、優奈はニヤリと笑いそっと流れる車窓に目を向け。


「誰かキセルは持ちおらんかのぉ」と当たり前のように言う。


「ゲッ! ちょっとあなた!! いくら神とはいっても優奈はまだ未成年なんです。煙草なんて吸わせちゃいけません! もう、何を言っているんですか! そこんとこちゃんとわきまえください」

「おお、こわ! 我をしかりつけるとは、やはりうぬは昔から変わってはおらなんだのぉ」


「なによ! 当たり前のことじゃない。それにあんたこそ、もう少し邪神、裏の陰であるけれどれっきとした神でもあるんだから、もう少し威厳なり持ったらどうなの? うちの神社の運営にも関わることなんだから」

「なんじゃ、金か? 金のことを気にしておるのか?」

「そうじゃないけど、でもこうして邪神陰の神をもまつることが出来ているのはうちの神社が運営できているからじゃないの。私知っているんだから。あなた元々は社もなかった浮遊神であったのを。その消えてなくなる運命の神をまつりあげたのは、うちの先祖の神官なんだから。それこそ、その分しっかりと働いてもらわないと、あなたもくいっぱぐれるわよ」


「あはははは、これは滑稽な。しかしのうやはり、うぬはあのおなごによう似ておるわ。それにのぉ、うぬの神社は『アマテラス』が表じゃからのぉ。あ奴がもっと煌々たる陽を放てばよいだけじゃろが」


「んっもう!」と秋穂が嘆きの言葉を漏らした時、車は静かに停車した。

「ようやくついたようじゃの」

秋穂にとって実家となるこの神社に来るのは数年ぶりのことになる。

遠目で、目の前にそびえたつ鳥居の朱の柱を見つめていた。


「さて話は我が社に行ってからにしよう」優奈は先陣を切って車から降り、私が見つめるその鳥居を抜け、社へと向かった。そのあとをお母様と私、そして湯島さんが付き添うように向かう。


彼女。邪神陰の社は本殿の裏手に位置する。

建物は本院の社には劣るかもしれないが、それでも立派な社である。

鳥居をくぐり、参道の端を歩く私の姿を見つけたこの神社で働く女性が駆け寄ってきた。


「秋穂お嬢様ではございませんか?」

その女性は古くから長年この神社で巫女として従事する。とは言えどももう彼女もとうに30歳を超えている。今は新人の巫女の教育や、家の手伝いなどをしながら、この神社に関わる仕事を神主であるお父さんと共にこなしている。もう巫女装束はまとってはいないが、きっちりとした和服姿はとてもりりしい姿を醸しだし、私が宮下家に嫁ぐ前とは変わりがなかった。


「お久しぶりでございます。秋穂お嬢さん」

「あっ、上野さん」

「あっじゃないですよ。もう、秋穂ちゃん、嫁いでから一度も帰ってこなかったじゃないですか。たまには顔を見せてくださいよ。でもお元気そうで何よりです」

後ろに宮下のお母さんがいるのをはばからず言うところは、変わらないね。

なんとなく、バツが悪いような感じ。お母さんに対して恥をかかせちゃったかな。


しかし、上野さんはすぐに真剣な表情になり「神主様は裏社でお待ちかねです」と、私に告げた。

裏社うらやしろに入るとすでに神主であるお父さんは、やしろじゅうに護符を張り付けていた。その様子を目にして優奈が、邪心陰の神は私の耳にそっと近づき。


「うぬの父親は何か大きな勘違いをしてはおらぬか?」

た、確かに……。邪神陰と言えど、一応、神である。

怨霊や悪霊的な存在ではないというのに、怨念悪霊は人に宿りし影なせる思念。その思念を浄化させる神こそ今、優奈に取りついている神なのだ。この父親は何を考えているんだろう。思わず私と優奈はため息を同時に吐き出してしまった。いやいや優奈ではない邪神陰の神だ。


「おお、秋穂か。ようやく来てくれたか」

私を待ちわびていたかのように久しぶりの再会でもあるが、それは何か別なこととして、今はどこかに置かれている置物のようなものを見つめる目でお父さんは私を見つめ、その割れた宝玉を指さした。


「ああ、見事に割れてるねぇ」

「なんで宝玉が割れてしまっているんですか」宮下のお母さんが不思議そうに問う。しかし、その声に動揺の様子は感じられない。それはまるで、この宝玉が割れることをすでに知っていたという感じを受ける。

それは、私の思いすごしか? 

ならば、それでよいのだけれど。


だが、邪神陰はすべてを知っているはずだ。自分自身がこの宝玉にその神信しんしんを宿していたのだから。それでも己が宿されたこの宝玉が崩壊したことに、触れようともしない。

嫌、むしろ触れまいとしているのでは?


何かがおかしい。……すべてが仕組まれたかのように事が運ばれている気がする。

次第に外の明るさは、どす黒い雲に覆われ光を失っていく。

そして大粒の雨がこの社の屋根をたたきつける音が鳴り響いてきた。

その雨音を聞きながら優奈は。邪神陰はひと言呟く。



「雨じゃのぉ」


それは遠き昔の出来事を、思い起こしているかのような一言だった。



そのころ俺たちは。

「先輩雨降ってきましたぁ」

「ヤバ、これゲリラ豪雨じゃねぇのか!」


駅を出て、アパートまで七瀬と歩いている途中急に雲行きがあやしくなってきたと思ったら、いきなり大粒の雨が滝のように振り出した。

傘なんか今日は持ち合わせてなんていなかった。天気予報はまっさらの晴天だといっていたからだ。


アパートまではもう目と鼻の先だ。雨宿りするよりも多少濡れても走ってしまえばすぐにつく距離だった。

しかし、それは俺の甘い考えであった。


アパートの玄関にたどり着いたとき、俺たち二人はまるで頭から水を大量にかぶったかのようにずぶぬれになっていた。


「うひゃぁずぶぬれになりましたねぇ。先輩」

七瀬のその声に彼女の姿を目にすると、白いブラウスからくっきりと、ブラが透けて見えていた。しかもスカートも体にぴったりとまとわりつくというのか、なんだ、その……。太もも辺りのラインがなぜか妙になまめかしく。な、なにを俺は見ているんだ。七瀬だぞ。


「とにかく中に入ろう」

玄関のドアノブを回そうとしたが、鍵がかかっていた。

「ん?」俺は秋穂がいるものだという既定概念の元、自分の部屋のカギを出す事さえしなかった。

「先輩鍵は?」七瀬に言われ、慌ててて、バックから鍵を取り出し施錠を開けた。

そしてドアを開け、三和土に二人の体がはいった瞬間。


まばゆい閃光と共に、轟音が鳴り響いた。

「キャッ!」

七瀬は叫び、俺の体に強く抱き居ついた。


じっとりと濡れふした二人の体はまるで、素肌のまま抱きついているような。

そんな感じがした。


ああああ! これやばいかも。

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