第23話 俺の人生プロローグは終わったのかもしれない。これは共同生活なんだ。同棲ではない……はずだ。……たぶん ACT2
まずいなぁ。
やっぱりもうばれちゃっているみたい。……そうだよね。
学校の正門の近くに停まる黒塗りのリムジン。
はぁ―、まったく。あれじゃ見つけてくださいて言っているのとおなじじゃないの。多分さぁ、私とお母さんを探してこうして私の……とはいってもこの高校の理事おばあ様なんだけど。
だからさぁ、すぐにバレちゃうのは分かっていたけど。
ちらっとその黒塗りのリムジンを目にしながら、すたすたと正門に向かおうとした時。車のドアが開き、長い黒髪をたなびかせながら、朝とはいえ、この夏にさしかかる時期の、強い太陽の陽の光を跳ね返すがごとく、ビシッと折り目正しい黒スーツにズボンを着こなした男性? いいやいや、れっきとした女性である。
「うわぁ、何あの人すごいかっこいい」
彼女のその姿を見つめる登校中の女学生たち。ほとんどのその目は輝き、興味と抱く憧れの思惑に惹かれていた。
そりゃ、目立つわよねぇ。あの姿は……。
あれは紛れもなく、おばあさまの側近。
ずっと一緒にあのお屋敷で暮していたから見間違えることはない。
彼女はわき目を振らず私の方に近づいてくる。
こうなれば私は逃げることも、隠れることももう出来ないことを知っている。
湯島は私が駄々をこねるといつも、その先のことを察し私の行動をすべて止めてしまう。
だから彼女の前では、完全服従を余儀なくされてしまうのだ。
「優奈お嬢様」彼女はそっと物静かに私に声をかけた。
「あらおはよう湯島さん」普通に普通に。何事もなく。
「ご無沙汰しております。お元気そうで何よりです。秋穂お母さまはご健在でいらっしゃいますか?」
「別に私に聞く必要なんてあるの? お母さんの事」
この人は、湯島さんは私達二人のことはもうすでに調べ上げつくしているはずだ。今私達がお母さんのクラスメイトであった、直登さんのアパートで暮らしていることを。
いや、もう直登さんの事も何もかもすべて調査済み。
そしてそのことはもう、おばあさまへ報告済である。
どんなに遅くても、たぶん直登さんのところに行ってから二日目くらいには、すべての調査を終えている状態だったのかもしれない。
……でもそれなのに、どうして今頃私に接触をしてきたんだろう。それにおばあさまも何も私に言ってこない。こんな生活を送っているのを、あのおばあさまが許すはずがないし、その気なら、私だけをお屋敷にこの湯島さんを使い強制送還させていたに違いない。
「どうしたんですか湯島さん。今頃私のところに来るなんて」
彼女は表情一つ変えずにこう答えた。
「ずっとお見届けしておりました」
「ふぅーん、そうなの。じゃぁ今私達が住んでいるところも知っているはずよね」
「はい存じております」
「そうだよね。でも今までどうして何もしてこなかったの? あの人のアパートでの生活ぶりも監視の対象になっていたんでしょ」
「おっしゃる通りです。私はあなた達。優奈お嬢様と秋穂様があの男性。秋穂様の元クラスメイトであった、
「いつから見ていたのよ」
「お二人が、初めて、直登様のお住まいから出ていらっしゃる時からです」
い、意外と早くから見つかっていたのね……。
そして湯島さんは私の手をそっと握り。
「この場で、これ以上の立ち話はもう限界のようですし公衆の、他の生徒様達の目もございます。お車にご乗車いただければありがたいのですが」
「乗ったら私を連れ返す気なの? おばあさまのところに」
「行き先はお屋敷であることには変わりはございません。ただ」
「ただ、どうしたの?」
「ここ数日奥様のお加減が思わしくないので、ご自宅にて執務をなさっておりますので」
「おばあさまが!」
「お体にはどこも異常は見られないと医師は言っておりましたが、お気持ちの上での不安が募っていらっしゃっておられるようです。心労が溜まっておられるとのことです」
そのまま私は湯島さんと共に車に乗り、かつて慣れ浸しんだあのお屋敷へと向かった。
その移動中、あの屋敷に戻るということへの、哀しみと不安という感情が秘しとわき上がるのを感じていた。
お父様と一緒に日々を暮らし、そしてお父様がいなくなったあの屋敷。
お父様がお亡くなりなった後、あの屋敷の広さと空間に流れる冷たさのような空気感が私を襲う。
体が不自然に硬直していくのが分かる。そしておなかのあたりでぎゅっと手を組んで握り力を込めていると。そっと湯島さんの手が私のその手の上にのせてられた。
「何もご心配なさることはないですよ優奈お嬢様。奥様はお二人のことをいつも気にかけていらしゃっておりますし、お怒りなっていることもございません。むしろ今の生活で優奈様が、変わりつつあることをお喜びになっておられるくらいです」
「私が変わってきているって?」
「ええ、優奈様。以前より、大分表情が豊かになってきておられます。それに、……。まぁこれ以上は私が申し上げることは出来ませんけどね」
珍しくあの湯島さんがにっこりとほほ笑んだ。
初めて彼女のあんな優しい顔を見たような気がする。
車は一旦路上に停車した。その後、門が開くとまた静かに動き出す。
屋敷の中庭をゆっくりと車は進んでいく。その時目に入る風景がとても懐かしく思えてくる感情が芽生えると共に、その哀しみもまた膨らみ始めていく。
再び車が止まると、静かにドアが開かれた。そこには二人のメイドが私達を出迎えてくれていた。
この屋敷には私達が住んでいたころは、5名のメイドと湯島さんの率いる部下数名……。湯島さんの事はどんな役割をなしているのかということは、あまり知らされてはいないけど。おばあさまの側近であり、かなり多くの業務をこなしていたのは知っていた。
私が車から降りると二人のメイドは深々と頭を下げ、「おかえりなさいませ、優奈お嬢様」と声をかけてくれた。
一人は生きていればたぶん、お母様と同じくらいの年頃のメイドさん。
包丁も扱えなかった私が、それなりの料理をこなせるようになるまで根気よく指導してくれたのは大家さんのおかげだ。
そのおかげだろう。秋穂お母さんと二人暮らしをしてから、自炊と言うか、ご飯を作って秋穂お母さんの仕事の帰りを待つなんて言ことも出来た。
「わぁー、優奈ちゃんほんと久しぶりぃ!」と、松屋さんは私に抱き着いてきた。
と、次の瞬間スッと離れて「ああああ! 優奈ちゃんまた成長したねぇ」と小さな声で漏らした。
「へっ?」
「へっ、じゃなくて、また大きくなったんじゃないの? もう私自己嫌悪に陥りそう」
そう言いながらペッたんこの胸のあたりが少し、……。制服に余裕があるという表現が彼女を傷つけないのかもしれないが、平坦な荒野が広がる胸を撫でながら言う。
「そうかなぁ」
「……そうだよ。ああ! 羨ましい」
そんなことを言いながらも松屋さんはにっこりとしながら、私との久しぶりの再会を喜んでいた。
「さぁ、優奈お嬢様。奥様がお待ちかねです」
湯島さんのその言葉で、私は一気に現実に引き戻される。
おばあさまの執務室のドアの前に立ち、軽くノックをすると。
懐かしく聞きなれた、あの優しいおばあさまの声が聞こえてくる。
そして、私は。
ゆっくりとそのドアを開けた。
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