第22話 俺の人生プロローグは終わったのかもしれない。これは共同生活なんだ。同棲ではない……はずだ。……たぶん ACT1
秋穂と優奈の
始めは、戸惑いと共に、非常に恥ずかしい失態を犯してしまった俺ではあるが、何とか3人でこのワンルームでの生活にも慣れてきた。
始めはまともに生活などできるわけがないと思っていたが、意外と為せば成るものだと今更ながらに感心している。
朝部屋を出る時「じゃぁ行ってくるよ」と、部屋に残る秋穂に何気なく言葉にして言う俺がいて。
「あっちょっと待って直登君」と俺を呼び止める秋穂の声がある。
「全くもう、毎朝の日課になちゃったね。またネクタイ曲がってるよ」
そう言いながら、俺の首元にそっと手を添えて、緩んだネクタイをきゅっと締め直す。
俺のいる会社、出勤時だけはネクタイ着用が義務付けられている。就業時間になればすぐにいや、会社の社屋に入ればすぐにこんな暑苦しいネクタイなんてほどき襟元のボタンを一つ外す。
だからまぁ、ネクタイなんて着けていれば、形だよ。そんな感覚しかもっていない。
「身だしなみ。ちゃんとしようよね。直登君ちゃんとすれば結構かっこいいんだから、もっと気を使いなよ」
そんなことをいわれ、朝からなんとなくテンションが上がる気分を抑えながら、優奈と共に……部屋を出ていく。
初めて、優奈と一緒に朝、通勤通学とでも言うべきか。あの時だけ、あの時のように電車がこむことはなかった。そしてこうして一緒に同じ電車に朝乗車するのもあと幾日もないということを頭の片隅で考えている俺がいる。
優奈は、電車に乗ると俺と距離をとるわけでもなく、すぐ隣になんとなく寄り添ってくれているかのような感じで、いつもつり革を片手でつかみ立っている。
特別会話などはない。
でもなんとなく、優奈の視線を感じていた。視線? というよりは何か良く分からないが、いつも恥ずかしそうなと言うか顔を少し赤らめている。
電車が少し揺れる場所がある。いつものことだから、そこに差し掛かれば体を身構えるようにするが、なぜかそのところに来れば優奈は俺の横にぴったりと自分の体を支えてほしいという感じでくっ付けてくる。
もうなんだか慣れてしまう自分が怖いのだが、それはそれで、なんだろうか嫌でもないし、別に下心が湧いてくるような気はしない(あくまでもこの電車の中で事だけど)。
これが毎朝の日課になってきて、家に帰れば、生活費として幾分のお金を秋穂に渡しておいてあるが、そのお金で夕食の食材を購入して、帰宅すれば夕食を作って俺を待っていてくれている。
まるで、家族が出来たかのような感覚に陥る。
しかし、俺と秋穂は結婚をしているわけでもない。秋穂の旦那はすでに亡くなっているがれっきとした人妻であることには違いはない。
そして、優奈もその子として、俺との接点……。10歳も年が離れている相手。しかもまだ高校生である。
確かにロリコンの気が全くないかと言われれば、それは否という言葉になるだろうが実写と言うか、実際の女性を相手に10歳も離れた女子高校生に恋をしているなどと言う行動はとってはいけないと、心の中のブレーキが常に俺をとどめている。
確かに興味はある。その興味というものが下後心丸出しのエロさを持った行為という欲望だけの恋でるのか。それともこのけなげな女性。……いや、少女を守りたいという親的な思いからくるものなのかの区別がつかない状態でもあるのは、正直なところだ。
そして秋穂のことをまったく気に留めていないのかということを問われれば、また否と言う言葉が浮かんでくるのも事実だ。
あのまだ成熟しきっていない思春期の時の淡い想いを、また掘り下げていくような感覚に最近困惑している自分がいることも確かだ。
悔いは残しているのかと言われれば、そこまで切実な想いであったわけでもないと自分は言い聞かせられている。自分自身に。
しかし、今この状況になり、本当はそうではなかったんじゃないのかと自問自答する自分がいるのも確かなことだ。
いかにせよ。今まで女。生身の女に対して興味を示そうとしなかった。2次元の画像を愛し、そのエロさに欲情していた、普通から見ればとても不健全な生き方をしていたことを後悔したくなる自分がいるわけで。まぁ、こういう事態と言うか生活を送るようになったのも何かの縁であるということで、ほんと自分を丸め込めようとしているこのすべてに嫌気が出てき始めている。
「あのぉ――。先輩、何か悩み事でもあるんですか? 最近様子がちょっと変と言うか。何か雰囲気が変わってきたと言うかそのぉ……」
心配そうに俺を見つめる後輩の
「そ、そうかぁ。別に何もないけどなぁ」
「そ、そうですか……」とそれ以上の詮索を強要出来ない私のこの気の弱さに腹が立つ。
別に何もない? 嘘です。大いにあります。
いつもよれよれのワイシャツがここ最近は襟元ピシ! しかもですよ。朝、通勤時のネクタイがしっかりと結ばれている。
どことなくだらしなく……いやいやワイルドな感じがしていたのに、何このさわやかさは。しかもここのところやけに血色もよくて。なにこれ。まるで奥さんでもいるみたいな――――!!
ち、ちょっと待ってください。奥さん? 先輩は独身のはず。彼女と言われる存在も今まで無かったと思うんですけど。実はもしかしていたんですか? 先輩に彼女と言われる人物が。嫌です。私にとっては毒気です物です。徐廃しなければいけない物です。そんな人がいるわけないですよね。
祈る様な言葉しか頭の中では浮かんでこない。
気が付けば、得意先に送るメールに「先輩先輩先輩」の文字を連打していた。
やばいこのまま送信してしまうところだった。――――危ない!!
『ああ、先輩のごとしか考えられねぐなってしまったでねぇか。仕事? そったもんもうできるわけねぇべ』
すでに脳内では地元の方言がわんさか蘇生されている。このままもし、口に出したらかなりなまっている言葉が飛び交うのは必至だ。
れ、冷静にならねば。
スクっと椅子から立ち上がると。
「どうした?」と先輩が声をかけてきた。
ちらっと先輩の顔を視野に入れて。
にっこりと。
「ちょっとお花をつみに」と自分では言っているつもりだったが実際は。
「べっこ花っこつみに」と言っていた。もうそんなことにも気が付かずすたすたとトイレへと向かった。
ばたんと扉を絞め、便器の上に腰を落とし「はぁ―」とため息を漏らした。
どうしたら先輩は私の方に気を向けてくれるのか。
私だってもうれっきとした女なんだけど。……部長のような色気はないけど。おこちゃま扱いはもう嫌なんです。
――――先輩私のすべてを奪ってください。そうしてくれないと、この気持ちのモヤモヤは解消されません。
女性が突如とお手洗いに行くのには、それなりの理由があるんですよ。……先輩。
立ち去った七瀬のデスクを見るとなぜかゾクッと寒気がしたのは新たな女難の気配を感じたからだろうか?
天国の爺さん。どうだと思う?
「知らんわそんなもん」
しかし七瀬のことは後回しにしてしまうほど、秋穂と優奈の身に忍び寄る黒い影が今すぐそこまで来ているのを俺はまだ知らなかった。
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