第19話 妄想初夜。いいではないか。よいではないか! ACT3
始めはなんとなく。慣れないなぁ。こんなこと。
二日目の夜。またここにきている自分。どうしてまたここに戻ってきたんだろうか。
ここしかないから? ううん、その気ならおばあ様のところに戻ればいいだけ。
お父さんと一緒に暮していたあのお屋敷に戻ればいいだけ。
お父さんが亡くなって秋穂お母さんは、あのお屋敷を私を連れて出た。お父さんとの生活が、思い出がたくさん詰まっている私の思い出の場所を遠ざけるかのように。
お父さんとおばあ様。そして、私。お母さんがいないこの家族に私は違和感を持つことはなかった。二人は私の事を愛してくれていたから。さびい思いをしないようにずっと気を使ってくれていたから。
この3人の生活の中に、ある日、秋穂さんがやってきたのだ。
なんだろう。
初めて会ったとき、とても懐かしいようなそれでいて、この人に甘えたい。
――――甘えたい。
何も不自由はなかった。お父さんとおばあ様に見守られ、私は育っていったんだ。でもね。
それは本当の私の姿じゃなかった。どこかで私、我慢していたんだ。
それを自分でも気がついてはいなかった。
そんな私にいち早く気づいてくれたのが、秋穂さんだった。
本当は私は一人ぼっち。本当の自分を表に出すことなんてなかったんだ。
その寂しさをお父さんにも、おばあ様にも悟られないように隠していた。
それを秋穂さんは一瞬で見抜いてしまった。
お父さんと秋穂さんが出会ったのは確か病院で、偶然出会ったとお父さんから聞いていた。その時お父さんは原因不明の体調不良に悩まされていた。今思えばあの時からもう、お父さんの体は病に侵されていたんだと思う。それを私には一切教えてくれなかった。
たぶん心配をかけたくはなかったんだと思うけど、そう言うことは正直に言ってほしかったなぁ。苦しいときも悲しいときも、そして楽しいときも共に感じ過ごすのが家族であって親子なんだと、今の私はそう思っている。ううん、思えるようになったんだね。それも秋穂さんの存在があったから。
でも、ほんとびっくりしたなぁ最初に秋穂さんと出会ったとき、私のお友達になってくださいって。秋穂さんから言ってきたんだよね。それがさ、気が付いたらお母さんになちゃっていた。
あの厳格なおばあさまが、良く秋穂さんを受け入れたと今でも不思議というか、信じられないけど。それでもお父さんと秋穂お母さん。そしておばあ様との4人での生活も楽しかった。
その楽しい生活はそうは長く続かなかった。
お父さんの病気が日ごとに悪化していく。
日ごとにやつれていくお父さんの姿。その姿を秋穂さんはしっかりとその目に入れ。うろたえず、悲しまず。その現実をすべて受け入れていた。
動揺する私とおばあ様をしっかりと支えながら。私とはそんなに年は違わない。お母さんというよりはなんか友達という感じがする秋穂さん。でも彼女はとても強かった。
お父さんの妻として、私の母親として、いつも毅然としながらも、いつもその優しい笑みを投げかけてくれていた。
本当は自分が一番……。病気で苦しんでいるお父さんよりももっと辛かったと思う。
次第にお父さんの意識が途切れだし、私はお見舞いに行くことさえ恐怖を感じていた。
それでも秋穂お母さんは私を呼びつけた。その弱りゆくお父さんの姿を自分の目でしっかりと焼き付けなさいと。言葉では言わなかったが、「この人の。私が愛した人の。そして、あなたを一番愛している人の姿を最後までしっかりとその目に心に焼き付けておきなさい」そんな言葉が、秋穂お母さんから感じていた。
私の心と同じように冷たい冬がようやく終わり、暖かな春の日差しが窓から差し込んでくるようになったころだった。
お父さんはそっと窓の外の柔らかな春の景色を眺めながら一言呟く。
その言葉が「清浄明潔」という言葉だった。その時は何のことか分からなかったが、「優奈はそんな風にこれから生きていくんだよ」そう私に告げた。
それからお父さんが亡くなるまでは本当にあっという間だった。
目の前で、自分の親しい人。最愛のお父さんが死んだ。その事実を受け入れることの器がまだあの時の私にはなかった。
みんなが涙を流し、泣き叫び。どうにもならないという現実を受け止めていた。
それから時間の進みが瞬く間に。ううん、時間というものを感じなくなていた。気が付けば、お葬式も終わり、納骨も終わっていた。
周りのみんなはその悲しさを忘れようと。尊い思い出にしようと努力していたころ。私と秋穂お母さんは、あのお屋敷から、小さな部屋のアパートへと移り住んだ。
そこから、また私の時間は進み始めたかのように、もうお父さんがいないという現実を受け入れながら、時を刻んでいく。秋穂お母さんと一緒に。……そこには、いつもお父さんがいるかのように。
夕食を食べ終えた後、私は一番最初にお風呂を使わせてもらっている。
湯船の中で、お父さんが亡くなる、あの時のことをなぜか映画でも見ているかのように頭の中に湧き出ていた。
なぜ今頃。そんなことを思いながらも、あの時の自分の狂信な心が本当に異常であったと思えている。
自分を殺し、自分を偽り、自分を作り上げていた私。そんな私のまえに良き理解者が現れたことが、私の人生を大きく変えてくれたんだと思う。
それが秋穂お母さんであるんだと。
ん――――。まだ優奈は風呂に入っているんだろうな。
ああああああ! まだ出ねぇのかな。
「直登君。何ソワソワしてんのよ」秋穂が俺につんとした口調で言う。
「べ、別にぃ。ソワソワなんてしてねぇじゃんか」
「そぉ? でもさっきからずっとお風呂場の方に視線向けているような感じなんだけど」
「な、何言ってんだ、そ、そんなことねぇよ」とは言っているがこっちにはこっちの事情って言うもんがあるんだ。
ト、トイレに行きてぇ。小便してんだよ。便所は脱衣室から入っていかねぇといけねぇから、優奈が風呂からあがらねぇとトイレにいけねぇんだ。
優奈が風呂に入ろうとしていた辺りはそれほどでもなかった。でも今はもう限界に近い。その限界値がやって来てから、かれこれもう10分はたっている。正直に言おう。もはやちょっとの刺激でも、耐えることが出来ねぇ状態まで来ている。
「あのねぇ、居候の身だけど、これだけは言っておくから。優奈に何か変な事少しでもしたら。私直登君の事一生恨むし、許さないから」
「なんだよヘンなことって」あからさまに聞かなくたってそれくらい想像は出来ると言うか、豊かすぎるほどの想像絵は湧き出てくる。
「だからさぁ、優奈はまだ高校生なんだよ。そう言うことはまだ早いって言うの」
思わず俺は「はぁ?」と大いなる疑問符が付いたため息が出た。
「それお前が言うか?」
「な、なによう。なんで私間違ったこと言っていないじゃない」
確かに間違ったことは言ってはいねぇんだけど。それに俺にだって理性と言うもんは……あるつもりだ。高校生の子に手をだそう。……出したら犯罪……になるのか? あれ?
いやいやそうじゃねぇんだ。秋穂、お前結婚したのって優奈と同じ時じゃねぇのか? 結婚ていえばその、なんだ、身も心もその相手のモンになるって言うことだろ。
まだ早い。いやすでにお前は済ませてしまっていたんだろうに。
俺は思わずその言葉を秋穂に向かって言ってしまった。
「まだ早いってさぁ。秋穂、お前高校2年の時にはもう結婚してんだよな」
ああああ! 触れてはいけねぇ部分に触れてしまったと後悔の念が押し寄せてくる。おかげで、限界であった尿意は薄らいだ。
「あはっ! そうだねぇ」
何が「あはっ」なんだ! 事実じゃねぇか。噂じゃなかったんだよな。こうして、見事な高校生の女の子の母親になっているんだしよ。
「な、なによぉ。あ―――もしかして直登君私の事もそう言うことした女だって見ていたんだぁ」
「そう言うことってさぁ、結婚してんだろ。あって当然じゃねぇかよ」
また輪をかけて秋穂に言ってはいけねぇことを口にしまったような気がしたが。
秋穂はけらっとしながら一言言う。
「私まだ処女ですけど」
「はぁ?」俺の聞き間違いなのか
――――処女。とは。
「もう直登君のエッチ」
バンと俺の背中を強くたたいた秋穂の手が離れた瞬間。
俺の下半身から、湯気たちのぼる温泉が湧き出ていた。
やっちまった。
◆補足
清明とは「清浄明潔(しょうじょうめいけつ)」という言葉を略したもので、「すべてのものが清らかで生き生きしている」という意味です。
「清明」とは、中国の伝統的な節気の一つで、太陽が黄経15度の時期にあたり、おおよそ4月5日から4月7日の期間に当たります。この期間には、春の深まりを感じる季節になり、自然界では花や木々が美しく咲き誇ります。
また、「清明」は、先祖を祭る重要な日でもあります。この日には、お墓参りや掃除が行われ、故人を偲び、敬意を表します。
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