第18話 妄想初夜。いいではないか。よいではないか! ACT2
夏の夜の風はぬるく生暖かい。
秋穂は尚ねぇさんの家で、夕食を作っていたらしく。ついでに自分たちの分まで作っていた。
「すごいねぇ大家さんちのキッチン最新のキッチンなんだよ。それなのに尚さん料理苦手なんだって。もったいないねぇ」
目をなぜか、かがやせながら秋穂は言う。
「でさぁ、夕食作ってきたからみんなで食べよう。尚さんも誘ったんだけど、明日はイベントがあるからその準備で忙しいって断られちゃったんだ」そう言いながら、作ってきた料理を座卓に広げた。
まぁ男身一つである俺も、料理と言うか自炊はほとんどしていない。弁当買ってきたり、仕事の帰りに飯食ってきて済ませたりと、夕食と言うか食事にこだわることはない。腹が満たされればそれでいいという感覚しか持ち備えていない。
広げられた秋穂が作った料理、まだ湯気が上がっている。出来立てホヤホヤ。
鶏肉のソテーに煮物。借りてた保温ジャーには炊きたてのご飯。
それと卵焼き。その卵焼きの姿はどこぞの専門店で買ってきたかのように、黄金色をきらびやかに輝かしているように見えた。
実は俺。卵焼きは大好物なのだ。
ごくりと喉をひとならししたとき。優奈が俺の横で「うわぁ! お母さんの卵焼きだぁ。なんかものすごく久しぶりのような気がするなぁ」と、にこやかに声を発した。
「優奈、卵焼き大好きなんだよねぇ」
「うん、お母さんの作る卵焼きが一番大好き」
「ありがとうね優奈」にっこりとほほ笑んだ秋穂の顔はまさしく母親の顔であった。
「さぁ冷めないうちに食べようよ。あ、そうだ飲み物欲しいよね。飲み物、飲み物」といいながら冷蔵庫を開け、ギロリと俺の方に鋭い視線を向け「何もないじゃん!」と声を出す。
「ああ、ええっとだから今何か買ってこようかと……その。ですね」
「うんうん、それなら今すぐ行ってきて、私はお茶、麦茶がいいな。優奈はフルーツ系の乳酸菌が入ったのが好きなんだよ。あとは適当に直登君の好きなの買って来なよ」
居候二夜目。すでに主導権は秋穂に握られていた……。そんな気がしてしまう俺は心が狭いのか?
「まぁそれじゃ、ちょっくら行ってくる」
「はぁい、いってらっしゃい。あっ! そうだ。ねぇねぇ、直登君」
「なんだ?」
「あのね、お風呂上がりの至福のひと時を味わうためのアイテムも、忘れずに買ってきてよね」
風呂上がりの至福のひと時。味わう? 何のことだ? それはソープの香りをお互いにかぐわかせ、お互いの境界線は薄さ。極薄の膜にゆだねるアイテムか?
――――ま、まさか。おいおい、それはそのなんだ。いきなり二人を相手にするということなのか。それに優奈ちゃんはまだ高校生だぞ。犯罪……。ふと高校生ってもう結婚も出来るんだよな。合意の上ならそれは犯罪にはならんということか。それに保護者が了解済みということであれば。ちらっと、秋穂が作ってきてくれた、鶏肉、卵焼き。これをどんぶりご飯に乗せた逸品料理を連想してしまうところは、エロゲ中毒者であるからそうなのかと、わき上がる邪心の念を打ち消して。
「あのぉ秋穂さん。至福のひと時ってさ」
「もう、気が利かないわねぇ。夏の風呂上りにはアイスがつきものでしょ。多分言っとかないと直登君そう言うところ気が利かなそうだから言っただけなんだけど」
にこやかに言うところがなんか憎らしい小悪魔のように感じるわ。秋穂の奴。
この時、確信した。俺の心が狭いのではなく、完全に俺は秋穂に敷かれちまっている。
ちょっとなんだその、むかつく心が見え隠れするが、なんだろうか優奈ちゃんの顔をちらっと見ると、その嫌悪な気持ちがなぜかスッと消えていくのはなぜだろうか。
なんか俺、もしかしてこの気持ちは非常に遺憾という状況を招くのではないかと不安にもなるが、そこに秋穂が立ちふさがっているというこの状況。秋穂はいい壁になってくれているのかもしれないという安心感がある。その安心感があるからこそ、このもやもやとした気持ちに歯止めが付くというものかもしれない。
という訳で、今俺は夜道を近くのコンビニまで歩いている途中だ。
夏本番にはあと一声欲しいこの季節。何か中途半端な気候のせいもあるだろうが、俺の体にまとわりつくこの生ぬるい風が妙に気持ち悪い。
アパートから歩いて数分のところにあるコンビニ。そんなに長い時間歩いているわけでもないのに、帰りの道のりは、足がとても重く感じる。
アパートの敷地に入り、尚ねぇさんが居る家の前を通った時、一瞬鋭い視線と、この生暖かい空気が体を包み込んでいながらも、背筋が氷のように冷たく感じたのはなぜだろうか?
「あははは。俺何かヤバい霊にでも取りつかれちまったんかいな」
そう言う季節でもあるから余計にゾクゾクとしてくる。
部屋に戻ると、二人で何か面白く会話しているような感じの声がドア越しに聞こえてくる。
いったい何を話しているんだろうか? 気になるところではあるが、ここで聞き耳を立てていてもどうしようもなく、ドアノブを回し扉を開けると、二人の会話はぴたりと止まった。
俺はお邪魔な存在なのか? と、思う反面、そうだよな。まだこの二人が来てから二晩目なんだよな。俺も二人のことはあまりよく知らない。今までどんな生活をして来たのか。そしてなぜ、俺のところに舞い込んできたのか。
まぁ、秋穂が、たまたま俺の会社に面接に来た時に出会ったのがきっかけかもしれないが。まぁこれは秋穂側からだけ見たことなんだけど。と思う。そんなことが一瞬に頭の中を駆け巡った。
「おかえり。早かったね」
「そ、そうか……」自分ではかなりだらだらと歩いてきたつもりだったが。座卓を見ると料理には二人とも手を付けていなかった。俺を待っていてくれたんだ。
「さ、飲み物も来たことだし、さめちゃったけど、ご飯食べよ」にこやかに俺に向かって言う秋穂の言葉が、不思議と違和感に駆られていた気持ちを落ち着かせてくれる。
まったく不思議な奴だ。そう言えば秋穂とは中学の時から一緒のクラスだったもとい。高校の途中までではあるが、いつも俺にはあの笑顔を向けていてくれたような気がする。
でも、それだけだった。それ以上の進展は特にはなかった。……はずだ。
そう言えば秋穂の友達。(女子であるが)その子から、こんなことを言われたことがある。
「池内君ってさぁ、特別好きな子いないんでしょ。だったら秋穂と付き合うって言うの、君の中ではありかな?」
「はぁ?」あの時はそんなことを言われても、それが秋穂からの遠回しのきっかけであったことも。いや多分、秋穂自身は何も言ってはいないと思う。秋穂の仲のいい友達が秋穂の気持ちをそれとなく見かねて俺に伝えたんだろう。今、これだけ年を取ったから思い当たることではあるが、もしあの時俺が、そのことに気が付き。秋穂にちゃんと気持ち(多分秋穂のことはずっと気にかけてはいた)と言うか、告っていれば、秋穂は突如に姿を消すことなどなかったのかもしれない。
……高校二年。その年で結婚。
俺も、秋穂もその後の未来は大きく変わっていたのかもしれないな。
「恋とは難しいものじゃ。たとえお互いが意識しあっていても、実ることが許されない恋もある。実ることが許されない恋ほど、辛く苦しいものはなかった。わしの若かりし頃。……そんなこともあったな。今でも思う。あの時、弊害を乗り越えて勝ち取った恋が本当に幸せを呼ぶものだったのか……と」
ふと、爺さんの苦しき心の声が聞こえてきたような気がした。
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