第16話 俺って意外とモテていたのか? 修羅場が始まるぞ! ACT5

ぶぅ――ん。

「あっ!」蚊に刺された。虫……嫌い。


ああ、いつまでこうしていないといけないんだろう。玄関前に座りながら、ここにいないといけない理由を模索する。なんだかとても空しい気分になってきた。

顔を膝にうずめ、じんわりと目からあふれ出る涙で、膝がかすかに濡れ始めていた。


「えっと……。あの。ど、どうしたんですか?」

なんか聞いたことのある声にその方向に顔を上げ、目を向けた。


「直登さん?」

「ええっと優奈ちゃんだったよ……ね」


こくんとうなずいた。心細かった気持ちに何か、安心できるものが宿った気がした。

「どうしたのこんなところで。秋穂は? ……お、お母さんは?」

私は黙ってドアを指刺した。彼はそのドアのノブを握り回そうとするが動かなかった。


「あれ? 鍵がかかっている。いないんだ」

私はまたこくんとうなずいた。


「まったく、どこ行っちまったんだ秋穂の奴」そんな独り言のような言葉を彼女に聞かれないように呟く。

鍵を取り出し、施錠を開けた。


「ふぅ、開いたよ。中入ろうか」

何気ないこの光景。と言うか俺としては別に何とも思っていない行動である。今晩も彼女たちは俺の部屋に泊る。そう思い込んで……。いやそうであることが俺の中では確定事項であるがゆえにこうして現役の女子高生を自分の部屋に夜。招き入れている。


夜の8時過ぎ、なまめかしく光る通路の蛍光灯の明るさがうとめしい気分に……。て、違うだろ!

「あ、あのぉ」

「ん? どうした?」

「今晩もお世話になっていいんですか?」

駄目だとは言えねぇ自分。「仕方がねぇから泊めてやるよ」なんて言う言葉を、この子に差し込むことは出来なかった。


「別にいいよ。さ、中入ろ」

ゆっくりと優奈は立ち上がり、俺の後についてくるように部屋の中に入ってくる。

この光景、事情を知らない人が見たら、女子高生とエンコウしていると思われても致し方ない光景であることに俺はまだ気が付いていない。

部屋の灯りを灯した時、そこに立つ彼女のその姿を目にして、ドキンと胸が高鳴った。


今朝のあの満員の電車の中での出来事が、俺の頭に映し出されてきたからだ。

きゃしゃな体にそぐわない、あのやわらかくも弾力性に富んだ、彼女の胸の感触。それと同時に香るあの甘酸っぱいような香りが蘇ってくる。

このワンルームの中に俺と女子高生の彼女、優奈と二人っきりしかいない。



えええっと。ど、どうしよっかなぁ。どうしたらいいの私。

またこの部屋に帰ってきた来たけど、雰囲気が何か違うんだけど。同じ部屋だよね。昨日はさ、お母さんと一緒だったから、なんとも思わなかったけど、こうして直登さんと二人っきりでこの部屋にいると、気まずいと言うか苦しいというのか……ドキドキして、もうもう。あああああああ! 誰か助けて。早く帰ってきてよお母さん。いったいどこに行っているの?


「あ、あのさ」直登さんが話しかけてきた。その声にぴくんと体が反応しちゃった。

「はっ、はい!」

「そこにつったってないで座ったら? 何か飲む?」

「は、はい。の、飲みます」


俺は冷蔵庫を開け飲み物を……何にもねぇじゃんか。スカスカの冷蔵庫。まぁ缶ビールが3本でんとその姿をここにいるぜって言う感じで俺を誘っていたが、まさか高校生にビールという訳にもいかんだろ。未成年にお酒はいかん。


そういかん駄目だ。(いいじゃないかビールくらい。アルコール度低いんだから、夏の暑い日の夜。グイっと飲むビールは格別じゃねぇのか。彼女も飲んでみればその美味しさを知るはずだ)ああ、いけねぇ心の声が胸の片隅でざわついているような気がしているけど、そこはすべてを押し殺して。


「ごめん何にもねぇや。俺コンビニに行ってくるから。何が飲みたい?」

「そ、そんな。別にいいです」

でもこのドキドキのおかげで、本当は喉もカラカラです。なんて言えないんだけど。

「フルーツ系のジュースとか? それとも炭酸系がいいかな?」

「な、なんでもいいです」

「……そ、そうか」と、なんともぎこちない会話。


そのまま財布をもって外に出ようとした時。ガチャっと玄関のドアが開いた。

「あれぇ、もう帰っていたんだ二人とも」

何気ないと言うか、上機嫌の秋穂の顔がひょいとドアからのぞかせた。

「あっ! お母さん」

優奈がすがるように秋穂に抱き着いた。


「ちょっとどうしたの優奈?」

「どこ行っていたのよ」

「どこってすぐそこにいたけど? ねぇどうしちゃったの優奈」

ギロリと秋穂の視線が俺を突き刺した。


「ちょっとぉ! 直登君。優奈に何かした? いやらしいことでもした? したの? したんでしょ!」

「いや、俺はな、何もしてねぇぞ! 帰ったら、玄関前に座っていたゆ、優奈ちゃん……(本人の前で名前で呼ぶのはちょっと恥ずかしい)を部屋に入れただけだぞ」

「ほんと?」

「ほんとだってば!」

「そうなの優奈」

優奈はこくんとうなずいた。


「ならいいんだけど」

なんか秋穂のその、フンとした態度にちょっとムカッと来た。


「お前こそ、どこ行っていたんだよ」

「あ、私。私は大家さんとこにいたんだけど」

「へっ? 大家さんとこって」

「うん、だから大家さんの家にお邪魔してたんだぁ。そんでね、すごいんだよ大家さん。尚さん」

尚さんって……。いつの間にそんなに親しくなっちまったんだ?


「コスプレイヤーって言うんだって。私あんまり詳しくないんだけど、アニメとかに出てくる女の子(男の子の場合もある)になり切るんだって。すごいねぇ。写真見せてもらったんだけど、かっこいいんだわ! これがまた。でね、テレビなんかにも出ているって言っていたなぁ。そんでね、衣装がいっぱいですごかったよ。あれほとんど自分で作っているって言っていたなぁ。すごいねぇ。ほんと凄いねぇ。直登君知っていた?」


「いや、その。まぁなんと言うか」て、今更なんだけど。


俺と尚ねぇさんの付き合いは。あれ、俺たちって付き合っていたんだっけ? まぁ大家と店子の関係でいい友達。だよな……多分(ああ、尚さんうかばれませんね)。


「なぁ直登よ。いい加減その疎いのはもうやめにしないか。もっと自分に自信持ってもいいんじゃないのか……。生身の女に目覚めよ。直登よ」


天国の爺さんの愚痴が降臨してきたような気がしたのは……。


気のせいか?

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