第3話 ねぇ起きて……パパ

「むにゃむにゃ……お母さん。そんなとこ触っちゃだめだよ」

えっ? な、なんだ。

「優奈ちゃんの体熱くなっちゃってるね」


おい! マジかよ。


家の主が床の隅で小さくなって寝てるというのに、彼奴ら俺のベッドで何やってんだ。

どこにも行くあてがない二人を結局俺は、無理やりこの部屋に泊まることを許してしまった。

あんな状況で出ていけなんて、俺には言えなかった。


今晩一晩だけ。いやもしかしたら二晩……秋穂達の住まいが見つかるまで。

あのまま放り出していたら、この二人は本当にパパ活に走ってしまう。

それはやっぱりまずいだろう。


こんな狭い部屋でも夜露をしのぐ。野宿させるより、基パパ活なんて言ういわば売春行為などに手を染めさせるわけにはいかない。


それで、俺は大丈夫なのか? と聞かれれば、一抹の不安要素しかないのが現実と言うものだ。

一応これでも健康的な男。

確かに二次元のエロゲ―オタクではあるが、三次元がだめだという訳でもない。

この体で直接感じる感触を求めていないといえば嘘になる。


むしろ望んでいるといえばその通りだ。

だからこそ、この現状は俺にとっては非常に厳しい状態でもあるということだ。



「あの人もう寝たかなぁ」

「直登君?」

「うん」


がさがさと音がした。多分秋穂が俺の様子を見ているんだと思う。俺はこのまま、寝たふりをしていた方がよさそうだ。


「寝ているみたいだよ」

「そう。ねぇ、春日井ってあの人、お母さんの事呼んでいたけど、旧姓なんでしょ」

「そうだね……直登君には教えていなかったもんね。宮下になったって」


「教えるの?」

「ん―、どうしよっかなぁ。でもなんか春日井って呼ばれるのも昔を思い出して新鮮なんだけど」


「へぇそうなんだ。もしかして今になって後悔し始めてきたの?」

「後悔?」

「うん、パパと結婚して、こんな娘が出来たこと」


「しているわけないじゃん。私は幸せだったわよ……ううん、今も幸せよ。智明さんと優奈と一緒にいられるんだもん」

「でももうパパはいないんだよ。お母さんだってまだ若いんだし、再婚だってできるんだよそれなのに私みたいな娘を引き取って……」


「何言ってんの。智明さんはもういないけど、優奈はちゃんとここにいるじゃない。私達は……」

「家族なんでしょ。お母さんの口癖だもんね」


「そうよ」

「うん」


なんか秋穂の敏感な部分を聞いてしまってような気がする。彼奴もいろいろとあるみたいだ。それに引きかえ俺はなんにもねぇな。ただ惰性で息しているような感じに思えてきた。


やっぱり追い出さなくてよかったよ。


「で、どうなの?」

「んっ? どうなのって? なぁに?」


「あ・の・ひ・と」


「何よぉ! なんか意味ありげに言うわね」

「そうでしょ、一番に頼ってきたのがあの人だったじゃない? それなりの人って言うことなのかなぁってね」


「……」


「うわぁお母さん沈黙? それって脈ありって言うことなの? 白状しなさいよ」


何だよその脈ありって言うのは――――なんか意味ありげ。

でもこれって盗み聞き? いや違う。勝手に聞こえてきているんだから盗み聞きじゃねぇな。


「――――初恋の人だった」

「嘘! 本当に?」

「うん、中学の時ね。いいなぁって思っていたの」


「告白したの?」

「ううん、ずっと片想いだった」


おい! おい!――――本当かよ。


ドキドキと胸の行動が高鳴った。ただでさえ密度が高いこの部屋の中で、これだけドキドキとするのは危険極まりない。マジやべぇんじゃねぇ。


「今は?」

「えっ? 今って?」


「だから、お母さんの今の気持ち……だよ」

「今は……今はただの友達」


高まる期待は一気に平常心へと落ち着く。

友達かぁ。まっそうだよな。友達……友達。

それでいい。それ以上のことは求めることはねぇからいいんだけど。


落ち着いた……いらぬ期待は持つもんじゃねぇ。次第に睡魔に支配される俺の意識。

多少体は痛いが、寝れる。

寝ねぇと明日がきつい。二人もの会話もプツリと途切れた。



鼻をかすかにくすぐる懐かしい香り。飯とみそ汁の香りだ。

寝起きでこの香りを感じるのは本当に久しぶりだ。落ち着く気持ちにうっすらと開き始めた瞼。そして、そこに映ったのは。


白くなまめかしい。白であるのが好ましい俺の願望。


二次元でしか堪能したことがない。女子高生の生足と

スカートのすそ中から見え隠れする――――水色と白の。


しまパンだった。


これは朝から目の毒だ。

しかしこの朝げの香りは、この悪邪心を何とか封じ込めてくれてくれた。

「おはよう」

そっと後ろから声をかける。

「あっ! お、おはようございます」

少し赤らめた。照れ顔が振り返る。


……か、可愛い。


ああ、なんかあの頃。中学の頃の秋穂あきほの面影を思い起こす……。て、今気が付く。

に、似てねぇな。


面影どころかまったく別人だよ。

中学の頃の秋穂ってあのくりっとした。真ん丸とした目がなんか印象に残っているんだよな。


でもこの子はどちらかと言えばシャープ? その言葉があっているのかどうかは分かんねぇけど、”切れる瞳”ていう感じの印象を受けた。

それに顔つきも全体がすっきりとしている?


なんだその女の子の顔付をこうして、解析するのは初めてのことじゃねぇか。

ゲームに登場してくる女の子は可愛い。

その可愛いというのは、見た目はもちろん。体系も含めて全体的に印象イメージがそう思わせる。


昨日は気が付かなかったがこうして今眺めるこの子のスタイル。

もう制服姿であるけど。


スタイル抜群じゃねぇのか!


むっちりとした秋穂の体もそそるが、このスリムイン山脈型の山あり谷ありのボディはまるで、描かれた2次元の女の子の姿を相沸させる。


「何そんなにじろじろ見ているんですか? なんかものすごく恥ずかしんですけど」


制服姿でお玉を持ち、キッチンではにかむ。おおおおおお! こんなの実際にあるんだ。しかも俺のこの部屋の中で! しかも制服姿の女子高生だぞ!!



その時舞い降りる。死んだ爺さんの言葉。


「朝げのみそ汁は一日の活力源なのだ」


漂う、みそ汁の香りに。俺の思考はふんわりと異次元に吸い込まれていきそうになる。

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