第110話 僕らの島

「ねえ、真見まみってどうして真見って名前なの?」


 幼い姿の真見が真文に問いかける。

 微睡まどろみのようなぼんやりとした風景の中に2人の姿が映し出された。


「真見はね。実を極めることのできる子という意味で名付けたんだよ。これからの時代、きっとそういう力が必要になってくると思うからね」

「どうして?」

「今以上に情報量が増える。ただでさえ処理しきれないのにあらゆる次元の視覚情報が増えていく。これからの時代、ちゃんと真実を見極めることのできる子が必要なんだ」

「ふーん」


 真見はよく分からないまま相槌を打つ。その真見の小さな頭に真文の大きな掌が乗った。


「その力で人を助けることのできる優しい子に育って欲しいと思って名付けたんだよ……」



「真見」


 真見は身体を揺さぶられて目を覚ました。いつの間にか島タクシーの後部座席に座っている。


「あれ……。私……お父さん!」


 真見を揺すり起こしたのは真文だった。眼鏡の奥の温かい瞳を見て、真見は安堵する。


(そうだ、私。島タクシーの中で休んでなさいって雪野ゆきのさ……じゃなくてみなとさんに言われて、そのまま眠っちゃったんだ)

「湊捜査官と頑張ってくれたらしいじゃないか」

「……うん」


 真見は気恥きはずかしそうに頷いた。


「これから捜査官が上陸して一斉調査に入るらしい。そのためにここで皆待機してる」

「そうだ!本部の幽霊は?瑠璃と創君が……」


 声を出し過ぎて思わず咳き込んでしまう真見を見て小さく笑う。


「それは少し前に連れて来たあの子達のことか?」


 そう言って真文が指さした先には瑠璃と創、着替えを済ませた良が居た。


「いつの間に!」

「……My ISLANDを強制終了させてきた。随分手間取ったけどね。この島に実装されていたバーチャル空間を機能停止にしたんだ」

「そっか……良かった」


 安堵したのか、真見は座席にもたれかかる。


「そんなことより。どうしてあんな危ない物、私のセル・ディビジョンに入れておいたの?お父さんは……こうなることを予測してたの?」


 真見の問いに真文が小さく笑う。


「いや。真見の身に何かあったら使って欲しいと思って入れておいただけだ。気が付いてくれて良かった。……真見なら正しく使ってくれると思ってな」

「……」

「驚いたよ。まさか島に残る選択をするなんて。それこそ予測できなかった。……ありがとう。父さんを助けてくれて。それと、こんな目に遭わせてすまない」

「……私達にも言ってくれればよかったのに」


 座席にもれながら真見はそっぽを向いた。


「え?」

「お父さん、ずっと一人で戦ってるんだもん。お母さんは浮気だって騒ぐしさ……。だったら皆で立ち向かえれば良かったのに。そうすれば……つらくなくて済んだよ」


 真見の言葉に真文が小さなため息を吐く。それはいつもの疲労からくるため息ではなかった。静かに真見の大きくなった頭に手を乗せた。


「すまなかった。お前達を巻き込みたくなかったんだ。それに田切さんが目指すビジョンに少しばかり夢見てた。止められればいいと思ってたんだがこのざまだ。……父さんもこの島の未来を見たかったんだよ」


 真見は複雑な様子で真文を見上げる。


「母さんにはちゃんと怒られてくるから。ほら、向こうで友達が呼んでる」


 背筋を伸ばすと、良が大きく手を振っているのが見えた。真見は弾かれたようにタクシーを飛び出す。


「相模君にお礼言ってなかった!」



「神野さん、大丈夫?随分泣いてたみたいだけど」


 心配そうに様子を伺う良に真見は照れたように笑う。


「あ……うん。大丈夫」

「相手は殺人犯。同情しなくてもいいと思うけど」


 桟橋で腕組をしていた瑠璃が吐き捨てるように言った。


「うん……。でも、田切さんも大切な人たちがいるこの島を守りたかったんだって考えたら悲しくなってきて……」


 真見が困ったように笑うのを見て瑠璃はため息を吐く。


「相変わらずどうしようもないお人好し。……万野先輩と田切、向こうの島タクシーに乗ってる。他にも田切側にいたセル社の社員も一斉検挙されるんだって。捜査官が来たらまとめて本島に連れてかれるみたい」

「……そうなんだ」


 少し離れたところで他の島タクシーに乗せられた2人と、湊と帯刀の姿が見えた。佳史の横顔を見て、真見は少しだけ胸が痛んだ。


「この島、どうなるんだろうな」


 つくるがぼそりと呟く。ゲーム時の前髪を上げた状態のままだった。


「開発が止まって、また廃島はいとうになんのかな?そうしたら日本はどうなっちゃうの?」

「さあ?未来のことなんて知らないわよ。今、この瞬間しか私達ができることなんてないんだから」


 地平線を眺めながら瑠璃がすっぱりと答える。乱暴な答えに真見は笑った。この瑠璃のさっぱりとした気性が素直に好きだと思えた。


「ああ!そうだ。忘れる所だった。これ」


 創はポケットを探ると真見の前に銀色の物体を取り出す。真見は思わず声を上げた。


「サン!」


 真見の両手に収まったサンは首を傾げた。可愛らしい姿に思わず笑みをこぼす。


「大丈夫。何度でも創り直せるよ。だって僕らの島だもん」


 良が海の方を眺めながら笑った。真見も穏やかな笑みを浮かべる。太陽のように人を照らす良が好きなんだと素直に思った。


(私、この島が好きなんだ。瑠璃も、相模君も創君も……万野さんも。この島の人達が。いつの間にか自分の居場所になってたんだ)


 真見も地平線を眺める。空の奥の方から日が差してきて、ほのかに本島が見えた。


(そう、たとえ最悪な状況だったとしても創り直すことができる。……未来を見て、今を生きることのできる人達がいれば)


 気が付けば桟橋にいた子供達、全員が朝日を眺めていた。

 あんなに不気味だった夜の海が、光の粒を纏っていく姿は魔法のようだ。眩しいのに何故かずっと見ていたいという気持ちになった。


 作られた光景のように美しかったが真見は確信していた。この光景が虚像きょぞうではないということを。




 






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ぼくらの島〜近未来化する島に隠された秘密と少年少女達〜 ねむるこ @kei87puow

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