第109話 真を見極める子(8)

 薄れゆく意識の中で、田切たぎりは白いあぶくを眺めていた。

 実際に撃たれた銃弾の怪我も痛んで、体を上手く動かすことができない。どんどん息苦しくなっていく。

 手を伸ばしても掴むことができない。その状況は望んだものを掴めない自分を体現しているようでくやしくなった。


(どうして……。どうして、いつもつかめないんだ?僕はただ……この島に創りたかっただけなんだ。あの頃みたいな島を)




 そんな時だ。

 田切の前に現れたのは暗闇の中から猛スピードで何かが向かってくる。


(イルカ……?)


 そして伸ばされた誰かの手。




おさむ。このイルカロボット、最高傑作だよ!』

「……ヨシ」


 いつの間にか幼い頃の扇良仁おうぎりょうとが目の前にいた。

 良仁よしひとと読み間違えられ、そのままあだ名もヨシになったというのは島のごく近しい者しか知らない。


『俺達の発明品がさ。いつかこの島で活躍したらいいよな!困っている人のために働くロボットとして!』


 幼い姿の田切が扇に向かって大きく頷いた。何度も何度も。涙を流しながら頷く度に涙がボロボロとこぼれて海の水になる。


「ごめん……。僕、悪いことしちゃった。島を守るために……。自分を守るために。イルカのロボットだって悪いことに使った。本当に……本当にごめん」


 良仁は悲しそうな顔をしていたが、少しだけ笑っているようにも見えた。その姿は出来の悪い弟を仕方ないなと見つめる、優しい兄のようでもあった。





 海に人が落ちる、激しい水音すいおんが辺りに響き渡った。


「……真見まみちゃん!何をしたの?その銃は?」


 慌てて駆け寄って来たみなとが真見の側に駆け寄った。手に負った怪我の痛みに顔を歪めながら問いただす。

 同時に真見の手からバーチャルの銃が消えた。


「ご……ごめんなさい!」


 真見はその場に泣き崩れる。

 湊はすぐに真見の武器がプラシーボ効果を発動させるものだと分かった。


「セル社の本部に乗り込む前に……分かったんです。私の……私のセル・ディビジョンにも幽霊が持っていた銃が実装されていることに」

「確か貴方のセル・ディビジョンは真文さんから直接手渡された物……。まさか、真文さんは真見ちゃんに託したの?この最悪のテクノロジーを」


 湊が息を呑んでいるところに帯刀たてわきが慌てて田切が落ちた桟橋さんばしへ駆け寄る。


「ったく。手荒なことを。意識を失ってるならすぐ引き上げねえと!」


 そう言って帯刀たてわきが走って暗闇の海に飛び込もうとした時だった。黒い海面から何かが浮かび上がって来た。


「大丈夫!救助したよー」

りょう!」


 帯刀が驚きの声を上げる。


「僕だけシー・リサーチャーを起動させに行ったんだから!島タクシーの中で神野かんのさんに言われたんだー。島タクシーから降りたらこっそり準備してくれって!」


 そう言って帯刀たちにグーサインを見せる。シー・リサーチャーの上でぐったりとした田切の姿があった。

 帯刀は真見の方をちらりと見やると小さく安堵のため息をく。


「全く、大したもんだ……。分かった。今、引き上げるぞ」


 その様子を見守っていた湊が目を見開いた。


「真見ちゃん。貴方……あの短時間でこの作戦を考えて……実行したの?」


 真見は涙をぬぐいながら頷く。


「ごめんなさい……。本当は傷つけたくなかったんです。湊さんの大切な人を。でも、お父さんを助けようと思ったらもうこれしかなくて……」


 しゃくりあげる真見の側で湊はその小さな肩に軽く触れた。


「……大丈夫。おさむは生きてるし、貴方は最小限の被害に抑えようとした……。理も興奮状態にあってとても人の話を聞けるような状態じゃなかったから」


 真見は首を振った。


「どんな理由があっても人を傷つけちゃいけないんです。だって……こんなにも心が痛い。湊さんにも怪我をさせて……ごめんなさい。本当に、ごめんなさい」

「……謝らないで。貴方の優しさともろさがこの島と、おさむを救ったのよ……。これで分かったでしょう?

貴方が弱さだと思っていたものが最大の強さだったってこと。だから、これだけは言わせて。

ありがとう、真見ちゃん。私達の島を守ってくれて」


 湊の言葉に真見はその場に膝をつき、顔を覆う。静まり返った桟橋付近には少女の嗚咽おえつだけが響き渡っていた。





 

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