第108話 真を見極める子(7)

「諦めなさい!もう貴方に……逃げ場はない!」


 怪我を負った湊が精一杯声を張り上げる。しかし田切たぎりは動じることなく、真見まみだけを見ていた。


「やっぱり……。そうだったんだ!」


 真見まみは田切の背後を凝視している。その目は、他の人が見ることができない物を見ることができる「まこと見極みきわめる目」だった。

 真っすぐに田切の背後を指さす。


「レオン号ですよ。あそこに、レオン号がまってる」


 真見の言葉に島タクシーから降りた佳史けいしが同じ方向を見て首を傾げた。


「何かあるようには見えないけど……。ああ、言われてみればぼんやりと輪郭が」


 佳史に言われて帯刀たてわきみなとも目をらす。


「本当だ……。レオン号は『擬態ぎたい』ができる船なのね」


 何もないと思っていた空間にはレオン号が停泊していた。その姿は海面と空の色を船体に投影し、何もないように見える。投影された映像があまりにも自然過ぎて誰も気が付かなかったのだ。

 レオン号の存在を見破った真見を見て田切は歓喜かんきした。


「本当に……話しに聞いていた以上に素晴らしい性質だ。是非、体性たいせい感覚技術の発展のために……僕と来て欲しい!」

「……田切さんは私の性質のこと、父から聞いたんですね」

「ああ、そうだよ。特に君が小さい時にバーチャル世界のものを見極めた話には驚いたな……。神野デザイナーが親馬鹿なだけかと思ったら違った。君の生まれ持っての性質は世界を変えるような代物しろものだったんだよ!」

「……」


 田切の言葉を聞いて、真見は朧気おぼろげながら過去を思い出す。




「真見、見てごらん」


 目元のクマが薄い、若き日の真文まさふみてのひらに乗せたカナブンを見せた。鮮やかな緑色の虫を目にして、真見は首を傾げる。


「お父さん。これ、本物の虫じゃない」


 その言葉に真文が目を丸くした。同時に掌からカナブンが消えてしまう。


「……どうして分かった?」



 その時の真文の驚いた顔が今ならはっきりと思い出せる。真見は当時からバーチャル世界の映像を見極める目を持っていたのだ。


「話を聞いた時は驚いたよ。神野デザイナーの作ったホログラム映像が見分けられる人物なんていなかったからね。それ以降、君のことを色々と聞いたよ」


 真見は息を呑んだ。田切はずっと昔から真見の性質に目をつけていたらしい。それよりも真文が子供の話をしていることを意外に思った。


(お父さん、私のこと人に話してたんだ……)

「電車での話も聞いたよ。直感でトラブルを回避したって。それらの特徴を聞いて分かったよ。君が『感覚過敏』な性質を持つ子供だって。

多分、幼い頃の君は瞬時にトラブルを起こしそうな人物を見極めたんだ。その人物の表情や態度……あるいは声質から。五感をフル活用して情報収集し分析し、危険だと判断した」


 田切が興奮気味に話し続ける。


「バーチャル世界において人間の五感は重要になってくる……。特に五感を感知する能力にたけた人間のデータが必要だった」

「……」


 真見は田切の心無い発言に黙り込んだ。真見を人間ではない、何かの生き物だと認識している気がして心がこおりつく。


(やっぱり。この人……誰かに止めてもらわないと、自分では止まることができなってるんだ……!)


 握りこぶしを作ると、静かに田切の元へ近づいて行く。


「君の性質は、世界を変える研究に繋がる!新時代を……つくるんだ」


 田切は血だらけの左手でテーザーガン持ちながら真見に語り掛けた。


「お嬢ちゃん!」

「真見ちゃん!」


 みなと帯刀たてわきの声に立ち止まることなく、真見は田切の目の前に歩みを進めた。


「お父さんも一緒だ。さあ、行こう!」


 田切の、子供のような邪気の無い笑顔を前に、真見は大きく深呼吸した。


(大丈夫。自分を……信じるのよ)


 真見は田切の左手にセル・ディビジョンが取り付けられてること、桟橋さんばしふち近くに立っているのを確認する。

 大きく息を吸うと、手を前にかざした。


「な……?何だ、それは」


 真見の目の前に本物そっくりの銃が現れたのだ。My ISLANDで見られる、カラフルな銃ではない。それは真見達が翻弄されてきた『幽霊』が持っていた物と同じものだった。

 魔法のように突然目の前に現れた武器に田切はたじろいだ。


「どういうことだ……!?プラシーボ効果を出す武器が……。島民のセル・ディビジョンには実装されてないはず」


 田切の見開いた目を見ながら、真見は小さくつぶやいた。


「……ごめんなさい」


 真っすぐに田切をねらうと、引き金を引く。

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