第32話 可愛い相棒と裏活動(2)

(どうして事故じゃなくて事件だと?記事を見た限りじゃ何も分からないはず。もしかして……この人は何か知っているのかもしれない)


 真見まみが息をんで佳史けいしの様子をうかがう。


「そんなに構えないで。最近この島で不可解なことが続いてるんだ」


 真見はりょうの言葉を思い出す。


『最近おかしいんだ。この島』


 言葉にできない恐怖が真見を襲う。自分の心臓音が耳元に聞こえてくる。


(私の知らないところで何かが起きてる。何かがもうすでに始まってる……)


 真見の腕が引かれ、佳史の隣から引きはがされた。突然のことに真見の目が丸くなる。


万野ばんの先輩……。神野かんのさんに何を言ったの?」


 真見の腕を引いたのは良だった。いつもの穏やかさは何処どこへ行ったのか。少し低い声に驚く。良の隣に立つ少し不機嫌な様子をした瑠璃を見つけると、真見は慌てて良の腕を振りほどいた。

 これ以上、険悪けんあくな雰囲気が流れてはたまらない。


「何でもないの!昨日の事故のこと聞かれて……。ちょっとぼんやりしちゃったというか……」


 真見が困ったように笑うと良がお構いなしに続ける。


「事故のことを?やめてくださいよ。トラウマになってるかもしれないのに」


 険悪けんあくな雰囲気が流れはじめたところに佳史はすぐに頭を下げた。申し訳なさそうな表情を浮かべる。


「悪かった……ヨシ。僕が無神経過ぎた。神野さんもごめんね。さっきのことは忘れていいよ」


 真見は握りこぶしを作る。


(このまま有耶無耶うやむやにしていいの?万野さんは何かを知っていそうなのに。私が弱気なせいで、知らないままでいいの?)

「どうして……。どうして事件だと思ったんですか?」


 勇気をしぼって問いかける。佳史がまばたきをした。


「ああ……。それはね、過去、この島で溺死体できしたいが見つかってるんだ。しかも1人じゃない。だから、神野さんが船から落ちたのも何かあるんじゃないかと思って」

「溺死体?」


 真見は予想外の返答に呆然ぼうぜんとする。佳史は真見と向かい合うとしっかりとした口調で続けた。


「だから僕らは調べてるんだ。勿論、僕達だけの秘密でね」


 佳史が口元に人差し指を立てる。その表情は好奇心に満ち溢れ、生き生きとしていた。


(……船で起きた事を話そう。そうすればこの違和感がなんなのか、分かるかもしれない)

「あのっ!そうしたら私、気が付いたことがあって……」


 真見が打ち明けようとした時、佳史が自分の口元に人差し指を立てしぃーっと息を吐いた。その様子は悪戯いたずらくわだてる子供のようだ。


「その話は後で。先に用事を済ませようか」

「はい……」


 佳史は3人を追い抜き、先導せんどうするように歩き始めた。良が真見に耳打みみうちする。


「本当に大丈夫?顔色が悪いよ」

「うん。大丈夫……」


 真見は自身の頬に手を当てた。自分の弱さに嫌悪けんおする。


(こんな大したことのないことで動揺するなんて。ただ船で起きた事故を聞かれただけじゃない……。どこまで私は弱いの)

「万野先輩っていつもああなんだ。不思議な出来事に目がないから。残念なイケメン……」


 先ほどまで真見と良の距離の近さに不機嫌になっていた瑠璃だが今は真見のことを心配している。佳史への文句を呟いて表情をやわらげようとしてくれた。


(強くならなきゃ)


 真見は人知れずおのれ鞭打むちうった。



 


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