第30話 トモダチ(3)

 記事にはシー・リサーチャーが船から落ちた人に反応して救助したことが簡単にまとめられていた。船から落ちた原因や真見の素性などは書かれていない。真見まみはそのことに安堵する。シー・リサーチャーの性能について語られているだけだ。


(広報部の活動に参加して、セル社に立ち寄る機会を伺おう。その後でお父さんの近くで仕事をしている人を当たれば……)


 瞼が自然と下がり、そのまま真見は微睡の中に落ちて行った。




 タイヤ音を耳にして真見は目を覚ました。


(うわあっ寝ちゃってた!)


 真見は飛び起きると玄関に走る。この時間に島タクシーのタイヤ音。真文まさふみのものだと直感ちょっかんした。他のセル社の人達はもう少し早めに帰宅してくる。帰宅は真文が一番遅い。


(もしかしたらあの女の人もいるかもしれない!)


 真見は細く扉を開ける。階下には父のシルエットがぼんやりと見えた。息を潜めて様子を伺う。真文が周囲を見渡しているのが見えた。


(やっぱり。この行動も浮気してるからなのかな?)


 島タクシーが遠ざかって行く音を聞いて、真文以外に人が乗っていなかったことを悟る。階段を上がってくる音と共に急いでドアを閉めた。

 部屋のドアノブを握ったところで玄関の扉が開く。


「ただいま」


 手には弁当の入ったビニール袋が握られている。眼鏡の奥に疲労の色を感じさせた。心なしか目の下のクマが深く刻まれているように感じる。

 真見は背中に冷や汗をく。


「……おかえりなさい」


 真文は目視もくし施錠せじょうを確認する。ドアの小窓こまどから何者かがやって来てはいないか見るとやっと真見に視線を送る。


「学校はどうだった?」

「あ!えっと……。最新技術があちこちで使われてて凄かった!それと友達もできたし……」

「そうか……良かったな」


 それだけ言うとのっそりと立ち上がって真見の横を通る。


(良かったなって。それだけ?)


 父の猫背を見送りながら口をへの字に曲げた。真見は犬のように鼻をすんすんとさせる。


(親子丼の匂い……)


 真見の予想通り、夕食は親子丼だった。ふわふわの卵と玉ねぎ、出汁だしが浸ったご飯を頬張る。


「お父さんはどうなの?」


 真見の言葉に真文の箸が止まった。


「お父さんは……職場の人に友達っているの?」


 踏み込んだ質問に真見の心臓が高鳴る。誤魔化すように親子丼を食べ進めた。


「友達というより同僚というのが正しい。仕事仲間という感じだ」


 曖昧あいまいな答えに真見は首を傾げた。


「それってどう違うの?」

「仕事をするだけの仲ってことだ。それ以上でも以下でもない。大人になったら友達が減って……仕事仲間が増える」

「ふーん……」

(じゃあ。あの女人は何なんだろう)


 真文の仄暗ほのぐらい瞳を見て、真見は追及するのを辞めた。


「……この親子丼、美味しいね」

「そうだな」

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