第24話 自己紹介とテクノロジー(6)

「中等部の次の共通科目は……確か社会だったかなー」


 レクリエーションルーム前の廊下でりょうつぶやく。


「その次、私はスポーツ科学だから」

「僕は生物海洋学」


 真見まみは聞き慣れない科目に首をかしげる。


「その科目って何?」

「そっか。神野さんは命島めいじま学校の授業のこと分からないよね。この学校に固定の教室はないんだ。皆授業のたびに移動する。共通科目はその学年で学ばなければならない科目。自由科目は生徒が学びたいことを深く学ぶことのできる授業のことだよ。他にもたーくさん科目があってリモート授業が受けられるんだ。ゲーム制作を学んでる生徒もいる」

「へえ……。進んでる」


 真見は今まで自分が通っていた学校を思い出す。

 せまい教室に多くの生徒が詰める。無機質むきしつに並べられた椅子、机。同じことを強要される空間。個人的な考えは淘汰とうたされ、正解だけが求められる授業。ひど閉鎖へいさされた印象が浮かぶ。

 感覚の鋭い真見がどれだけその空間に苦しめられたか分からない。様々に入り混じる匂いや音、教室の眩しい明かり……。全てがストレスだった。

 一番辛かったのは人の感情だった。教室に不快な感情が渦巻くと忽ち真見の心にも不快感が広がる。誰かの陰口が聞こえた時も同様。無視しようと思っても真見の心をむしばみ、体に不調ふちょうをきたすのだ。保健室に通った時期もある。

 真見は人の感情を人一倍感じやすい性質だった。それによって自分の心を疲弊させてしまう。特にの感情に対する疲労は凄まじかった。ねっとりとしたどろが真見の心にまとわりつくような、息苦しさを感じるのだ。

 相対した相手の感情が流れ込んでくるような感覚を真見は物心ついたころから感じ取ることができた。それによってずっと振り回されてもいた。


(誰に言っても信じてもらえない。それはそうだよね。人の内面のことなんて誰も解明できないもの。例え、新技術がどんどん開発されたとしても……)

「神野さん?どうかした?」


 良が心配そうに真見の顔を覗き込む。突然距離をちぢめられた真見は思わず後退あとずさる。


「……何でもないです!それより、授業。授業行こう!」


 隣をちらりと見やるとやはり瑠璃が目を細めてこちらを見ている。真見は首を横に振って他意たいはないこと示した。

 瑠璃は小さなため息を吐くと3人は廊下ろうかを歩き始める。


神野真文かんのまさふみ


 目の前に待ち受けていた子供がそう呟いた。見れば先ほど、真見の自己紹介で目が合った生徒の一人だ。前髪が長く、顔がよく見えない。真見は再び隣を歩く瑠璃の後ろに隠れてしまう。


「突然何?つくる


 瑠璃が腕組をして呆れた声を出す。


「もう小学部のみんな、行っちゃったよ」


 良が大きな目を瞬かせている。そんな中で真見は心臓の鼓動が高鳴るのを感じた。


(どうして私のお父さんの名前、知ってるの?)


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