第9話 生まれ持ってのもの(2)

 社宅へは10分ほどで掛かって辿り着いた。

 命島めいじま自体、一日で周回できてしまうほどの広さだ。診療所があった、長閑のどかなエリアとは裏腹に社宅周辺は近代都市のような作りをしている。マンションや無機質なコンクリートの建物が立ち並んでいた。ビルにはまだ明かりがともっている。


(相模診療所の辺りは元から住んでいた人達のエリアで、この辺りはセル社が開発したエリアなのかもしれない)


 真見はちらりとそんなことを考えた。


『目的地に到着致しました。ご利用ありがとうございます』


 地面に降り立つと真見はあることに気が付く。


(この辺りは……コンクリートだ)


 硬い、灰色の道に違和感を覚える。足の裏に伝わってくる感触が、東京にいた時とは違うような気がしたからだ。その違和感が何なのか分からないまま、真見は真文まさふみの背を小走りで追いかける。水を吸った衣服が重く、腕がしびれた。

 相変わらず真文は周囲を伺うような素振りを見せ、二階の一室に手をかける。指紋認証と顔認証付きのオートロックは東京の家にあったものと同じだ。ドアが閉じると自動的に鍵が掛かる。

 鍵が閉まったのを念入りに確認する真文の姿があった。オートロック式で、しかも生体認証が鍵になっているというのに。ちょうが付くほどの心配性だと真見は思った。

 真見が怪しむのも気にせず真文は家の中を進む。


「真見の部屋は玄関を入ってすぐ。開けておいたから。自由に使いなさい。これから会社の人と話すから飯食って、洗濯物を回して……それから寝ていて構わない」

「あ……うん」


 相変わらずの仕事人間ぶりに真見は遅れて返事をする。


ついでにそのまま仕事を進めているから。くれぐれも仕事部屋には入らないように。何かあったらタブレットから連絡をいれなさい」


 そう言って向かいの部屋に吸い込まれていった。


(やっぱり怪しい)


 真見は父の背中をにらむ。わざと仕事部屋に入ってみようかとも考えたが騒動を起こした後だ。これ以上真文に迷惑をかけるのは気が引けた。


(今日は休もう。問題解決は明日から)


 風呂に入り、冷蔵庫にあった食事を1人で食べる。その間も真文が部屋の外に出てくることはなかった。


(シンプルな部屋)


 真見はベッドに横たわりながらタブレットをいじる。そこへ早速電話が入って来た。相手は真見の母、神野絵美かんのえみだ。


『長旅お疲れ様!それで?あの人には会ったの?』


 電話に出るなり鼓膜がはち切れそうなほどの大きな声が真見の耳に響く。真見は慌てて音量を下げた。母の言うあの人が真文のことを指しているとすぐに分かった。

 絵美と真文が別居し始めて1年が経とうとしていた。2人が顔を合わせて話しているのを見たことがない。2人の取次役とりつぎやくもっぱら真見の仕事になっていた。


「うん。少し疲れてそうだったけど……。変わらない心配性っぷり」

『ふーん。相変わらず怪しい。しっかり浮気調査宜しくね!』


 絵美の言葉をにごさない、勢いの良さに笑ってしまいそうになるが、本人は真剣だ。


『真見の方は何の問題もなく島に到着できた?』

「……うん」


 船から落ちたことについては口をつぐむ。感情の起伏が激しい母親のことだ。怒ったり泣いたり忙しくなるに違いない。真見は面倒ごとを避けるために適当に返事をした。


『真見の直感ちょっかん、信じてるから』

「うん……。分かった。それじゃあまた何かあったら連絡する」

『それじゃあね!島の暮らし楽しんで!』


 元気な絵美の声を最後に電話を切る。

 自分のことがあまり好きではない真見には唯一ゆいいつ、誇れるものがあった。

 それがだ。


(私の直感だとお父さんは浮気してないと思うんだけどな……。でもお母さんは信じてくれないよね)


 真見はそのままシーツに顔をめた。

 

 

 

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る