第8話 生まれ持ってのもの(1)

「誰かに……落とされたのか?」


 真見はその言葉に固まった。現場にいるはずのない父がそんなことを口走ったのか分からない。真見は膝に抱えたリュックサックを体に引き寄せた。隠し事がバレてしまったような気持ちになり鼓動が速まる。


(お父さんはただ心配性なだけだ。私が船から落ちるところを見てたわけじゃない)


 命島めいじまに来る前に送って来たメッセージを思い出す。


『くれぐれも気を付けて来るように』


 家族に対して淡白たんぱくで表情を見せないが真見の母と真見の安否あんぴだけは異常に心配する。それを真見は不器用な優しさだと解釈していた。残念ながらそれは母親に一ミリも伝わっていない。挙句あげく、浮気を疑われる始末だ。


(ちゃんとお母さんと私に言ってくれればいいのに。私達のことが心配なんだって)


 真見は父を安心させるように、相模さがみ一家いっかと同じ理由を述べる。


「イヤフォンを落としちゃって……。そのまま体のバランスを崩したんだ。ほんと、相模君に助けて貰えて良かった」


 バックミラー越しに真文が真見を眺める。


「……そうか」


 真文が納得したかどうかは分からないが、それ以上深く問いただしてくることはなかった。


「明日、『シールド』と駐在所の者が事情聴取じじょうちょうしゅにくるだろうが。そのまま話しなさい。事故だったと」

「……シールド?」


 真見は聞き慣れない単語を復唱する。


「ああ。セル社と提携している民間警備会社のことだ。この島において警察のような役割を担ってる。この島に元から駐在所もあるから二重にじゅうで話すことになってしまうが覚悟しくれ」

「うん……」


 真見は船の上で聞いた、「民間警備会社」のことが「シールド」であることを理解した。


「ここに来るまで変わったことはなかったか?」

「変わったこと?」


 真見は眉間みけんしわを寄せる。


「無人タクシーと、イルカのロボットかな?」

「……何もなかったのならいい」


 真文の無感動な声に真見の笑みは引きった。真文にとって無人タクシーもイルカの救護ロボットも珍しいものではないらしい。


「明日、セル社の本部でお前の島民登録をする。それを済ませたら島の学校へ行ってくれ」

「お父さんは?」

「……仕事だよ。島内のビルにいるから。何かあったらすぐに連絡しなさい」

「……はーい」


 真見はリュックサックの上にあごを乗せた。


(学校か……)


 新しい環境に憂鬱ゆううつな気持ちになる。

 真見は自分の耳に軽く触れる。


(イヤフォンも落としちゃったし……)


「イヤフォンは社宅にあるのを使いなさい」


 真見の不安げな様子を見て真文が言った。流石は真見の父親。長い間顔を合わせていなくても娘の言わんとしていることを理解している。


(それぐらいの気遣い、お母さんにもしてあげればこんなことにならなかったのに)


 真見はそっぽを向いた。




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