第7話 イルカと少年(7)

駐在ちゅうざいさんって……。警察のことだよね?)


 真見まみは自分の腕を掴んで診療所を出て行こうとするりょうを止めた。少しだけ背後に体重をかけ、前に進んでいくのを阻止する。


「ちょっと……ちょっと待って!」


 真見の制止に良は振り返って眉をひそめる。


「なんで?」

「なんでって……」


 真見は言いよどむ。警察に行けない理由がいくつも頭に浮かび、すぐに言語化することができない。そんな自分に嫌気が差しながらも何とか言葉を紡ぐ。


「えっと……。私のお父さん、セル社で働いてるんだ。だから迷惑は掛けられない」


 まだ納得できないというように良は目を細める。真見は慌てて言いつのった。


「それに……勝手に人を犯人扱いできない!私も相模君もちゃんと見てたわけじゃないし。人の事を疑うのは良くないよ……」

「……」


 暫く良は考える素振りを見せたが観念したように手を離す。真見は悪意を好まなかった。例えそれが自分に向けられたとしても人に向けることができなかった。

 良が納得したと思い、安心した真見は胸を撫で下ろす。


「……最近おかしいんだ……。この島」

「え……?」


 良がぽつりとこぼした言葉が引っかかる。


「おーい!迎えが来たみたいだぞ」


 有志ゆうしの声で2人は診療所の出入口に視線を向けた。かすかに車のタイヤ音が聞こえる。先ほどの島タクシーと似ていた。


「は……はい!」


 真見は慌ててリュックサックを背負うと良から離れるようにその場から立ち去った。真見の事を気遣ってくれていたのに、無下むげにしたようで心が痛む。


「娘が世話になりました……」


 真見の父、神野真文かんのまさふみが島の診療所に真見を迎えにやって来た。真文は有志に向かって深々と頭を下げる。久しぶりに顔を合わせた父はどこかやつれて見えた。黒縁眼鏡越しに見える目はしょぼしょぼと瞬きを繰り返す。うっすらとクマが浮かび上がっていた。


「いえいえ!怪我も大したことないようで良かった!」

「船から落ちたのを救っていただいたとか……。ご迷惑をおかけしました」

「いやいや。俺らは何も」


 真文はその後も何度かお礼を述べた後、受付に取り付けられた小型のカメラに顔を映す。すぐそのあとでチャリンっという小銭を落とす電子音が鳴った。


「それでは。お世話になりました」


 隣で淡々と挨拶を済ませる父を見る。真見は感情の無い父のことを気まずく思っていた。こうして顔を合わせるのも1年ぶりだ。


(こんな時まで冷静なんだ)


「……ありがとうございました」


 真見が頭を下げると有志が手を振る。良はただ、島タクシーの乗り込む2人を眺めていた。真見は良から視線を外す。


(絶対怒らせちゃった……。ごめんなさい)


 真見は心の中で良に謝罪する。

 

『島タクシーをご利用くださいましてありがとうございます!島民の方は顔を、パスをお持ちの方はパスをフロントガラスに向けてください』


 島タクシーに乗り込むとすぐに明るい女性の声が聞こえてきた。真文はそのままフロントガラスに向き合うと目の前に命島の地図が映し出された。


『神野真文様ですね!社宅へ戻られますか?それとも本社事務所へ向かいますか?』

「社宅で」

『承知しました!走行中は危険ですので停車するまで着席していてください。シートベルトの着用が確認できましたら、出発します』


 シートベルトを着用するとハンドルがひとりでに回り始める。気まずい沈黙ののち、真見が恐れていた質問が投げかけられた。


「どうして船から落ちたんだ?」


 





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