第6話 イルカと少年(6)

『ありがとうございました。またのご利用をお待ちしております』


 島タクシーのドアが閉まると誰も乗せていない車がもと来た道を戻って行く。真見まみはその光景を不思議な気持ちで見ていた。


「安心しな!かねなら自動で引き落とされてる。この島では顔がかねだからな」

「……え?」


 真見がまばたきするのを有志ゆうしが楽しそうに笑う。


「顔認証でお金が自動的に引き落とされるんだ。だからこの島の人は現金を持ってない。キャッシュレス社会なんだ。しかも全部顔認証」


 真見の隣であきれたように良が解説する。人差し指で自身じしんの日焼けした顔を指さした。真見は新鮮な気持ちで満たされる。都内でも所々にしか設置されておらず普及が進んでいない。


「すごい……!本当に異世界に来たみたい」

「異世界なんて大袈裟な!俺も最初は嫌だったんだけどよ、慣れちまうもんよ!手ぶらで生活できてらくと言えばらくだ」


 診療所へ顔認証センサーで入室する。消毒液の香りが鼻腔びこうを突いた。そのまま診察室へと促される。玄関は最新鋭だったが診療所の建物内は古い。どうやら開発が島全体に行き届いているわけではないらしい。

 真見は全身CT検査を終えると丸椅子に腰掛けながら有志の診察を受けた。


「骨は折れてない。肺や脳にも異常はなさそうだな……。ただ、今日は安静にしていなさい。湿布は貼り直しておいたから。早めに救助されたのがこうそうしたな」

「はい……」


 真見は右足を見下ろす。


「迎えが来るまでここで待っていると良い。待合室は誰もいないはずだから使って構わないぞ」

「ありがとうございます。すみません、ドライヤーまでお借りして……」

「そんなこと気にすんな。風邪ひくなよ!」


 真見は会釈えしゃくすると閑散かんさんとした待合室に足を踏み入れる。電気が消え、人気ひとけのない待合室は少し怖い。一番端の席にリュックサックを置くとソファ席に誰かが座っているのが分かった。


(あれ……?相模良さがみりょう君)


 朝方の太陽のように穏やかな良が物憂ものうげだと不安になる。


「あのさ……。何か言いにくそうだったから、さっきは黙ってたんだけど」


 真見を見るなりソファ席から立ち上がる。ここで良が案外背の高い少年であることを思い知る。


「船から落ちたのは……本当に事故だったの?」

「え……?」


 躊躇ためらいがちな良の言葉に真見は黙り込む。どうやら真見が船から落ちるところを見ていたらしい。


(誰かに落とされたような感覚はあったけど……確証はないし……。勘違いだったら迷惑がかかるし。大事おおごとにしたくない)


 真見は握りこぶしをつくると、弱々しく微笑む。頼りない、小さな声で答えた。


「私の不注意だったんだ。イヤフォンが落ちちゃって……」


 良の大きな目がじっと真見の言動を捉えていた。真見は自分の嘘が見透かされていそうで、思わず口を閉じる。


「神野さんが落ちた後、人影を見たような気がするんだ。すぐに船の一室に消えちゃったし、神野さんを助けるのに夢中だったからよく見えなかったけど……」

「え……?」


 真見の背中に冷たい汗が流れる。顔を青ざめさせる真見をよそに真見の細腕をつかんだ。日焼けしていない真っ白な肌と良の小麦色の肌のコントラストがまぶしい。

 真見は良の行動に驚いて肩を震わせた。


正義まさよしさん……駐在ちゅうざいさんのとこに行こう」


 良の大きな瞳に吸い込まれそうだった。






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