第5話 イルカと少年(5)

「仕事の都合……ってことはお前さんもセル社のもんか」

「父はゲーム会社に勤務していますが、セル社に出向することになったんです」


 真見は車に揺られながら答えた。流れていく新緑しんりょくの木々を眺める。

 この島を買収し、開発しているのはセル社と呼ばれる大企業だった。どんな小さな子供でもセル社のロゴを知っている。それぐらいに身近で巨大な企業だった。最近は政府が打ち出している「スーパーアイランド構想」に乗っ取って益を上げている。


「俺は相模診療所の相模有志さがみゆうし。そっちの馬鹿は孫のりょう

「また馬鹿って。そんなに馬鹿って言われたら本当に馬鹿になっちゃうよ」

「りょう……?ヨシ、ではなくて?」


 真見はずっと疑問に思っていたことを口に出す。それに気が付いた有志が大笑いした。


「ヨシってーのはこいつのあだ名だよ!漢字で「良好りょうこう」の「りょう」って書いてりょう。しのしとも読めるだろう?だからこの島のもんからはよし君なんて呼ばれてんだ」

「だからよし君だったんですね」


 納得した表情の真見を見てバックミラー越しに有志が感心した表情を浮かべる。


「よく覚えてるんだな。一瞬だけ聞いた人の名前何て忘れちまうよ!」

「そう……でしょうか」

「それより、真見ちゃん?か。一体どうして船から落ちちまったんだ?」


 有志の問いかけに真見は固まった。ここでも大事おおごとにはしたくない。あの時感じた違和感を飲み込む。真見は医務室の医師にしたような言い訳を述べた。


「それが……イヤフォンが船から落ちてしまったみたいで。手を伸ばしたら体のバランスを崩して落ちてしまったんです」


 バックミラー越しに目が合った有志が真剣な表情をしているのが見えた。良も振り返って真見の様子を伺っている。


「イヤフォンよりも命の方がずっと大切だ。そんなもん、海にやっても構わない。これからは危ないことをするな」

「……はい。すみません」


 真見は思わず謝罪してしまう。あまりにも有志が真剣だったからだ。不思議と恐怖は感じない。


(有志さんは本気で心配してくれてるんだ。初対面の私のことを)


 そう思うと不思議と心の中がぽかぽかしてきた。


「ほら。また顔が怖い。神野さんが固まっちゃってるよ」

「そうか?悪いな!でも助かって良かったよ。ご家族も一安心だろう」

「あっ!」


 真見は父の言伝ことづてを思い出して声を上げた。


「お父さんに連絡いれるの忘れてた……」


 大慌てでリュックサックからタブレットを取り出し、連絡を入れる真見を有志は愉快そうに笑う。

 和やかな雰囲気の車内だったが、良だけは難しい表情でタブレットを弄る真見を眺めていた。


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