第10話 生まれ持ってのもの(3)

 真見まみ直感力ちょっかんりょくが家族内で認知されるようになったのはある事件がきっかけだった。

 絵美えみは自慢げに語るので恥ずかしいかったが真見はあまりよく覚えていない。

 それは家族旅行で電車に乗り込もうとした時だった。


「乗りたくない」


 わがままを言ったことのない真見がその日だけは電車に乗るのをしぶったのだという。理由を聞いてもおびえたような表情で「こわいから」というばかりだった。困った絵美と真文まさふみは一本送らせた電車に乗ることにした。

 そのすぐ後だ。電車が止まったという放送が流れたのは。

 ホームで放送を聞いていた絵美と真文は呆然としたという。しかも乱闘が起きたのは真見達が乗るはずだった車両だった。


「きっかけは些細な喧嘩みたいね。身体がぶつかった、ぶつからないだの。それが他の乗客にも広がっちゃったみたいで……。真見の直感のお陰で助かったのよ」


 このことを話す絵美の得意げな笑みが頭に浮かぶ。

 だから絵美は何かを選ぶとき真見の直感を頼ることが多い。実際、真見の直感は当たる。回数を重ねるにつれて真見自身も自分の直感力に自信を持つようになった。

 直感力について家族以外に話したことはない。数値や目に見えて分かることではないので他の人に言うのははばかられた。


(それに。直感力があるのって人に言うと直感力が無くなりそうだよね。私の勝手な考えだけど)


 真見は布団に寝ころびながら長い髪を手でいた。海水によってきしんだ髪に顔をしかめる。

 向かいの部屋の扉が開く音が聞こえ、耳をそばだたせた。


「今行く。……ああ。分かってる」


 そのすぐ後、真見のタブレットにメッセージが入った。


『会社の人に今から会ってくるので留守番を頼む』


 真見はそっとベッドから立ち上がると小さく自室のドアを開け、父の背中を見送る。


(こんな時間から会社の人と会うことってあるのかな?)


 音を立てないよう、つま先立ちで廊下を歩く。ドアノブを掴むと細く開いた。隙間から階下が見える。

 真見はドキドキしながら目を凝らす。社宅には街灯が設置され、比較的明るい。真見の住む部屋は階段のすぐ側だった。

 階下に薄っすらと見えたのは華奢きゃしゃな体型の人物像だった。顔は鮮明に見えないものの長い髪であることが辛うじて分かる。


(女の人……?)


 真見はつばを飲み込んだ。ここからだと流石に会話まで聞くことはできない。そのまま2人は見えない所へ移動してしまう。

 呆然とした気持ちで真見はドアを閉める。心臓がドクドクと脈打って騒がしい。

 どっと真見の心におもりがのしかかる。真見は絵美に連絡することもなくベッドに丸まった。


(お父さんが……そんなはずない)


 真見はそのまま瞳を閉じた。とにかく今は何も考えたくない。


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