阿蘇 大鯰
水狗丸
阿蘇国
阿蘇 大鯰
久々知彦
古くより
また彼の
彼の一族は、嘗て肥後北部に広く在った
そこは筑紫島にて最も瑞穂なる国と云われ、黄金色の稲穂を稔らす葦原は遠く海に臨み、彼方此方に花紅葉して春夏秋冬を通じて風雅あり。また魚、鳥、美酒が多く人々の心と口唇楽しませるまほろばである。
この豊かなる土地から産する穀物及び財物は山海の珍味と並んで豊かであるが故、北に或る
ところで久々知彦は名に反してたいそう美しき女武者である。
彼女は夜空を編んだような絹の如き
北の女王が横死した頃。野分が島を踏み荒らした。
雲から絞り出された雨が大地を打ち、泥が驚き飛び跳ね、草花は為す術もなく押し流す。
暗天蔽う中で水嵩は増し、遂に濁流は葦を薙ぎ倒し押し寄せた。天から青白い稲妻が落ち、雷鳴の如く地響きが鳴り渡る。轟音と白光りの中で山影が動いたかと思うと、突如、阿蘇山に蟒蛇が現れ、にゅるり、にゅるりと溝を這い登っていった。
後日、久々知彦は野分の後始末のため、阿蘇山をへ訪れていた。
筑紫島の
御池参りとは、
社の裏手より噴火口に至る道には深い谷と橋がある。そして其の昔、橋を渡った兵がいた。しかし彼は半ばで鯰に道を阻まれ、腹を立て、刀を抜いて切り捨てようとした。刹那忽ち雲湧き風起き、鯰は龍となって天へと昇っていった。これに恐れをなした武士はその場から逃げ出し、病に伏して亡くなった。以来邪な者がこの橋を渡ると龍に阻まれ、橋を渡りきることができないと云われた。そして若い娘たちはこの橋を渡ることで、己の清き身の証としたと云う。
「昨晩、大鯰の子が夢に現れましの。其の子は私にこう言ったわ。我々の仲間が蟒蛇に害されているとね。少女らを喰らうたのも其の鬼でしょう。然し私一人で鬼退治は敵わない。猛き我が友よ。どうか共に来て」
彼女は是を肯い、火口の橋へと二人揃って向かう次第となった。
久々知彦は弓と鉞を背負い、五十鈴姫も剣を佩いて橋を目指した。
二人が橋の下を覗き見ると、なんと谷底を埋めるほどの巨大な蟒蛇が這っている。黒瑪瑙を延ばしたような鱗に覆われたその姿は禍々しく、蜈蚣の群れの様に見え、巨大な目がぎょろりと睨み付けた。
「五十鈴姫よ。あれが件のか」
久々知彦は尋ねる。
「然りね。これ以上肥えられては厄介な事になるわ」
橋は忽ち崩れ落ち、蟒蛇は谷から顔を出した。
五十尺の高さを誇るその頭には二本の矢が突き刺さり、血が鱗を伝い小川のように流れ落ちる。しかし蟒蛇はまだ動いており、口からは煙を上げながら牙を見せ付けていた。
久々知彦は髪を一房切ってから鏃に巻き、最も貴き女神に助力を願う。かくて三本目は破魔矢となり、火を噴くや否や、その眼玉に大穴を開けた。蟒蛇の動きは次第に緩慢になり、やがて静かに動きを止めた。破魔矢の衝撃に耐えられず遂に命果てたのである。
彼の遺体は次第に溶岩と化し、谷底へと沈み、二度と浮き上がることは無かった。
久々知彦は鬼退治を終えたことを確信し、弓を背負い直して踵を返した。
その時、背後で何者かが動く気配を感じた。振り返ると、そこには一人の男が立っていた。男は鯰の化身を名乗って言う。
「此度は吾々を助けてくれて感謝する。礼は何としようか。尽きぬ金銀財宝か。それとも途絶えぬ絹織物か」
久々知彦は男の言葉を聞いて、首を横に振ろうとした。しかしふとあの蟒蛇に喰われた少女らを思い出し、面を上げてこう言った。
「では、貴方方と共にあの少女らの魂を祀りたく存じます。あの谷に残してはおけませぬ故」
是を聞いた男は一瞬呆気に取られた顔をしたが、すぐに笑い出して
阿蘇山を下りた久々知彦らは、男王に蟒蛇の件を奏上した。
話を聞いた彼は直ぐに阿蘇山の北東に立つ祠を立て、鯰と少女らを祀らせた。それは今は
また茂賀の浦が鯰らで守られるようになったことに、久々知彦は満更でもない様子であった。
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