第四十八話 完全無欠の生徒会長と副会長の調査
「多分遠山さんは、鞘にしっかりしてて欲しいんじゃないのかな?」
緑が生徒会副会長の遠山千景に呼び出された――その日の夜。
家のリビングで、緑と鞘は千景の行動について話し合っていった。
「俺が遠山さんに言われた内容を思い出すに、遠山さんは鞘の様子が最近変化したのを気に掛けてたみたいだ。何というか、俺の存在が鞘さんにとって大きなものになって、それが悪い方向に行かないか心配してるみたいな感じだった」
最近、鞘の様子がおかしい。
その原因は、兄である緑にあると思われる。
だから、緑が本当に信用に値する男か審査しに来た――というのが、今日の千景の行動の理由だった。
「私……そんなに、気が抜けてたのかな」
鞘は、ソファの上で体育座りの姿勢になって落ち込んでいる。
どうやら、千景にそう思われていたことがショックだったようだ。
「いや、別にたるんでるとか、頼りにならなくなったとか、そういう意味じゃないと思うぞ。だって、鞘は俺と一緒に暮らすようになってからも、ちゃんと生徒会の仕事だってこなしてきたし、成績だって優秀なままじゃないか」
緑は、鞘をフォローする。
そう――千景だって、別に鞘が最近ダメになったとか、そういう事を言っていたわけじゃなかった。
ただ、なんとなく――緑という存在に心の比重が大きくなった鞘の言動が、気に掛かってしまった、という風であった。
鞘に纏わり付く悪い虫は、成敗してやらないと――みたいな感じかもしれない。
「だから、気にする事はないぞ、鞘。そう思い込んだら、更に気が張り詰めちゃうだろ?」
「………」
緑が言うと、鞘は膝に顔を埋める。
ここ数日、度重なる告白を断ったりしていたのもあって、気疲れが溜まっていたはずだ。
そこに、今回の千景である。
「……鞘」
緑は、鞘を優しく呼ぶ。
自分の隣のクッションを、ポンポンと叩く。
「え?」
「ん? 甘えたくないのか?」
緑が言うと、鞘はカッと顔を赤らめる。
「……うん」
しかし、すぐに素直に言うと、緑の隣へと体を移す。
そして、鞘は緑の肩に頭を預ける。
「……お兄ちゃん」
「ん?」
「……頭、撫でて欲しい」
鞘は緑の手を取り、自分の頭に導く。
緑は鞘の頭に手を乗せると、その美しい黒髪の間に指を絡め、ゆっくりと撫でる。
「……ん」
頭を撫でられ、鞘は喉の奥から甘い声を漏らした。
とても幸せそうだ。
「お兄ちゃん、ギュッてして」
「いいよ。鞘、赤ちゃんみたいだな」
「えへへ、おにいたん」
ポフッと、鞘が緑の胸板に顔を埋める。
声のトーンを上げて、まるで幼児のような喋り方になる。
「おにいたん、だっこ、だっこー」
「わかったわかった」
ノリノリの鞘に微笑みつつ、緑は鞘の背中に腕を回し、ギュッと抱き締める。
鞘は息を深く吸い、「んみゅー……」と囁くように声を漏らした。
「元気は湧いたか?」
「……うん、ありがとう、お兄ちゃん」
やはり、鞘のストレス解消にはこれが一番なようだ。
―※―※―※―※―※―※―
――翌日。
「国島先輩が、副会長に呼び出されたんだって?」
クラスでは、先日緑が千景に呼び出されたことが話題になっていた。
「何されたんだ? まさか、シメられた?」
「副会長……あの人も、結構静川会長のファンだもんな」
「でも、国島先輩ケロッとしてるぞ?」
「返り討ちにしたのかな……」
「いや、相手はあの副会長だぞ?」
「でも、国島先輩だってそもそもチンピラ相手に……」
そんな噂話が聞こえてくる。
鞘との件といい、常に自分の話題があちこちから聞こえてくるというのも、中々気苦労する。
週刊誌やネット記事を上げられる有名人も、こんな感じなのだろうか。
「……というか、告白されたのかな、国島先輩も」
そこで、緑と千景の件に関して、そんな声が聞こえた。
「静川会長みたいに?」
「副会長が、国島先輩を狙ってたって事?」
「いや、まさか、あの副会長が……」
「でも、あり得ない話でも……」
「……なんか、好き放題言われてますよ、せんぱい」
机に突っ伏して寝たふりをしていた緑の隣席から、小花が声を掛けてくる。
ちなみに現在、鞘は教室にはいない(また呼び出されているのかもしれない)。
「いいんですか?」
「……聞かれたら訂正するよ」
緑はそう返す。
こんな言い方だが、小花も心配してくれているようだ。
「というか、結局昨日、副会長に何言われたんですか?」
緑からの反応があった事で、小花が更に問い掛けてくる。
「何って……うーん……まぁ、色々噂になってるから気になって聞きに来た、みたいな感じかな」
「なんですか、それ? 遠山副会長って、結構ゴシップ好きなんですか? ああ見えて結構俗っぽいんですね」
「おい、国島先輩」
ドスの利いた声が聞こえた。
緑が顔を上げる。
後ろに、遠山千景が立っていた。
どうやら、緑に会いに来たようだ。
しかし、いきなりの登場に、緑も小花も、他の生徒達も驚く。
「なん……でしょうか、副会長」
「話がある」
言って、千景は教室の入り口の方を顎で指す。
「ちょっと面貸せよ」
―※―※―※―※―※―※―
千景に呼び出され、緑は先日と同じく体育館裏へ向かった。
「……チッ、人が居んな」
しかし、今日は清掃業者が入って敷地内の整備をしているようだ。
雑草を刈っている人達の姿が見える。
「仕方がねぇ、体育館の中に行くぞ」
千景と共に、緑は体育館の中に入る。
そして、その体育館の端――用具入れ置き場に入ると、扉を閉めた。
運動用のマットや、各種ボール等がしまわれている部屋である。
「ここなら、人はいねぇな」
言うと、千景は緑を振り返る。
「国島先輩、知りたい事がある」
「あ、うん」
「会長には、家でどういう風に接してるんだ?」
どうやら、再び緑と鞘の関係について調査をしに来たようだ。
「家での、接し方?」
「今日の朝、生徒会の集まりがあった時、国島先輩のことについてちょっと話したんだよ、会長と。そうしたら会長が、家だと時々、国島先輩に甘えさせてもらうこともある――って言ったんだ」
「………」
なんで、そんなことを言ったんだ、鞘……。
千景が、緑の人柄に関して気になっているという話は、昨夜したばかりなのに。
またテンパって、気が動転して言わなくていいことを言ってしまったのか?
「国島先輩……甘えさせる、ってどういうことだ? あたしにも兄貴はいるけど、普段喧嘩の時くらいしか話しねぇぞ?」
千景が緑に迫ってくる。
本当に、ただの兄と妹程度の接し方なのか――と怪しむ一方、そもそも妹が兄に甘えるって、どういうことなんだ? ――という、興味も見て取れる。
「いや、それは……鞘さんの言葉のニュアンスが、ちょっと特殊なだけだよ。例えば、疲れてる時には料理や洗濯とか家での仕事を代わったり、お茶やお菓子を用意したり、学校の課題を手伝ったり、とか……」
「……国島先輩、優しいんだな」
そんな緑の言葉を聞き、千景は目を丸めている。
そこで、緑はなんとなくわかった。
多分だが、千景は今まで、自分のことは全て自分で解決してきたのではないだろうか?
彼女の家庭環境は知らないし、深く追求しようとは思わない。
だが、自分で抱えた問題は自分で解決し、誰に頼ることもなく気丈に振る舞い、自立してやって来た。
だから、こう男勝りというか、変になよなよしておらず、そして経緯は違えど同じく自立している鞘に共感し、憧れていたのかもしれない。
「ありがとう……まぁ、そんなところだよ」
「……いや、それだけじゃないはずだ」
ともかく、話を終えようとした緑に対し、そこで千景は更に追求してきた。
「会長は昨日、頭を撫でられたって言ってたぞ」
「………」
鞘……なんてことを。
「こ、高校生にもなって妹が兄貴に頭を撫でられて、嬉しいもんなのか?」
ジリジリと迫ってくる千景。
緑は、そんな千景に思わず言う。
「えっと…・…やった方が良い?」
「……は?」
「俺も、試しに千景さんの頭を撫でればいいの、かな?」
「……はぁ!? 馬鹿かよ! 誰もそんなこと言ってねぇだろ!」
途端、千景は勢いよく緑に食って掛かる。
「あたしは聞いてるだけだ! あんた、会長の頭撫でたのかよ!?」
「ああ、うん」
「で、会長はどんな感じだったんだよ!?」
「どんな感じって……気持ちよさそうというか、嬉しそうというか……」
「………」
その言葉を聞き、千景は黙り込む。
別に、間違ったことは言ってないし、バレている以上他に言い様がない。
同じく押し黙り反応を待つ緑。
「……調査だからな」
そこで、千景が呟く。
「や、やってみろよ」
「え?」
「あくまでも調査だから、ちょっと、あたしの頭も、撫でてみろ」
赤面し、視線を逸らし、恥ずかしそうに――千景は、そう言った。
「……いいの?」
「あくまでも調査だって言ってんだろ!」
そう吠える千景の姿を見て、緑は溜まらず微笑む。
何だろう……。
鞘や美紅とは違って、素直じゃないこの感じ。
「な、なんだよ」
「いや」
緑は、千景の頭に手を伸ばす。
そして、金髪の髪の上から、優しく彼女の頭部を撫でた。
「ん! ……」
昨夜鞘にやってあげた時のように、優しく、丁寧に。
千景は、一瞬体をビクッと震わせたが、緑に頭を撫でられていく内に、体から力が抜けていったようだ。
トロンと、目元から険が消える。
少し、気持ちよさそうである。
「えっと、こんな感じかな」
もう十分だろう――と、緑は千景の頭から手を離す。
「……他には?」
そこで、千景が呟く。
「他?」
「会長が……だ、抱きついたりしたとか、言ってたぞ」
「………」
鞘、まさか全部言ったんじゃないだろうな。
「男と女じゃなくて、兄貴と妹の抱きつき方って、ど、どうやるんだよ……」
「……いや、本当に、子どもっぽい感じでだよ。ほら、海外ドラマとかじゃ家族同士でハグするだろ?」
そう説明する緑に、千景は「ん」と、両手を広げる。
……やれ、ということらしい。
「えーっと、まぁ、体勢はこうじゃなかったけど……」
仕方なし、緑は千景の背中に手を回す。
「あ、あたしも腕回した方がいいのか?」
「いや、遠山さんは腕を下ろしてていい。俺が、遠山さんの腕ごと抱き締めるような感じで」
まるで、甘え方を知らない女の子にレクチャーしているようだ。
「なんか……両腕が使えないと、怖い感じがする」
「そこはまぁ、俺を信用してくれとしか言えない」
緑は千景を抱き締める。
優しく、しかし力を込めて、ギュッと。
「あ……」
体が密着し、千景はか細い声を漏らした。
いつもの凜々しく男らしい彼女らしくない、澄んだ声。
密着した胸の奥から、心臓の鼓動が聞こえてくる。
「ごめん、ちょっと痛かったかな?」
「……いや」
腕の中で、千景が言う。
緑の胸に顔を預け、動揺と困惑の入り交じった声で。
「なんか、変な感じ……」
――瞬間、用具室の扉が開いた。
「何用意しておけばいいんだっけ?」
「えっと、マットレスと……」
次の時間、体育の準備に来た生徒達だった。
彼女達は扉を開け、用具室に入り、そして、そこで抱き合う緑と千景の姿を見た。
――沈黙。
「し、失礼しましたー!」
そして直後、そう叫び声を上げて逃げていった。
「……あ……あ、ああああああああああああああああ!」
これはやばいことになった――と理解した千景の雄叫びが、体育館の中に響き渡った。
―※―※―※―※―※―※―※―※―※―※―※―※―※―※―※―※―※―※―
※次回更新は8月30日(火)or31日(水)を予定しています。
ここまでお読みいただき、誠にありがとうございます。
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