第四十九話 完全無欠の生徒会長と妹大戦


 ――噂は、その日の内に学校中に広がってしまったようだ。


「ねぇ、聞いた? 副会長と国島先輩の件」

「うんうん、4組の女子生徒が見たって……」

「体育館の、倉庫の中で……」

「わぁ、言い逃れできないシチュエーションじゃん」

「やっぱり、副会長も国島先輩のこと……」

「………」


 周囲で囁かれる噂の数々。


 机に突っ伏し、憔悴した顔を浮かべている緑の耳に、それらの声が届いてくる。


「せ、せんぱい、どうしたんですか、死にそうですよ」


 隣席の小花が、そんな緑の様子を心配そうに見ている。


「っていうか、せんぱい、本当なんですか? 今聞こえてくる副会長との噂って……」

「……全部誤解なんだよ、小花」


 副会長の遠山千景が、緑の素行を調査しており、家での鞘との関係が気になっている。


 そして、鞘が千景に家での関係の一部をバラしてしまったため、ソレについて確認するため直接会いに来た。


 結果、緑は千景の頭を撫で、抱き締めることとなったのだが……。


 その現場を、他の生徒達に見られてしまった。


 直後、千景は悲鳴を上げて逃げ出してしまった。


 結果、予測と想像の混じった噂が蔓延している。


(……この状況、説明して納得してもらえるものだろうか?)


 そもそも、どこまで釈明すればいいのだろうか。


 全てを話すのは簡単だが、そもそも、現在学校では緑と鞘の関係が取り沙汰されている状況だ。


 そうなると鞘との関係や、千景とのいざこざに関して、更なる燃料を投下することになる。


 全て誤解なのだと、ただ沈黙を貫く方が得策か。


 しかし、そうなると噂話は更に尾ひれがついて、それこそ取り返しの付かない事になるのでは……。


「小花……信じてくれ、副会長とは本当に何も無いんだ。全ては誤解なんだ」

「せんぱい……」


 考えても結論は出ない。


 緑が疲れ切った顔で言うと、小花は少し気後れした表情になる。


「……別に、大丈夫ですよ。そもそも、あたしは興味無いですし」

「……そうか」


 そう言って目線を背ける小花を見て、緑はひとまず安心する。


 こういう時には、どうあれ言及せずにいてくれる人間がありがたい。


「ただ……せんぱい。会長の目線、気付いてます?」

「………ああ」


 そう。


 今、緑が何より怖いのは……。


「なんだか、鞘さん……様子がおかしくない?」

「怒ってる?」

「……怒ってるって言うか、焦ってる?」


 窓際の席。


 自席に着いた鞘が、ずっと緑の方を見ている。


 彼女の耳にも、緑と千景の一件が届いている事だろう。


 しかし、その醸し出す雰囲気というか圧のせいで、一河達を初めとした友人達も、当然他のクラスメイト達も、彼女に近付けずにいた。


(……家に帰ったら、どう説明するか……)


 そんな彼女の眼差しを後頭部に受けながら、緑は頭を悩ませていた。




 ―※―※―※―※―※―※―




「その……本当なの? お兄ちゃん」


 そして、その夜。


 自宅――国島家。


 食卓を挟み、遂に鞘が緑へと問い掛けてきた。


「……遠山さんとのこと?」


 緑がそう切り返すと、鞘は「あ、うん……」とモジモジしながら答える。


 目線は泳ぎ、浮かない表情。


 懊悩しているというか、悶々としているような、そんな顔だ。


「その時、私は教室に居なかったから知らなかったけど、お兄ちゃんが千景さんに呼び出されたって。それで、その後、体育館の倉庫で……」

「ああ、事実だよ」


 緑は、そう正直に答える。


 鞘が、ビクッと肩を揺らした。


「ただ、少し誤解があるとすれば、なんでそんなことになったのかっていう理由だ」

「理由?」

「ああ、前にも言ったけど、彼女は鞘に憧れていて、だから兄になった俺の素行を気に掛けている。鞘、遠山さんに昨日の夜のことを話しただろ? それで、彼女はそれが気になって俺に会いに来たんだ。結果、調査ということで、鞘にやった事を試しににやれと言われて、そうなった」

「そうか、そうだったんだ……じゃあ、千景さんがお兄ちゃんに告白したとか、それをお兄ちゃんがOKしたっていう噂は……」

「誤解だよ。というか、もうそんな話になってたのか……」


 緑の説明を受け、鞘は納得したようだ。


 どこか、安心しているようにも見える。


「……でも」


 しかし、そこで。


 鞘は視線を逸らしながら、少し不服そうに呟く。


「千景さんに言われたからって、簡単に頭を撫でたり、抱き締めたり……するのは、どうなんだろう……」


 どこか嫉妬心を含んだような、そんな言葉。


 緑は少しカチンと来る。


「それを言うなら鞘だって、なんで遠山さんに昨日の夜あった事を話したりしたんだ。内緒にしていれば、こんな事に発展することもなかったんじゃないか?」

「そ、それは、千景さんに家でのお兄ちゃんとの接し方について聞かれて、慌ててたというか……」


 若干顔を赤らめ、焦った様子で言い訳する鞘。


 しかし直後、シュンと肩を落とす。


「そうだった……事の発端は私だったんだ。ごめんなさい、お兄ちゃん……」

「……いや、俺も言い過ぎた、ごめん」


 互いに謝り、沈黙する。


 不思議な時間だった。


 もしかしたら、鞘とこうして喧嘩のような雰囲気になったのは、初めてのことかもしれない。


 場違いな思考かもしれないが、緑は一人そう思った。


「………」


 緑は鞘を見る。


 鞘は、今日も誰かに呼び出されて、告白を受け、それを断っていたのかもしれない。


 気疲れが見て取れる。


 家でのことを簡単に口外しない方が良いということは、これで身に染みたはずだ。


「……鞘」


 だから、今夜も鞘に甘えさせてあげようか――と。


 緑がそう思った――その時だった。


 玄関のチャイムが鳴った。


「誰だ? こんな時間に」


 今日は、両親とも帰ってくる予定は無い。


 というか、両親だったらチャイムなど鳴らさず、鍵を開けて家に入ってくるはずだ。


 となれば、来訪者。


 緑は立ち上がると、リビングの入り口付近にあるドアフォンをオンにする。


「はい、どなたですか?」

『お兄ちゃん、いる?』


 カメラの中に、見覚えのある姿が映っていた。


『美紅です。ちょっと話を聞かせてもらおうか?』




 ―※―※―※―※―※―※―




「【悲報】お兄ちゃんが副会長とデキてるという噂を聞いた件」


 玄関の扉を開けると、早速美紅が飛び込んできた。


「美紅、こんな夜遅くに外出して大丈夫なのか? 母さんは?」

「そんなことより、お兄ちゃん、遠山って人と付き合ってるって本当?」


 緑の前に立つや否や、美紅は言及してくる。


 どこか、怒っているような雰囲気すら感じる。


「どうしてお前がそんなことを知ってるんだ……」

「美紅のネットワークを甘く見ないことだ。この前、学園祭に行った時、既に何人かの先輩と連絡先を交換してある」


 ふんふんと自慢げに話す美紅。


 本当に恐ろしい妹である。


「その人達から連絡が来た。お兄ちゃんが、副会長に呼び出されて体育館裏で告白されて、お兄ちゃんがOKして、そのままの流れで体育館倉庫でいやらしいことに着手しようとしていたと」

「……噂の膨らみ方が酷すぎる」


 緑は思わず溜息を吐く。


「それは……まぁ、色々尾ひれが付いてるみたいだけど誤解だ」


 緑は、鞘にしたような説明を美紅にも行った。


「……ふぅん、つまりその遠山って人とは何も無いんだね」

「ああ、何も無い」

「……わかった、その件に関しては許そう」


 だが――と、美紅は続け――。


「鞘とのイチャラブの件は許すわけにはいかないなぁ!」

「待て待て、どうしてそうなる」

「美紅がいない間にどんどん鞘との仲が進展してるじゃん」


 ギロっと、美紅は緑を睨む。


「……知ってる? 美紅、お兄ちゃんに頭撫でてもらったこと今まで一回も無いんだよ? でも、鞘には普通にしてるんだよね?」

「そう、か? そうだっけ?」

「……やっぱり、美紅よりも鞘との記憶の方が優先されてるんだ……」


 これは由々しき事態だ――と、美紅は低く唸る。


「お兄ちゃん、今夜、美紅はこの家に泊まります」

「ダメです、帰りなさい」

「そして、真の妹は美紅だということをその体に覚え込ませます。一線を越えます」

「聞けって。そんな話を聞いたら益々泊めるわけにはいかないだろ」

「……うがー!」


 瞬間、美紅が緑に飛び付く。


 小さい体でジャンプし、真正面から緑へと。


 そして、間髪を入れず、緑の唇に自身の唇を――。


「ダメー!」


 その時だった。


 緑と美紅との間に、すかさず鞘が飛び込んだ。


 二人の唇が触れ合う寸前、なんとか防御を果たす。


「どけー、鞘ー!お兄ちゃんの初めては美紅がもらう!」

「ダメ! そんな、無理やりは酷すぎる!」

「鞘はいいじゃん! いつもお兄ちゃんと一緒にいられるんだもん! お兄ちゃんと初めてのこといっぱいできるんだもん! 一個くらい美紅にお兄ちゃんの初めてをよこせー!」

「ダメ!」

「二人とも! もう夜も遅いんだから静かに!」




 ―※―※―※―※―※―※―




 結局。


 その後、なんとか鞘と美紅の第二次妹大戦は収まるに至った。


 頑として泊まっていくと聞かない美紅も、なんとか次の来訪日の予定を約束し、帰ってもらうことができた。


「約束だからね。言っとくけど、お兄ちゃんの学校での生活は常に美紅に監視されてるものだと思ってね。他の女に手を出したら許さないからね」

「……美紅、お前そんな奴だったか?」

「次に来る時には、この前ネット通販で手に入れた『罰ゲームカード・超エクストラバージョン・倫理崩壊エディション』を持参するからクビを洗って待ってろよな」

「その特級呪物を今すぐ燃やせ」


 ここ数日、緑を取り巻く環境は一気に変化を果たした。


 副会長、遠山千景の接触。


 それに伴い、美紅の行動が激化。


 そして――。


「今日はずっと疲れる一日だったな。もう寝ようか、鞘……」

「………」


 一方――鞘の中の悶々とした気持ちも、着々と膨らみ続けているようだった。




―※―※―※―※―※―※―※―※―※―※―※―※―※―※―※―※―※―※―




 ※次回更新は9月3日(土)を予定しています。


 ここまでお読みいただき、誠にありがとうございます。


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