第四十七話 完全無欠の生徒会長と喧嘩上等の副会長


 学園祭の後片付けも終わり、緑達の学校は通常の日程に戻る。


 しかし、再び以前のような学生生活が戻ってくる――とはいかなかった。


「国島先輩と静川会長って、やっぱり距離感がおかしいよね?」


 鞘と緑を巡る疑惑が、本格的に噂になってしまったからだ。


 以前より、二人が親の再婚によって家族となり、一つ屋根の下で暮らしているという事は学校中に知れ渡っていた。


 あくまでも家族。


 あくまでも義理の兄妹。


 鞘が兄である緑のことを“結構”慕っている、という情報も出回っていたが、それでもまだ冗談の範疇。


「あの静川会長が、お兄ちゃんのこと大好きなんだ~」と、茶化して愛でるためのネタの範疇だった。


 しかし、ここ最近、その風向きが微妙に変化してきた。


 プールに遊びに行く事が決まり、その為の水着を一緒に買いに行った事。


 そのプールで、鞘が緑の頬にキスした事。


 バレー部の練習中、鞘のうなじにキスマークのような痣があったと女子生徒の間で噂になった事。


 そして、先日の文化祭。


 壇上に上がった鞘が、緑に告白じみた発言をした事。


 少しずつ少しずつ……「まさか」「もしかして」が、積み重なってきているのだ。


「絶対に、カレシとカノジョの距離感でしょ」

「実は付き合ってたり?」

「いや、あくまでも家族だって……」

「でも、親が再婚して血が繋がらない兄妹の場合、確か法律上は結婚とかも問題ないんでしょ?」

「実は、密かに……」

「もしそうだとしたら、なんか、背徳的な関係……」

「………」


 自分の席に着き、机に突っ伏して寝たふりをしている緑。


 その耳には、あちこちからそんな噂話が聞こえてくる。


「そういえば、静川会長は?」

「また他のクラスの男子に呼び出されてたよ」

「マジ? 今日二回目じゃない?」

「何かあったの?」


 最近、鞘が男子生徒に呼び出される機会が多い。


 その理由は――。


「慌てて告白してるんだよ、鞘さんを狙ってた男子が」


 そう。


 密かに鞘を狙っていた男子生徒達が、鞘と緑の関係に不安というか危機感を抱いたのか、ここに来て行動に出始めたのだ。


 告白をされるのは純粋に照れるだろうし、断るのにも凄く気を使う事だろう。


 鞘も大変だ。


「で、今のところ全部断ってるの?」

「そうじゃないかな。告白OKしたなんて話聞かないし」

「鞘さんと付き合うなんてなったら、男の方が喜んで言いふらすだろうし」

「そういえば会長、高橋先輩の告白も断ったんでしょ?」

「やっぱり、国島先輩がいるから……」


 こんな感じで、一日中緑と鞘に関する話がそちらこちらで成されている。


 緑としては、無視というか、意識しないようにするのにも一苦労だ。


「せんぱい」


 そこで、机に突っ伏していた緑の肩を、横の小花がつついてきた。


 いつもなら頭をペシペシと叩いてきそうなものなのだが、随分大人しい行動だ。


「なんだ? 小花」


 緑は顔を上げる。


 隣席の小花は、反応した緑に何故かビックリしたようで、目を泳がせている。


「あ、いや、その……」

「どうした、何か用があるんじゃないのか? それとも、適当につついただけか?」


 そう冗談っぽく言って、緑は笑う。


「……せんぱい、あの話本当なんですか?」


 対し、小花は視線を逸らしながら言う。


「あの話?」

「静川会長が、告白されまくってるっていう……」

「ああ、みたいだな」


 その件に関する話を、鞘は家ではしない。


 しかし、どこか疲弊しているのは見て取れている。


 近い内にガス抜きが必要だな……とは思っているが、鞘がどんな暴走をするかわからないので、様子を見ているところだ。


「せんぱいは、ないんですか?」


 そこで、小花が問う。


「ん? 俺? ……俺も、告白に呼び出されたりしてないのかってこと?」

「……はい」


 おかしな事を聞くな、と、緑は思った。


「呼び出されるわけないだろ、鞘さんじゃあるまいし。俺を密かに狙ってる女生徒なんていないだろ」

「………」


 小花のことだ。


『ですよね、ですよね! わざわざせんぱいにアタックしようなんて物好きこの世にいるわけないですよねー!』とか、鬼の首を取ったように騒ぎ出すだろう。


 そう思う緑だったが、予想に反し、小花は何やら黙り込んでしまった。


「……せんぱい、あの」

「うん?」

「じゃあ、ちょっと一緒に――」


 そこで。


「あのー、国島先輩」


 クラスメイトの女子生徒の一人が、緑に声を掛けてきた。


「先輩を呼んで来て欲しいっていう人がいるんですけど」

「え?」

「え……」


 驚く緑と、驚く小花。


「呼んでるって……俺を?」

「はい、体育館裏で待ってるって言ってました」

「体育館裏……」


 まさか、俺にも鞘みたいに――?


 一瞬、緑の頭の中にそんな考えが過ぎる。


「一体、誰が……」

「それが……」


 クラスメイトの女子生徒が、少し言いづらそうに、緑を呼び出した人物を伝える。


「副会長です」




 ―※―※―※―※―※―※―




「よう、来たか」

「………」


 体育館裏。


 呼び出された先に緑が向かうと、そこで一人の女子生徒が待っていた。


 きっちりと規則正しく着込んだ制服だが、髪は金髪。


 鋭い目付きに、堂々とした出で立ちから漂う威圧感。


 身長は高く、緑とほぼ同じくらいある。


 見るからにヤンキーである。


 しかし、その見た目とは裏腹に、彼女はこの学校の生徒会役員――副会長の立場にいる人物だ。


 名前は、遠山千景(とおやま・ちかげ)という。


「あんたが国島先輩か」

「え、えーっと……そうだけど」


 現れた緑に対し、千景は睨み付けるような視線を向けてくる。


 そしてその目を、上から下へ、下から上へと動かし、緑の全身を眺めていく。


「遠山副会長……その、俺に用っていうのは……」

「ああ?」


 緑の問い掛けに、千景は荒っぽく反応する。


 言動は完全に荒くれ者だ。


 しかし、これで成績優秀で人望も厚く(特に女子生徒に人気)、特に問題行動も起こさず副会長の地位に就いている。


 人格的には問題無い……はずである。


「最近、会長の様子がおかしい」


 千景は、緑に鋭い眼光を向けたまま、話し出す。


「ちょうど、会長が家の事情であんたと義理の家族になった、って話が聞こえ出したあたりからだ」

「はぁ……」

「今まで、お堅くて真面目で、高潔っつぅか、凜としたっつぅか、ともかくかっこよかった会長が、最近雰囲気が変わったんだよ」


 どうやら、彼女も鞘に憧れを抱いている人物のようだ。


 言葉の節々から、そんな気配が感じ取れる。


「雰囲気が変わった、っていうのは……」

「ああ、なんつぅか、柔らかくなったっつぅか、張り詰めた感じが消えたっつぅか……よくあんたの話をするようになった」


 千景は、緑に疑いの目線を向ける。


「生徒会で集まる時、雑談なんかしてると、あんたの事をよく話すんだよ。料理が褒められたとか、一緒に映画を観たとか、楽しそうによ」

「そ、そうなんだ……」

「……で、最近、妙な噂が流れてきてよ」


 そこで、千景の気配が変わる。


「あんたと会長が、ただの家族じゃなくて……もしかしたら、男と女の関係なんじゃねぇかって話だ」

「ああ、そういう噂が流れてるな……」

「事実なのかよ?」


 ギロリ、と、千景の眼光が一層刀のように鋭くなる。


「いやいや、そんなわけないだろ。確かに、俺だって鞘さんのことが好きだ。でも、それはあくまでも家族としてっていう意味で……」

「……だよな」


 緑の言葉を聞き、千景はどこかホッとしたような表情になる。


 しかし、顔から険は消えない。


「まぁ、どちらにしろ、だ。あたしは会長を尊敬してる。その会長が心を許した相手が、半端な奴だと不安で仕方がねぇ。だから、あんたを直接見に来たんだ。会長の兄貴に相応しい男かどうか、下らない奴だったら焼き入れるつもりでよ」

「………」


 緑がどんな人間か値踏みする、ということか。


 そんな、娘の結婚相手が挨拶に来る時のお父さんじゃないんだから……。


 思い、緑は溜息を吐く。


「別に、普通だよ。普通の兄と妹。普通の家族に抱く感情と一緒。千景さんだって、家族がいるならわかるだろ?」

「だからだよ」


 そこで、千景はグッと拳を握る。


「あたしだって兄貴はいるけどよぉ、基本気に食わないとこばかりだぞ? 邪魔だしバカだしうるせぇし……妹が兄貴を好きになるなんて、信じられねぇよ」

「………」


 どうやら、彼女は兄妹仲があまり良くないようだ。


 地雷を踏んでしまったか――と、緑は思った。


「……だから、気になるんだよな」


 しかし、地雷を踏んだと思った緑に対し――。


「あの会長に、あんなとろけた顔になるくらい好きな相手が居て、それがあくまでも兄として好きだっつぅなら……そりゃあ、どんな兄貴なのかって」

「………」


 どうやら、彼女は単に鞘を案じているだけでなく、緑にも興味を抱いているようだ。


 緑は嘆息を漏らす。


「まぁ、確かに疑われるのはわかるよ。俺は暴行事件を起こして留年した落第生だ。そんな人間が、あの静川鞘の近くに居て、良い想像なんてできないだろうしな」

「………」

「でも、それでも俺は、彼女が彼女らしく生きるための支えになってあげたいと思ってる。鞘さんが悲しむようなことはしたくないと思ってる。それだけは、信じて欲しい」


 真っ直ぐ、千景の威圧的な眼光から視線を逸らすことなく。


 緑は言う。


 ……しばし、沈黙が流れる。


「……会長が、言ってたよ」


 やがて、千景は口を開いた。


「国島先輩は、いつも自分のことを気遣ってくれる。自分の気持ちを考えて、受け止めてくれる。そんな人が自分の兄で、幸せだって」

「……そんな恥ずかしいことを言ってたのか、鞘さん」

「とりあえず、その点に関して、疑いは無さそうだな」


 ふっと、そこで千景は微笑んだ。


 攻撃的で、針山のような気配を放っていた彼女が不意に見せたあどけない表情に、緑も思わずドキリとする。


「けど、まだ全部を信じたわけじゃねぇぞ」


 千景は再び怖い顔に戻る。


「男に二言はねぇはずだ。言ったからには、その約束は絶対に裏切るんじゃねぇぞ」

「ああ、わかってるって――」

「国島先輩!」


 そこで、緑と千景の元に鞘がやって来た。


 息を荒げ、急いで駆け付けて来たのがわかる。


「さ、鞘さん、どうしてここに……」

「いや、その……国島先輩が女子生徒に呼び出しをされたと聞いて、いても立ってもいられず……」


 そして、鞘は緑と同じく驚き顔になっている千景を見る。


「ち、千景さん? 千景さんが、国島先輩を呼び出した相手?」

「会長、これには理由が……」


 千景も、鞘に黙って緑を品定めするような行為をしたことに後ろめたさがあるのだろう。


 慌てて言い訳をしようとしている。


「ま、まさか、千景さんが、国島先輩に告白を――」

「……は!?」


 しかし、そこで飛び出した鞘の発言に、千景は顔を真っ赤にした。


「いや、違う! 告白なわけないだろ!」

「え、違う、の? 女生徒が、体育館裏に男子生徒を呼び出したのだから、私はてっきり……」

「そ、それは人目に付かないところが良かったからで、あたしはただ、その……ああ、もう!」


 火照った顔を隠し、千景は慌てて去って行く。


「く、国島先輩! これで済んだと思うなよ!」


 という、謎の捨て台詞を残し。


「……なんだったんだ」

「おに……緑さん、あ、えっと、国島先輩、千景さんと一体どんな話を?」


 大分混乱している鞘に問われ、緑もどう説明したものかと考える。


 結局、千景は緑が『良い兄貴』かどうか、自分の判断で納得したいのだろう。


 同時に、『妹に好かれるような兄貴』が本当にいるのか、そこにも興味があるようだ。


 まぁ、結局何が言いたいのかというと……。


(……遠山さんも、ああ見えて妹キャラなのか……)


 とりあえず、そう締め括る緑だった。




―※―※―※―※―※―※―※―※―※―※―※―※―※―※―※―※―※―※―




 ※次回更新は8月27日(土)を予定しています。


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