第四十話 完全無欠の生徒会長とウサギ


「おーい、こっちに絵の具持ってきてくれー」

「天井の飾り付けって、こんな感じでいい?」


 かくして、学園祭の準備が本格的に開始した。


 事前準備の期間は、三日間。


 この間、学校の授業は休みとなり、全校生徒及び教員が学園祭の企画作りに打ち込むこととなる。


 緑達のクラスでも、みんなでコスプレ喫茶の内装を作っている最中だった。


「国島先輩、ここの立て付け手伝ってもらっていいですか?」

「ああ」


 緑も、クラスメイト達と協力し、大工仕事に勤しんでいる。


 何気に、これでこの学校での学園祭は三回目。


 こういった内装の制作も、慣れたものだ。


 手慣れた手つきで、緑はベニヤ板にビスを打ち付けていく。


「じゃーん、みんな、注目!」


 そこで、教室の一部を使って作られていたバックヤードの方から、声が響く。


 見ると、数名の女子達が盛り上がりながらそこから出てきていた。


「ほら、鞘さん!」

「大丈夫大丈夫、すっごく似合ってるよ!」

「あ、ああ……」


 彼女達に引っ張られながら、鞘が登場した。


 瞬間、教室内にどよめきが広がる。


 鞘が身に纏っているのは、メイド服。


 しかも、本格的な衣装をレンタルしてきたようだ。


 女子達の手によりきちんと仕立てられ、本当に漫画かアニメか、ともかく現実とは思えないほど美しい様相となっていた。


(……少し衣装が本格的になるだけで、ここまで違うのか……)


 先日、家で着ていたパーティーグッズとはわけが違う。


 緑も、鞘の姿を見て素直に感嘆の声を漏らした。


「ほらほら、世にも珍しい鞘さんのメイド服姿だぞ! 喜べ男子共!」


 女子生徒に煽られ、見惚れていた男子生徒達も「うおおおおおお!」と雄叫びを上げる。


 大盛り上がりである。


「会長! 写真よろしいですか!?」

「ちょ、ちょっとだけなら……」


 そして、瞬く間に写真撮影会になった。


(……鞘、大変だな……)


 皆からスマホを向けられ、恥ずかしそうにしている鞘を見て、緑は思った。




 ―※―※―※―※―※―※―




「ああ……恥ずかしかった」



 一通り写真撮影会が終わった後――。


 いつまでも遊んでいるわけにはいかないと、皆再び、準備作業を再開した。


 緑と鞘は足りない材料の買い出しを頼まれ、近場のホームセンターへと足を運んでいた。


「わざわざ、鞘が材料の調達になんて来なくてもよかったのに」


 緑が言うと、鞘は「え?」と振り返る。


「鞘、うちのクラス以外にも顔を出さなきゃだろ? こっちは、俺達で全然頑張れるぞ?」


 そう――鞘はクラスの出し物だけで無く、所属するバレー部の発表、それに生徒会の発表にも携わらなくてはならない。


 先程のメイド服を着た鞘も、どれだけ店に出られるかわからないのだ。


 緑の言葉を理解したのだろう――そこで、鞘は微笑を浮かべて言う。


「いや、せっかくみんなで盛り上がっているんだ。私も、少しでも協力をしたい」

「………」


 鞘らしい、真面目で一生懸命な言葉だ。


 しかし、いつぞやのように、疲れを溜めてしまっていないか心配になる。


(……何か、鞘の癒やしになるような事をしてあげたいな……)


 そう考えている内に、緑達はホームセンターに到着する。


 依頼されていた材木や発泡スチロールなどの材料を買い揃え、さて戻るか――と、いうところで。


「……あ」


 緑がホームセンターの一角に、ペットショップを発見した。


「……そうだ」


 緑は思い付く。


「鞘、ちょっとペットショップ見ていかないか?」

「え? で、でも、時間が……」


 いいからいいから――と、緑が鞘の手を引き、ペットショップの中に入る。


「ほら、子猫や子犬がいっぱいいる」

「わぁ、本当だ……」


 ガラス窓の向こうに並ぶ小部屋。


 その中に、子犬や子猫達の姿がある。


 小さな体を飛び回らせて遊んでいたり、タオルにくるまって静かに寝息を立てていたり。


 また、見学している人間を不思議そうに見詰めていたり、そんな愛くるしい姿が並んでいる。


「かわいい……あ、お兄ちゃん、こっちに小鳥がいる」

「ああ、魚も、結構種類がいるんだな」


 緑と鞘は、買い出しに来ている事も一時忘れ、すっかりペットショップを満喫していた。


「あ、見て見て、お兄ちゃん!」


 小動物コーナーに差し掛かったところでだった。


 ゲージの中にいるウサギを発見し、鞘が一際目を輝かせる。


「わぁ……かわいい」


 丸くて真っ白い、モフモフなウサギ。


 そんなウサギに、鞘は完全に目を奪われてしまったようだ。


「よろしければ、触ってみますか?」


 そこで、そんな鞘の様子を見て、店員さんがゲージからウサギを出してくれた。


「え、い、いいんですか?」

「よかったな、鞘」


 鞘は、渡されたウサギを抱っこする。


 まだ小さい、鞘の胸の中にすっぽりと収まってしまう子ウサギだ。


「……ふふふ……ふわふわで、気持ちが良い」


 鞘が腕の中にウサギを抱いたまま、緑の方を向く。


「ほら、お兄ちゃんも」

「おお、本当にモフモフだ」


 鞘から渡されたウサギを両手で持ち、緑は持ち上げる。


 ちょうど、ウサギの顔が、緑の正面に来る。


 そこで、ウサギが緑の鼻に、伸ばした鼻先をくっつけてくる。


「ははっ、くすぐったい」

「ふふ……」


 そんな緑の姿を見て、鞘も和やかな表情になっている。


 そうして、ペットショップで穏やかな時を過ごした後、緑と鞘は学校へと戻ることにした。


「鞘、少しは癒やされたか?」


 その帰路の途中、緑は鞘に問い掛けた。


 鞘も、緑が自分の疲れを癒やすために、ペットショップに寄ったのだと気付いたのだろう。


 頬を染め、笑顔を向け、緑に言う。


「うん……ありがとう、お兄ちゃん」




 ―※―※―※―※―※―※―




 ――その夜の事。


「ふぅ……」


 風呂から上がった緑が、リビングへと戻ってきた。


 文化祭の準備は、順調に進んでいる。


 内装の制作はほとんど終わって、後は細かい準備を進めるだけだ。


「しかし、疲れたなぁ」


 何分、男子は大仕事と力仕事が多い。


 呟きながら、緑は脱力してソファの上に寝転がる。


「お兄ちゃん♪」


 そこで、キッチンの方から声が聞こえた。


「鞘?」


 ソファの上で上半身を起こした緑が、声の方を見る。


 そして、キッチンの影に隠れていた鞘の姿を見て、驚きに顔を染めた。


「さ、鞘、どうしたんだ? その格好」

「えへへ、ウサギさん」


 鞘は、頭にウサギの耳を付けていた。


 肩から手首までを覆う腕カバーに、両脚を覆うタイツ。


 首にはチョーカー。


 そして、丸開きになった胴体には――ビキニの水着を着ている。


 逆バニー……+水着の格好。


 その姿で、ソファの上で寝転がっていた緑に抱きついてきた。


「えーっと……鞘?」

「今日、ウサギと遊んでるお兄ちゃんを見てたら、私も、ウサギさんになりたくなっちゃった」


 首を小さく傾け、頬を桜色に染め、鞘がニコリと笑う。


「お疲れのお兄ちゃんを、癒しに来ました」

「……そ、そうか」


 どうやら、昼間のペットショップ。


 ほんの癒やしになればと思ったのだが、彼女の中の別のスイッチも押してしまったようだ。


 緑の優しさに触れ、また思う存分甘えたくなってしまったのだろう。


「前にもらったコスプレセットのバニーさん……さ、流石に、そのままの格好は恥ずかしすぎたから……」


 そう呟いて、鞘は頬を染める。


 流石に前バリは恥ずかしかったようで、同じくコスプレセットの中にあったビキニ水着を着用したようだ。


 ……といっても、布面積が多少増えたくらいで、格好的にはほとんど変わらないのだが……。


「お兄ちゃん、遊んで」


 何はともあれ、そう言って、鞘が自身の鼻先を緑の鼻にくっつける。


「鞘、遊んでって言われても……」

「うさうさ~♪」


 ウサギの鳴き声はそれであってるのか?


 緑の胸に顔を埋め、ふんふんとウサギっぽく呼吸している鞘。


 すっかり、甘えん坊モードに入ってしまっている。


「鞘、一旦タイム……」

「えへへ、写真撮影OKですよ?」


 制止する緑の一方、鞘は立ち上がりポーズを決める。


 かなりハイテンションだ。


 その時――。


「ただいまー」

「!」

「!」


 玄関の方から、声が聞こえた。


 この声は――。


「お、お母さん!?」


 鞘が慌てふためく。


 鞘の、そして今となっては緑の母親――未来さんの声だった。


「きょ、今日は帰るって聞いてなかったのに!?」

「お、落ち着け、鞘」


 まずい。


 緑と鞘は、目を見合わせる。


 二人とも、焦燥感でいっぱいだ。


 それもそのはず、今この場には、緑と鞘の二人しかいない。


 しかも、鞘に至っては水着バニーの格好をしている。


 久しぶりに帰った家で、自分の娘が水着バニーになっていたら、母親はどう思う?


 そうこうしている内に、時間は待ってはくれず、リビングのドアが開く――。


「お、お帰りなさい!」

「……あら、緑君だけ?」


 寸前、なんとか鞘をソファの影に隠すことに成功した。


 鞘は身を丸め、緑の足下で小さくなっている。


 リビングの入口側――未来さんからは、見えていない位置だ。


「きょ、今日は帰ってこられたんですね」

「そうなのよ。先方の都合が悪くなって、色々予定が無くなっちゃったから」


 そのままの位置で、なんとか未来さんと他愛ない会話をする緑。


 ……しかし。


(……このままではバレるのも時間の問題だ)


 足下の鞘を一瞥し、緑は脳細胞を加速させる。


(……今のこの格好の鞘を、お母さんの前に出すわけにはいかない!)




―※―※―※―※―※―※―※―※―※―※―※―※―※―※―※―※―※―※―




 ここまでお読みいただき、誠にありがとうございます。


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