第三十九話 完全無欠の生徒会長とコスプレ喫茶
二学期に入ってまだ間も無いが、季節はすっかり秋に移り変わっている。
そして、この学校での初秋のイベントと言えば、学園祭。
既に学校内では、各クラスが学園祭に向けての準備を進め出している。
本日、緑のクラスでも、学園祭の出し物を決めている真っ只中であった。
「まず最初の意見は……演劇に、駄菓子屋か」
クラス代表の鞘が黒板の前に立ち、皆から出された案を板書していく。
「演劇ねぇ……なんて言うか、ありきたりだよな」
「それを言うなら、駄菓子屋だって」
黒板に書き出された、演劇、駄菓子屋という案。
これらは比較的準備がしやすいため、確実に候補に上がってくるオーソドックスなアイデアだ。
しかし、毎年どこかのクラスがやっている。
どうせやるなら、何か目立つような、変わった事をやりたい。
そして、出し物投票で一位を獲得したい。
このクラスは、そんなヤル気に満ちている。
それゆえ、皆の反応はいまいちな感じだ。
「あ、じゃあ、お化け屋敷は? 確か、去年はどこのクラスもやってなかったよね」
と、そこで誰かが言った。
その意見に、経檀の上の鞘がビクッと肩を揺らすのが見えた。
ダメだ。
鞘はホラーが苦手なのだ。
「あー……お化け屋敷は無かったかもしれないけど、ビックリハウスとか、脱出ゲームとか、お化け屋敷と被りそうな出し物が去年いくつかやってなかったっけ? 今回も確実にやるところが出てくるから、避けた方がいいんじゃないかな」
すかさず、緑が手を上げて発言する。
緑の発言に「そうかー」と、教室内を納得の空気が包む。
(……お化け屋敷は避けられたぞ、鞘)
(お兄ちゃん……ありがとう……)
黒板の前で恥ずかしそうに頬を染め、鞘は黙って瞑目している。
その後も、皆が色々な意見を出し合うが、中々決まらない。
(……まぁ、学園祭の出し物なんて、結構種類も決まってるからな。他と被らないように狙っても、完全に避けるのは難しいんじゃ……)
そう考えながら、緑も事の成り行きを見守っていた。
「あまり斬新なアイデアを狙いすぎても、馴染みのないものになってしまう」
そこで、鞘が指摘をする。
「突飛なものを出そうとせず、何か、去年やっていた出し物に、別の何かを合体させて考えてみるのはどうだろう」
鞘の提案を受け、クラス中が「うーん……」と唸る。
すると――。
「コスプレ喫茶は?」
ある男子生徒が、そう言った。
誰かと思えば、鞘のファンで仲良し三人組の一人――大鳥である。
「去年、他のクラスの出し物で喫茶店があった。そこから更に発展させ、コスプレという要素を足してみたら……」
「喫茶店で、コスプレして接客するのか」
「いいぞ、それ!」
その案に、クラスの他の男子達も賛成していく。
「会長! コスプレ喫茶はどうでしょう?」
「っていうか、あんた達、単純に鞘さんのコスプレが見たいだけじゃないの?」
盛り上がる男子達だが、クラスの女子からそう鋭い突っ込みが飛んでくる。
「べ、別にそんな邪心は無いぞ」
と、男子達は言い訳しているが、明らかにその狙いもあっただろう。
しかし、ここに来て、このアイデアで一番クラスが湧いているのも事実だ。
「まぁ、楽しそうではあるしね」
「どんな衣装が良いかな?」
最初はノリ気ではなかった女子陣も、俄に賛同しつつある。
「わかった、では、コスプレ喫茶で話を進めてみよう」
そう、鞘が微笑を湛えながら言う。
「コスプレ……ということだが、どんなコスチュームを着るのが良いだろう?」
「そりゃ、メイドでしょ! メイド服!」
「いや、ミニスカポリスだ!」
「女教師!」
コスチュームの話になった途端、あちこちから意見が飛び交う。
各々の性癖暴露大会のようになってしまっている気がする。
「ナースだ!」
「いや、女医だ!」
そうこう白熱している内に、時は経過していく。
「もう今日は時間が無い。会議は、また明日に繰り越しにしよう」
結局、本日は結論が出ず。
ひとまず、その日は解散となった。
―※―※―※―※―※―※―
――で、その夜。
国島家にて。
「お兄ちゃん、協力して欲しい」
「……鞘、どうしたんだ、これ」
鞘の部屋。
呼ばれてやって来た緑の目前――テーブルの上に、鞘が様々なコスプレ衣装を広げて待っていた。
「今日の放課後、いざコスプレ喫茶をやるとして、どんな衣装がいいか、みんなと専門店に調査に行ったんだ」
どうやら、鞘が友人達とコスプレ喫茶で着る衣装を調べに行ったらしい。
専門店――と言っているが、まぁ、向かった先はディスカウントストアだろう(ド●キのような)。
「で、この衣装は……」
「みんなから、参考資料として買って渡された。クラスの代表として、どの衣装が良いか、私も調べておく義務がある。だから、お兄ちゃんにも審査して欲しい」
そう意気込みを見せる鞘。
やる気があるのは素晴らしいことだが、要は鞘のコスプレショーを見て欲しいということだ。
(……鞘の友達も、こうなるだろうと思って、面白半分で渡したんじゃないだろうな)
何はともあれ、鞘の意気込みを受け、協力を承諾する緑。
早速、鞘が最初の衣装に着替える。
着替え終わるまで、緑は後ろを向いて待っていることに。
「お兄ちゃん、準備できたよ」
そう言われ、緑は振り返る。
「えーと……まずは、看護師さん」
鞘が身に纏っているのは、ナースの服装だった。
パーティーグッズのナース服なので、当然そこまで本格的なものではない。
生地が薄かったり、ミニスカートだったりと、少々アレンジされているところもある。
「え、えへへ……なんだか、恥ずかしいね」
ナース服に身を包んだ鞘は、頬を上気させ、照れたように笑う。
「どうかな?」
「ああ、似合ってる……けど、ちょっと刺激が強すぎるな」
コスプレ喫茶ではなく、いかがわしいお店の感じがする。
「じゃ、じゃあ、次!」
恥ずかしがりながらそう叫んで、鞘は着替える。
続いて、鞘が身に纏ったのは――メイド服。
オーソドックスな、メイド喫茶の店員が着ていそうな服装だ。
ただ、頭に猫耳のヘアバンドをしているのは、アドリブだろうか。
「ど、どうかにゃ?」
「猫のマネはしなくてもいいぞ……」
続いて――。
「あれ? それは……」
「バレー部のユニフォームだ」
鞘が次に着替えたのは、彼女が所属する女子バレー部のユニフォーム。
髪を後ろで一つに纏め、半袖半ズボンのスポーティーな姿。
「一応、バリエーションの一つになるかと思って……えへへ、この格好なら、別に恥ずかしくないし」
「確かにな。でも、それだと普段から着ているものだから、あんまりコスプレ感がないんじゃないかな?」
「そ、そうか、なるほど」
鞘は「うーん」と、唸る。
「やはり、コスプレ喫茶と銘打つからには、多少恥ずかしくてもコスプレらしい衣装を着なくてはコンセプトに反する、ということなのか……流石お兄ちゃん、鋭い指摘だ」
「真面目だな、鞘……」
コスプレについて、ここまで真剣に考察するとは。
「わかった、私も恥ずかしがっていられない。恥ずかしいことは前提として受け入れる。その上で、一番適切だと思う衣装をお兄ちゃんに審査して欲しい」
そう宣言し、鞘は色んな衣装に着替えていく。
女教師、魔法少女、シスター、どこかのVTuber、等々……。
「ど、どれが良いかな?」
「うーん……」
正直に言ってしまえば、どれも捨てがたい。
単純に、モデル顔負けにスタイルが良い鞘には、何でも似合ってしまうからだ。
「次は……あ、バニーさんだ」
悩む緑の一方、鞘は続いての衣装に手を掛ける。
(……バニーの衣装か、これまたオーソドックスだな)
緑は背を向け、鞘が着替え終わるのを待つ。
「お兄ちゃん、これ……」
「着替え終わったか?」
鞘の声を聞き、緑は振り返る。
そして、目を見開く。
「……なんだか、今時のバニーさんの衣装って、凄くきわどいんだね……」
鞘が纏っていたのは、バニーはバニーでも……いわゆる逆バニーの格好だった。
「鞘! ストップストップ!」
両手両足を黒い腕カバーとタイツで覆い、頭には兎の耳、首にはチョーカー。
しかし、胴体に関してはほとんど素肌を露出しており、面積の小さい黒テープで隠しているのは、胸の先端と股下のみ――。
流石にジックリ直視などできず、緑は慌てて顔を覆った。
「その格好は、流石に学校では許されない!」
「だ、大丈夫だ、コスプレは恥ずかしいものであると受け入れている!」
「受け入れちゃダメだ!」
そんな感じで、鞘のコスプレ考察の夜は更けていくのだった――。
―※―※―※―※―※―※―
――翌日。
「昨夜、色々と考えたのだが……皆が自分の好きな衣装を着て接客する、というコンセプトが私は良いと思う」
教室にて。
コスプレ喫茶の方向性を決める話し合いの場で、鞘はクラスの皆にそう提言した。
「まぁ、何か一つに決めると争いが起こるからな」
「俺も、それでいいと思う」
「その方が色んな姿の静川会長が見られそうだしな……(ボソッ)」
クラスの男子達も、それで納得したようだ。
「あーあ、結局コスプレ喫茶で決定っすか。なんか、男共の欲望全開な感じがして気が向かないっていうか……って、せんぱい、なんか疲れてません?」
「……まぁな」
机の上に突っ伏している緑を見て、隣の小花が言う。
昨夜は、まぁ、色々と疲れたのだ。
「鞘さん、昨日の夜は、お兄ちゃんにコスプレ衣装見てもらったの?」
そこで、教壇の上の鞘に向かって、鞘の友人達がそう問い掛けた。
「ふぇっ!?」
やはり、彼女達の目論みはそれだったようだ。
「み、見てもらった、けど……あ、あくまでも国島先輩には衣装の審査をしてもらっただけで……」
と、その件を早速、友人達にイジられている鞘。
「……国島先輩、静川会長のコスプレショーを堪能したってことか?」
「羨ましい」
「羨まけしからん」
一方、どこからか怨嗟の声が聞こえてきて、居心地が悪くなる緑だった。
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ここまでお読みいただき、誠にありがとうございます。
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