第三十八話 完全無欠の生徒会長とマジ妹と添い寝


 その後も、お茶を飲んだり、映画を観たりしながら、三人は夕食後の時間を過ごした。


「鞘、怖いなら無理に観なくてもいいんだぞ」

「だ、大丈夫……」


 映画鑑賞に関しては、内容がホラー映画である。


 鞘は、我慢しながら一緒に付き合っていた。


「鞘、怖い映画が苦手なんだね。へーん、ふーん、ほーん」

「何を勝ち誇ってるんだ、美紅」


 そんな感じで――夜も更け。


 そろそろ寝る準備に入ろう、ということになった。


「お兄ちゃん、お風呂出たよ」

「……あ、ああ」


 風呂上がりの美紅が、緑の部屋へとやって来る。


 宣言通り、寝間着の代わりに緑のTシャツを着ている。


 緑と美紅では身長差があるため、当然丈自体はぶかぶかだ。


 が、胸回りの主張は激しい。


 プリントされている絵柄が、横に引っ張られてしまっている。


「美紅、本当に寝るのか? あれなら、俺、親父の部屋借りるけど」

「お兄ちゃんと一緒がいい」


 美紅は、緑のベッドの上に飛び乗る。


 ぽいんっと反動で飛び跳ね、ぺたんと布団の上に着地すると、緑の手を取る。


「お兄ちゃん抱き枕がないと寝られない。不眠症で困ってる」

「嘘吐け」


 そんなやり取りをしていると――。


「緑さん」


 ドアが開き、鞘がやって来た。


 彼女も風呂上がりで、パジャマ姿である。


「鞘さん、どうした?」

「その……さっきホラー映画を観たから、また一人で寝られなくなってしまって……」


 チラリと、緑を見上げる鞘。


「今夜も、一緒に寝てもいいかな?」

「……今夜、も?」


 鞘の発言。


 その中でも『も』という部分に、美紅が過剰反応する。


「も? も?」

「ああ、もう、美紅大人しくしろ」


 ベッドの上でびょいんびょいんと飛び跳ね暴れる美紅を押さえ込み、緑は鞘を見る。


「でも、俺のベッドもそこまで大きくないし、流石に三人じゃ……」

「大丈夫。少しくらい体がはみ出しても、我慢できるから」

「美紅、体小さいしお兄ちゃんに引っ付けば収まる」

「………」


 鞘も美紅も、双方引き下がらない。


 仕方なし――。


「じゃあ、電気消すぞ」


 緑は、鞘と美紅、二人と一緒にベッドに入ることとなった。


 緑が、左右から美紅と鞘に挟まれる形だ。


「……やっぱり、少し狭くないか? 二人とも」

「美紅ちゃん、私と緑さんは、私の部屋のベッドに行くから、美紅ちゃんはお兄ちゃんのベッドで思う存分寝てくれてもいいよ」

「謹んでお断りする」

「………」


 鞘も美紅も、やはりやめる気は無いらしい。


 右側の美紅が、緑の右半身に体を密着させてくる。


 美紅はTシャツしか着ていないので、密度は肌と肌で触れ合っている感じに近い。


 体温も一層強く伝わってくる。


 無表情な彼女だが、低温動物というわけではない。


 伝播する体温は、とても熱い。


「………」


 一方で、左側の鞘も、ベッドの端から体が落ちないように、緑の腕に自身の腕を絡め、強く体を寄せてきている。


 艶やかな黒髪から漂う甘い匂いに鼻腔を満たされ、脳がクラクラする。


「さ、鞘さん」


 視界の鎖された、暗闇の中。


 左右から聞こえる二人の吐息と、伝わる脈拍。


 部屋に充満した、二人の女の子の匂い。


 まるで麻薬のように精神を犯すそれらの要素の中で、緑も思考が覚束なくなる。


 不意に、口走っていた。


「さっきは、なんでいきなり罰ゲームカードなんて持ってきたんだ」

「……え」


 そう問うと、左隣から鞘のか細い声が聞こえた。


「……げ、ゲームをして、盛り上がればと……」

「本当に?」


 そう問い質すと、鞘は少し沈黙した後……。


「……私も、お兄ちゃんに甘えたかった……」


 そう、本音を漏らした。


「やっぱり」


 右隣から、美紅の声が聞こえた。


「鞘は2号だよ、美紅が妹1号だよ」

「い、1号も2号も、関係無い。私だって、お兄ちゃんが好きなんだ」

「……鞘、お兄ちゃんのことお兄ちゃんって呼んでる」

「だ、だって、私のお兄ちゃんなんだもん」


 緑を挟み、二人の会話が続けられる。


 間の緑にとっては、左右から聞こえてくる声が頭の中でぶつかって反響しているような、そんな感覚を覚える。


 明かりが無く、視覚が見えない。


 だから、それ以外の感覚が鋭敏になっている故だろうか……。


「……むー」


 そこで――。


 緑の右頬に、柔らかい何かが触れた。


 柔らかく、そして湿った感触がした。


「み、美紅?」


 美紅にキスをされたのだとわかった。


「美紅、何して――」

「……鞘だってしてた」


 そう言うと、美紅は更に緑の頬に自身の唇を押し当てる。


「ん、ん」と、懸命な息遣いと共に。


「美紅、落ち着――」


 そこで、今度は左の頬に「ちゅっ」と控えめな音が。


「鞘……」

「お兄ちゃん……」


 続いて、鞘が我慢出来なくなった。


 緑の右頬に唇を這わせ、更にそのまま、耳たぶを甘噛みする。


 緑の背筋に、電流が走る。


「さ、鞘、ま、待……」

「お兄ちゃん、鞘に何されてるの?」


 美紅も、緑の右耳に舌を伸ばす。


「お兄ちゃん、お兄ちゃん……」


 鞘が、以前緑にされたように、緑の左耳の穴に舌先を挿し入れる。


 左右の耳が、温かく、ぬめり気のある肉感に襲われる。


 ざわり、ぞわり、と蠢く音。


 湿り気を帯びた感触に支配され――。


「……うわあああああ!」


 頭がおかしくなりそうになり、緑は布団を跳ね飛ばした。


「鞘は自分の部屋に! 美紅はここで! 俺は親父の部屋で寝る!」

「あ、お兄ちゃん!」

「お兄ちゃん……」


 耐え切れず、緑はそう叫ぶと自分の部屋を出ていった。


「お兄ちゃん、ごめんってば」

「お、お兄ちゃん、もうしないから……」


 父の部屋に逃げ込んだ緑を、ドアの外から説得する美紅と鞘。


 そんな感じで、心臓に悪い夜は更けていったのだった……。




 ―※―※―※―※―※―※―




 ――翌日。


「やっぱり、お兄ちゃんが鞘と一緒に居るんじゃ安心できない」


 朝食を終え、帰り支度を済ませた美紅。


 出発直前、彼女は玄関でそう言った。


「高校に入学したらって思ってたけど、今日からでも私もここに住まわせてもらうようにお願いする」

「できるわけないだろ、現実問題」


 緑が突っぱねると、美紅は「むー」とまたしても頬を膨らませ、不服を見せる。


「また来るからね」


 そう言い残し、美紅は帰って行った。


「……凄い妹さんだった」

「ああ、嵐みたいだろ」


 しかし、凄い妹さんと言えば――。


「鞘も負けてなかったぞ」

「ご、ごめんなさい、自分を抑えられなくて……」


 鞘は顔を真っ赤にし、俯きながら言う。


 彼女にも、少し反省してもらわなければならない。




―※―※―※―※―※―※―※―※―※―※―※―※―※―※―※―※―※―※―




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