第三十七話 完全無欠の生徒会長vsマジ妹


「一泊するって……全然荷物とか持ってきてないじゃないか? 着替えとかどうするんだ」

「お兄ちゃんのシャツ貸して」

「寝るところは?」

「お兄ちゃんと一緒に寝る。完璧な計画」

「……そういうのは無計画って言うんだよ」


 いきなり泊まるといい放った美紅だったが、手荷物らしきものは一切持っていない。


 そんな状態でさも当たり前のように振る舞う彼女に、緑も思わず溜息を漏らす。


「でも、美紅、いきなり泊まりたいって言ってるんじゃないよ」

「わかってるよ」


 父に確認のメッセージを送ったら、「すまん! 忙しくて伝え忘れてた!」と、そんな返答が返って来た。


 スマホの画面を見て、緑は再び溜息を吐く。


 美紅は、ちゃんと父にも前母にも許可を得ている。


 その確認が、父から緑や鞘へと来ていなかっただけだ。


 知らなかったから帰れ、とは言えない。


「久しぶりのお兄ちゃんのご飯、楽しみ」


 リビングにて。


 緑の膝の上に座り、美紅はテンション高く体を揺らしている。


「そうか……そろそろ晩飯の準備しないとな」

「緑さん、美紅ちゃんと積もる話もあるだろう」


 そこで、鞘がエプロンを装着しながら言う。


「今夜は、私が晩ご飯の支度をしよう」

「え、そんな、悪いよ、鞘さん」


 慌てる緑に対し、鞘は「いいんだ」と微笑む。


「折角、美紅ちゃんが来ているんだ。緑さんは、ゆっくりしていてくれ」

「でも……」

「鞘の料理?」


 美紅が、鞘にジト目を向ける。


「お兄ちゃんよりも美味しい?」

「ああ。緑さんには敵わないかもしれないけど、幾度か料理の手解きを受けたことがある。期待は裏切らないと思う」


 そう自信を持って言う鞘に、美紅は「ふーん」と返す。


「お兄ちゃんの料理、楽しみだったのに」

「美紅、失礼だろ。わざわざ作ってもらうのに」


 緑が美紅の頭をポンっとはたくと、美紅は「ごめんなさい」と素直に謝る。


「ふふふ……出来上がるまでしばらく待っていてくれ」


 そう言って、鞘はキッチンへと向かう。


「……鞘、お兄ちゃんの料理を美紅に食べさせたくないんだ。独り占めしたいのかも」

「そんなんじゃないって」

「……まぁ、いいや」


 美紅は体勢を立て直し、緑の膝の上で座り直す。


「どれほどのお手並みか拝見いたしましょう」

「……偉そうだな、お前」




 ―※―※―※―※―※―※―




「……おいしい」


 食卓に着き、鞘の用意した料理を口にした瞬間、美紅はそう呟いた。


「ふふ、お口に合ったようで安心した」

「よかったな、美紅」

「……お兄ちゃんに、料理教わったんだ」


 もぐもぐと咀嚼しながら、美紅は呟く。


「確かに、お兄ちゃんの味がする。ずるい」

「ずるいって……」


 よくわからない感情を吐露する美紅。


 そんな感じで、三人は夕餉の時間を過ごした――。


「皿洗い終わったよ」

「ありがとう、緑さん。わざわざ後片付けまでしてくれて」

「いやいや、晩ご飯を用意してもらったんだから、これくらい」


 夕飯後。


 食器類の後片付けを終えた緑の一方、鞘は食後の冷えたお茶を用意していた。


 涼やかなグラスに注がれたそれは、アイスティーである。


「そうだ、お兄ちゃん、ホラー映画観よう」


 そこで、美紅が緑を引っ張り、リビングのソファに座らせる。


 そして、当然のように膝の上に座る。


 テレビを点け、映画のザッピングを開始する美紅。


「美紅、膝の上に座られたらお茶が飲めない」

「じゃあ、美紅がドリンクホルダーになってあげる」


 美紅は、パーカーの前部分のジッパーを少し下ろす。


 そして、自身の大きな胸の谷間に、緑の持っていたグラスを挟み込んだ。


「妹ドリンクホルダー」

「……美紅」

「ジョーク」


 両手を広げておどける美紅。


 そんな彼女の姿に、緑は溜息を吐きながらも、微笑みを漏らす。


 彼女とのこんなやり取りも、久しぶりで、なんだか懐かしくも感じるからだ。


 しかし――。


「………」


 そんな二人の一方、横のソファに座っている鞘。


 手に持った自身の分のグラスを口元に運びながら、緑と美紅のやり取りをジッと見ている。


 視線が痛い。


「お兄ちゃん、高校生になったら美紅もこの家に住みたい」


 そこで不意に、美紅がそう漏らした。


「住むって……」

「その方が、お兄ちゃんも楽しいでしょ。いじゃんいいじゃん」


 緑の首に腕を回し、ぶらぶらと体を揺らしながら甘える美紅。


 完全に鞘を蚊帳の外にし、二人の世界を構築している。


 そこで――だった。


 鞘が、静かに立ち上がった。


 そして、リビングを出て行く。


「鞘?」


 ……どこに行ったのだろう……と思っていると、鞘が戻ってきた。


「緑さん、美紅ちゃん。晩ご飯も食べ終わったし、腹ごなしに三人で遊ばないか?」


 鞘が、トランプを持っている。


 そしてもう片方の手には、また別のカードデッキ。


 まさか……。


「鞘さん、それって……」


 緑が言うと、鞘がふっと微笑みを浮かべる。


 緑の予想通り、鞘が持ってきたのは、あの罰ゲームカード。


 しかも、ハードプレイバージョンの方である。


「なにそれ?」


 美紅が首を傾げる。


「ああ、罰ゲームカードといって、勝負で負けた人がカードを引いて、書かれた罰ゲームをするというパーティーグッズだ」


 そんな美紅に、鞘が解説する。


「ただトランプで遊ぶだけじゃなく、罰ゲームが掛かっているから盛り上がる。よく緑さんと遊ぶんだ」

「……ふーん」


 その話を聞いて、美紅も少し興味を惹かれたようだ。


「いいよ、やろう」


 緑の膝の上から下り、美紅も参戦を表明する。


 というわけで、罰ゲームを賭けた恒例のババ抜き対決を、今宵は三人でする事になった。


「罰ゲームって、どういうのがあるの?」

「それは……ま、まぁ、やってみたらわかる」


 過去執行された罰ゲームを思い出す。


 ……詳しく説明するのも、はばかられるような内容ばかりである。


 そこら辺の情報を濁しながら、緑達はババ抜き開始することにした。


 緑と鞘だけではない、初の複数人でのババ抜き。


 二人で対戦していた時は、鞘の表情や挙動がわかりやすく、緑も簡単に勝てていた。


 しかし、本日、このメンバーでババ抜きをやってみてわかったことがある。


(……まず、美紅はババ抜きが強い)


 そもそも無表情のため、どんな手札を持っているのか、その心理が察しにくいのだ。


 ポーカーとか滅茶苦茶強いだろう。


(……そして、鞘もパワーアップしている)


 彼女もまた、度重なる敗北から更にババ抜きに勝つための特訓を積んできたのだろう。


 流石は完全無欠の生徒会長――学習能力が高い。


 以前のような弱点が見当たらない。


(……これは……まさか……)


 強敵二人を前に動揺する緑。


 そして、勝負は着々と進んでいき――。


「よし、私が一抜けだ」


 最初の勝利者は、鞘となった。


 ここに来て、鞘がまともにババ抜きの勝者となった記録的瞬間である。


 絶対に勝ちたいという執念が実を結んだようだ。


「では、緑さんと美紅ちゃんで勝負を続けて、最後まで残った敗者が罰ゲームだ」

「わ、わかった」

「………」


 鞘の言うとおり、その後、緑と美紅で交互に引き合っていく。


 そして、最終的にジョーカーが手元に残ったのは――。


「美紅の勝ち」

「……負けた、か」


 緑だった。


「じゃあ、罰ゲームは緑さん」


 勝者の鞘が、緑に罰ゲームカードを引くよう指定する。


 緑は、ゴクリと喉を鳴らしながら罰ゲームカードを引く。


 果たして、書かれていた内容は――。


『敗者が勝者の頬にキスし、耳元で『愛してる』と囁く』


「こ、これはかなり恥ずかしいやつが来たな……」

「緑さん」


 見ると、鞘が目を瞑って待っている。


 キス待ち顔だ。


「お兄ちゃん、本当にやるの?」


 と、美紅がおずおずと訪ねてくる。


 表情には出ていないが、彼女も少なからずこの罰ゲームの内容に動揺している様子だ。


「……まぁ、罰ゲームだからな」


 ここで拒否すると、それはそれで鞘のフラストレーションが溜まってしまいそうな気がする。


 緑は鞘の隣へと移動すると、腰を下ろし、鞘の頬に唇を近付ける。


 そして、キスをした。


「あ……」


 もう、何度したのかもわからない。


 故に、そこまで抵抗も無くしてしまった親愛のキス。


 けれど、美紅にとっては当然の光景ではない。


 鞘にキスする緑を見て、美紅はショックを受けたように声を漏らした。


「……あ、愛してる」


 更に、緑は鞘の耳元でそう囁く。


「……~~~~」


 鞘は、ゾクゾクと背筋を震わせながら、声にならない声を漏らした。


「……ふふふ、緑さん、積極的」

「まぁ、罰ゲームだから……」

「むー……」


 嬉しそうというか、満足そうというか。


 恍惚とした表情を浮かべる鞘と、赤面し視線を逸らす緑。


 一方、美紅はほっぺを膨らませている。


「むーむーむー! もう一回!」


 机をバンバンと叩いて、再戦を申し込む美紅。


 というわけで、二回戦。


 しかし、再び、勝敗は鞘の勝利、緑のドベとなった。


「……神様が運命を不当に操作してる気がする」


 美紅はほっぺを膨らませたまま、そう謎の恨み毎を漏らす。


「では、緑さん、続いての罰ゲームを」


 片や、ニコニコの鞘に言われ、緑は罰ゲームカードを引く。


『勝者と敗者でポッキーゲーム』


「ポ、ポッキーゲーム……ポッキーなんてあったっけ……」

「はい、ポッキー」

「早っ」


 目にも留まらぬ速さでポッキーを取り出した鞘。


 早速袋を破り、ポッキーを一本手に取る。


「緑さん」

「……あ、ああ」


 ポッキーの端と端を、二人で口に挟む。


 そして、少しずつサクサクと食べ進む。


 近付く鞘の顔。


 両目を瞑り、必然的に唇を前に突きだした形であるそれは、正に正面からのキスを迫る顔にほかならない。


 迫る唇。


 その先端が、触れ合う――。


「……はい、終わり!」


 その寸前、緑が瞬時に口を離す。


「ふふふ……危ないところだったね」


 鞘も、口元を手で覆い、自身が含んだポッキーをもぐもぐと咀嚼しながら、緑に言う。


「勘弁してくれ、鞘さん、美紅の目の前なんだから……」

「むーーーーーーー」


 そんな緑と鞘のイチャイチャを目の当たりにさせられ、美紅は更に頬を膨らませて拗ねていた。


 ハムスターみたいになっている。


「ずるい、鞘ばっかり。美紅も罰ゲームしたい」

「しょうがないだろ、美紅は負けたんだから……」

「じゃあ、勝てなくてもいいから罰ゲームがしたい。はい、これ」


 言うが早いか、美紅は罰ゲームカードのデッキから一枚引く。


「『お兄ちゃんは美紅ちゃんをギュウーってしていっぱいチュッチュする』」

「そんなこと書いてない」


 もう、滅茶苦茶である。


 美紅も暴走しかけているし、これ以上続けても危ない空気になりそうだ。


「はい、もうこのゲームは終わり終わり!」


 というわけで、緑が強制的にゲームを終了する。


「鞘さん、罰ゲームカードを封印してきて、急いで」

「むー、罰ゲームさせろー」

「わ、わかった……」


 暴れる美紅を押さえる緑。


 鞘は、トランプと罰ゲームカードを持ってリビングから出て行く。


(……しかし、鞘の方からあんな行動に出るなんて……)


 美紅の緑に対する強めのスキンシップを見させられた影響だろうか。


 鞘の我慢が、利かなくなってきているのか。


 もしくは、美紅に対して対抗心を燃やしている、のか……。




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 ここまでお読みいただき、誠にありがとうございます。


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