第三十話 完全無欠の生徒会長と罰ゲーム(ハードプレイver)です
「お兄ちゃん……」
――夏休みも真っ只中の、ある日のこと。
その日、夕食も食べ終わり、リビングでリラックスモードになっていた緑。
さて、夏の夜長に納涼と参ろうか――と、和製ホラー映画をザッピングしていた時だった。
何やら重々しい雰囲気を醸しながら、鞘が声を掛けてきたのだ。
「どうした? 鞘」
「実は……今日、バレー部の先輩方の送別会があったのだけど……」
今日の昼間、鞘は家を出ていた。
その理由は、バレー部を引退する三年生の送別会が行われたからだ。
「楽しかったか?」
「うん、皆、気持ち良く先輩方を送り出すことが出来た……で、その送別会で、ビンゴ大会があって……」
スッ……と、鞘が何やら四角いケースを取り出す。
「それは……」
「そのビンゴ大会で、私が引き当てた景品だ」
鞘は、重々しい雰囲気を継続させながら、そのケースの表を見せる。
「人呼んで……罰ゲームカード、ハードプレイver」
「罰ゲームカード、ハードプレイver」
罰ゲームカード――ハードプレイver。
それは、以前鞘と一緒に遊び、そして鞘を敗北と恥辱の海へと叩き落とした、あの伝説の罰ゲームカード。
しかも、ハードプレイ・バージョンというパワーアップを遂げている。
「今宵は、この罰ゲームカード、ハードプレイverでお兄ちゃんにリベンジを挑みたい」
そう言い放つ鞘の背後には、燃え盛る炎が見える――気がする。
どうやら、それだけ緑に反撃を試みたいようだ。
「別に良いけど……大丈夫か? 鞘」
「心配は要らない。私は、あの日の私じゃない。あれから、ババ抜きで勝利するためのコツ、相手の表情の変化の見方、色々な勉強をしてきた」
「ふふんっ」と、そう得意げに言う鞘だが、緑が心配しているのはそこではない。
罰ゲームカード、ハードプレイver。
……字面だけなので詳しい内容はわからないが、前回の罰ゲームカードでも失神寸前まで追いやられた鞘だ。
……場合によっては、死んでしまうのでは……。
「では、早速始めよう」
そんな緑の心配も知ってか知らずか、鞘はもう片方の手に持ったトランプを差し出す。
かくして、国島家のリビングにて、緑と鞘のババ抜き対決、(罰ゲームあり、しかも前回よりもパワーアップ)が開始した。
果たして、鞘のリベンジなるか。
それとも、今夜も緑によってコテンパンに叩きのめされてしまうのか。
勝負の行方や如何に――。
「よし、勝った」
「ま……ま、負け、た」
一回戦、早速緑の勝利。
手元に残ったジョーカーを凝視し「そんな、馬鹿な……」という表情で固まる鞘。
(……鞘には悪いが、表情がわかりやすいんだよな……)
そう、ババ抜きのコツを勉強したと言っていたが、当の鞘が、緑が引こうとするカードによって表情をコロコロ変えるのだ。
ジョーカーをつまむと目を輝かせ、その他だと悔しそうな顔になる。
……鞘、ババ抜き激弱である。
「じゃあ、早速だけど」
「うう……し、仕方がない、敗北は受け入れる」
鞘は、机の上に置かれた罰ゲームカードのデッキに、指を伸ばす。
心なしか、カードの山から邪悪なオーラが立ち上っているようにも見える。
ゴクリ……と、喉を鳴らし、鞘は一番上のカードを引いた。
そして、そこに書かれた罰ゲームの内容を読んで……。
「……な……な!?」
目を大きく見開き、顔を真っ赤に染め、口をあんぐりとし、あわあわと声にならない声を発する。
「どうした? 何が書かれてたんだ?」
緑は立ち上がり、鞘の方に回り込んでカードの内容を見る。
『勝った方が、負けた方の耳を舐める(勝利者が複数人いる場合は、一人を選ぶか全員で)』」
「………み」
思わず、緑も固まる。
流石、ハードプレイバージョン。
いきなり、とんでもない罰ゲームが飛び出した。
「さ、鞘……別に無理にとは言わないからな」
「ううん……お兄ちゃん」
そこで、鞘はキッと決意を固めた目をする。
「この勝負は、私から挑んで、そして負けたんだ。ここで恥ずかしいからと退いては、女が廃る。全力で耐えてみせる」
そう言うと、鞘は目を瞑り「お、お願いします!」と叫ぶ。
「………」
なんというか、努力と真面目の方向音痴な感じが凄いが……。
「わかった、やるぞ」
彼女にここまで言わせて、引くわけにもいかない。
緑は、鞘の震える横顔に、自身の顔を近付ける。
そして、彼女の左耳に、唇を寄せる。
(……と言っても、舐めるってどうやればいいんだ?)
やり方というか、加減もわからない。
緑は恐る恐る、鞘の耳に舌を伸ばす。
つぷ……と、舌先が鞘の耳の穴に侵入した。
「◎△$♪×¥●&%#!!!!?」
瞬間、鞘の口から変な声が飛び出した。
全身の産毛を逆立て、背筋がゾクゾクと震え上がっているような、そんな状態になって体を硬直させる。
「お、おに、おにちゃ、み、み」
そこで、緑が舌を動かす。
「みんみゃっ」
再び解読不可能な悲鳴を上げ、鞘は「ぁぁぁ……」と、恍惚なのか呆然自失なのか、どちらとも取れない吐息を漏らした。
「だ……大丈夫か? 鞘」
「……にゃ、にゃいじょうぶ」
びくびくと体を痙攣させながら、鞘が涙目で言う。
全然大丈夫ではない。
流石は、ハードプレイバージョン。
一撃の破壊力が抜群だ。
ダメージ量がでかすぎる。
「……よ、よし、もう一回やろう、お兄ちゃん」
しばらくして、なんとか正気を取り戻すことが出来たのか、鞘が二回戦の提案をする。
「まだやるのか……」
「当然! このままお兄ちゃんに、勝ち逃げなんてさせない!」
――数十秒後。
「ま、負けた……」
またしても、緑勝利。
再び、鞘が罰ゲームカードを引くことに。
続いての罰ゲームの内容は……。
『10秒間脇腹をコチョコチョ(逃げたらやり直し)』
「よーい……スタート」
「は、にゃにゃにゃははは!」
緑は鞘の脇腹をくすぐる。
しかし、鞘は相当敏感な体質のようで、くすぐり始めたら五秒と保たず逃げてしまう。
「お、おにちゃ、やめ、おか、おかしくなっちゃ……にゃはははぁー!」
結局、三回ほどやり直しして、この罰ゲームもクリアとなった。
「鞘……」
鞘は、床に手をつき、ぜぇぜぇと荒い呼吸を繰り返している。
かなりフラフラで、見ていられない部分もある。
しかし――。
「つ、次こそ……」
その闘争心は、まだ衰えていない。
というか、最早、罰ゲーム中毒と化している気がする。
(鞘……もしかして、結構Mッ気があるのか?)
「ふふふふ……次こそ、次こそ……」
若干おかしくなり始めている鞘を前に、緑は少し彼女の将来が心配になる。
しかし――そんな鞘の姿が招いた動揺が、続いての三回戦で革命を起こした。
「や……やった、勝った! お兄ちゃんに勝った!」
「お、おお……」
なんと、鞘が勝利したのだ。
緑は動揺していて、鞘の表情の変化を見落としてしまっていたのだ。
というわけで、今回の罰ゲームは緑である。
「ふふふ……楽しみ、お兄ちゃん、どんな罰ゲームを引くのかな」
「……よし、やるぞ」
いざ自分の番となると、結構ドキドキしてくる。
先程までの鞘の痴態を目の当たりにしているので、尚更だ。
緑は、震える手でカードを引く。
「……こ、これは」
そして、カードに書かれた内容を黙読した。
「どう、お兄ちゃん! どんな罰ゲーム!?」
「ああ……どうやらこの罰ゲームは、先に相手に内容を告げず始めるみたいだ」
「そ、そうなんだ……変わった内容だね、楽しみ」
わくわくした表情の鞘を前に、一度咳払いすると――。
「じゃあ、いくぞ」
緑は、自身の罰ゲームを開始する。
「えーと……鞘は」
「え?」
「鞘は、成績も優秀で、スポーツも万能で、美人でみんなの憧れで、俺には勿体ない妹だ」
「お、お兄ちゃん?」
「性格も、相手のことを配慮できて、ちょっと不器用なところもあるけど、それは真面目で心を込めて相手に尽くそうっていう、鞘の根本的な優しさからのものだと思う」
「あ、ありが、とう……」
「何事にも一生懸命で、一緒に料理をしたり、こうやって遊んだり、勉強をしたり……鞘といると、凄く楽しいし、鞘に甘えられると心が温かくなる」
緑の言葉を連ねて行くにつれ、鞘は徐々に体を丸めていく。
褒められ、好意的な言葉を投げ掛けられ、恥ずかしさと嬉しさでモジモジとしてしまっている。
「だから……俺は、そんな鞘が好きだ」
「え……」
最後に言い放たれた、緑の言葉に、鞘は顔を跳ね上げる。
真剣な眼差しを向ける緑。
その眼差しを受け、瞳を揺らす鞘。
顔を赤らめ、胸を押さえ、ドキドキしている様子だ。
二人の間に、静寂が満ちる。
「……おに」
「はい、これが俺の罰ゲーム! 恥ずかしかった!」
瞬間、緑が顔を赤らめそう叫んだ。
鞘は、ポカンとした表情になる。
「ほら」
緑が、鞘に自分の引いたカードの文面を見せる。
『相手の好きなところを7個以上言って、告白する(罰ゲーム内容は先に言わずに行う。真剣に!)』
「……ず、ずるい! 結果的に私の方ばっかり恥ずかしい思いをしてる!」
「お、俺だって恥ずかしかったよ……」
わー! と、両手をぶんぶんと振るう鞘と、顔を背ける緑。
「もう、今日はここまでにしよう。お互いにダメージも大きいし」
「う、うん、そうしよう……」
―※―※―※―※―※―※―
というわけで、今宵のババ抜きはお開き。
罰ゲームカード、ハードプレイバージョンで遊ぶのは、また折を見てということになった(一回のダメージ量が大きすぎるので)。
「ああ、恥ずかしかった……」
ゲームが終わり、お風呂の時間。
浴室へと向かった鞘は――脱衣所で服を脱ぎながら、まだ火照りの取れない頬を両手で挟む。
「でも……」
そこで、鞘は緑の言葉を思い出す。
「……お兄ちゃん、私のこと、あんな風に思ってくれてたんだ」
鞘の唇が、小さく呟く。
「……嬉しい」
頬を紅潮させ、本当に心から、嬉しそうに。
そう、小さく囁いた。
―※―※―※―※―※―※―※―※―※―※―※―※―※―※―※―※―※―※―
ここまでお読みいただき、誠にありがとうございます。
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