第三十一話 完全無欠の生徒会長とクラスの男子
「夏祭り、か……」
八月の中頃。
夏休みも折り返し地点に差し掛かった、それくらいの時期。
緑達の住む地域で、今年も恒例の夏祭りが開催されることになった。
折角の夏休み――そして、ザ・夏のイベントである夏祭りである。
「うん、夏祭り……どうかな?」
是非とも参加したいと、ポストに入っていたチラシを広げ、鞘が興奮混じりに緑を誘ったのだ。
「そういえば、しばらく行ってないな」
緑は呟く。
なんとなく、夏祭りと言えば、地元のお祭りとはいえ参加し辛い雰囲気があったのだ。
大体やって来るのは親子連れ。
もしくは……カップルが多い印象である。
そんな中に、友達連れで参加するのも寂しい部分もあって。
しかし、これも良い機会だ。
「そうだな、今年は行ってみるか」
「うん、あ、そうだ」
そこで、鞘は気付く。
「夏祭りだから、浴衣を着ていかないと」
「鞘、浴衣は持ってるのか?」
「………」
黙り込む鞘。
おそらく、水着の時と同様、昔のものしか持っていないという感じだ。
「じゃあ……」
と、緑が視線を向けると、鞘もチラッと緑を見上げる。
おねだりするようなその視線に、緑はふぅと嘆息を漏らす。
「浴衣、買いに行くか?」
そう問うと、鞘は「うん!」と嬉しそうに頷いた。
―※―※―※―※―※―※―
なんとなく、浴衣と言えば結構値が張るイメージがあったが、鞘はまったく金銭的な部分は気にしていない。
なんでも、鞘は母親からもらうお小遣い等を昔からあまり使わず貯金していたのだという。
そのためか、現在、彼女個人が持つ口座には、それなりの金額が貯まっているそうだ。
「私は、あまり自分のことにお金を使うことがなかったから……でも今は、お兄ちゃんと一緒に買い物に行くのが楽しくて、ついつい無駄使いしちゃう」
そう言って、えへへ、と、照れながら舌を出して笑う鞘は、素直に可愛い。
「あ、でも、お兄ちゃんとお祭りに行くための浴衣だから、全然無駄遣いじゃないよ。むしろ、ちゃんと選ばないと」
「そうだな」
「だから……」
鞘は、熱っぽい目で緑を見上げる。
「また、お兄ちゃんが一番似合うと思う浴衣を、選んでね」
「………」
どうにも、鞘の衣服を選ぶ基準は、緑が気に入るかどうかに依存しがちな節がある。
まぁ、本人がそれでいいのならいいのだが……。
というわけで、二人が今日も訪れたのは、いつもの百貨店。
すっかり、ここがお気に入りというか、もう馴染みの場所になってしまった。
緑と鞘は、女性用ファッションフロアの中にある、この季節に特化した浴衣専門店を訪れる。
――そして、数十分後。
「良いのが見付かってよかったな」
「うん」
緑と鞘は買い物を終え、店を出る。
鞘の手には、今回緑と厳選し、選び抜いて購入した浴衣が入った紙袋がぶら下がっている。
「えへへ、楽しみ」
鞘はわくわくを隠し切れない様子で微笑む。
緑の選んだ浴衣を着て、夏祭りに参加する。
想像して、今からもう気分が上げ上げの様子だ。
「あ、お兄ちゃん」
そこで、鞘がエスカレーター横のベンチを発見し、指さす。
「ちょっと、休んで行こう。私が飲み物を買ってくるから」
「いいのか? 俺も一緒に行くけど」
「大丈夫、私のおごりだ。今日、浴衣を選んでもらったお礼」
鞘はニコッと笑って、小首を傾げる。
「そうか、じゃあ……浴衣は俺が持ってるよ」
緑は、鞘から浴衣を受け取る。
フロア内にあるコーヒーショップを探しに向かった鞘を見送り、緑はベンチに腰掛けた。
そして、鞘が戻ってくるのを待つ。
そこで――。
「み、見付けた……」
どこかで聞き覚えのある声が聞こえた。
緑は、顔を上げる。
すぐ目の前に、三人の男達がいた。
「や、やっぱり……また見覚えのある姿が見えたと思ったら、国島先輩達だった」
全員が息を切らしている中、内一人の、小柄で茶髪、童顔の男子が言う。
「……君達は」
そう、緑も彼等を知っている。
彼等は、緑達のクラスメイトの男子生徒。
そして、あの日――この百貨店に水着を買いに来た緑達を、偶然目撃した者達だ。
「ええと……」
緑は改めて、男子生徒三人組を見る。
彼等の名前は確か、小柄で茶髪、童顔な彼が、犬飼(いぬかい)。
運動部に所属していて、短髪で体格が良いのが、猿渡(さわたり)。
眼鏡を掛け、黒髪を綺麗にセットしているのが、囲碁部所属の大鳥(おおとり)。
見た目的には、あまり共通性の無さそうな三人組だが、仲が良いことで有名だ。
それは何を隠そう――全員が、静川鞘のファンだからである。
「国島先輩、もしかして今日も静川会長と一緒に買い物に……」
「ああ、まぁ……」
「「「マジですか!?」」」
そう正直に言うと、三人はものすごいリアクションを見せる。
こっちがビックリするくらいだ。
「そんなに驚くほどのことか?」
「いやいやいやいや! あの静川会長と二人きりで買い物なんて!」
犬飼があわあわと取り乱す。
「で、デートじゃん! 実質デートでしょ!」
猿渡が、その大柄な体をブルブルと震えさせて叫ぶ。
運動部特有の野太い声である。
ちょっと声のトーンを落として欲しい。
「単なる家族同士、兄と妹の買い物だよ」
「いいなぁ、羨ましすぎる、役得すぎる……」
大鳥が、眼鏡の奥の目をグッと瞑って、そう漏らす。
三人とも、心の底から羨ましがっている。
「というか……お兄さん」
そこで、猿渡が声を潜めて話し掛けてきた。
誰がお兄さんだ。
「静川会長って……家では、どんな感じなんですか?」
その質問に、他の二人も興味津々で、食い入るように緑を見てくる。
「いや、家ではって……」
緑は、少し黙った後、嘆息を漏らして口を開く。
「別に、普段の学校みたいな感じだよ。礼儀正しくて、品行方正で、ちょっと堅苦しいけど気遣いも抜群で、文句の付けようが無い」
緑は、鞘の名誉のため、そう言った。
「そっかぁ、私生活でも変わらないのか、静川会長」
「いいなぁ、会長と一つ屋根の下なんて」
緑の話を聞き、犬飼と猿渡が溜息を漏らす。
「国島先輩……静川会長に、お兄ちゃんって呼ばれてましたよね」
そこで、大鳥が眼鏡を持ち上げながら言う。
「……もしかして、お兄ちゃんとして甘えられたり、一緒にお風呂に入ったり、一緒に添い寝したりしてるんですか?」
シリアスな雰囲気のくせに、質問の内容が間抜け過ぎる。
「してるか、そんなこと」
緑は呆れ気味に返す。
「あのな、鞘さんは立派な大人の女性だ。俺達と歳は変わらないけど、あのしっかりした態度や居住まいでわかるだろ? そんな子どもみたいなこと、するわけないって」
「た、確かに……」
緑がハッキリ言うと、三人組は納得する。
「でも、なんだか夢見ちゃうんですよ、そういうの。夢というか、妄想ですけど」
「静川会長が、もしもオレの妹だったら……きっと、しっかりしろって叱られたり、不甲斐ない兄だって呆れられたりしちゃうんだろうな……」
「それはそれで興奮する」
「いや、大概にしとけよ、お前達。訴えられるぞ」
「お待たせ」
するとそこに、ちょうど鞘が戻ってきた。
両手にアイスコーヒーの入ったプラスチック容器を持って、こちらへやって来る。
「あれ、君達は……」
そして、緑の前に立つ三人組を認識した。
「犬飼君、猿渡君、大鳥君、どうしてここに?」
「な、名前を覚えてもらえていて感激です!」
鞘に名を呼ばれ、三人はシャキッと背筋を伸ばす。
しかし、すぐに――。
「ああ、いえ、せっかくの兄妹水入らずのところを邪魔してすいませんでした!」
「では、我々はこれで!」
「お兄さん、また学校でお話しましょう!」
そう言って、三人は去って行った。
あんな会話をしていたところなので、そこに話題の張本人である鞘が来て、居たたまれなくなったのだろう。
初心というか、何というか……。
「あんなに急いで帰らなくても良いのに……」
そんな三人を見送り、鞘は緑を振り返る。
「なんの話をしてたの?」
「……まぁ、色々だ」
―※―※―※―※―※―※―
あの三人組には、鞘との関係を怪しまれずに済んだ。
緑の語った、普段の鞘の私生活の様子も、問題無く受け入れてくれたようだ。
……まぁ、正直に、真実を話しても、信じられるかはわからない。
「あーん♪」
「………」
その夜、自宅。
リビングのソファにて。
緑の膝の上に座った鞘が、シロップの掛かった苺をフォークに刺し、緑に食べさせている。
「鞘……恥ずかしいよ」
「えへへ、せっかくお母さんがもらってきてくれたんだから、早くいただかないと」
鞘の母がいただきものでもらってきた苺を、食後のデザートに一緒に食べようという話になり――。
色々あって、こうなった。
「これ、福岡県産の高級な苺で、簡単には手に入らないって、インターネットで調べたら出てきたよ」
「桐の箱に入ってたもんな。かなりの高級品なのかも……」
「お兄ちゃん、あーん♪」
「……あーん」
観念して、差し出された苺をパクッと食べる緑。
本日の鞘は、夏祭りに向けて浴衣も買って、とてもテンションが高い様子である。
「あ、お兄ちゃん」
「ん?」
「ほっぺに、シロップがついてる」
言うと同時、鞘が緑の頬に顔を近付け、ペロッ、っとシロップを舐め取る。
「えへへ、甘いね」
「………」
正直に話したところで信じられない……と言うか。
こんな鞘の姿を話してしまえば、とんでもないことになりそうなので、口が裂けても言えない。
そう思う、緑だった。
―※―※―※―※―※―※―※―※―※―※―※―※―※―※―※―※―※―※―
ここまでお読みいただき、誠にありがとうございます。
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