第二十八話 完全無欠の生徒会長とアスレチックプールです


 ――八月、夏休み中の、ある日のこと。


「おお、やっぱり凄い賑わってるな」


 本日、緑達は以前から約束していた通り、郊外海近くのリゾートプールにやって来ていた。


 世間は夏休み中――しかも、天気はこれでもかと言うほどの日本晴れ。


 広大な敷地を誇るプールは、老若男女多くの人で賑わっている。


 水着に着替えた緑は、更衣室外の広場にて、仲間が来るのを待っていた。


 ちなみに、今日一緒に来たメンバーは、緑の他に、鞘、小花、そして鞘の友達女子三名の、合計六人である。


「……これで良かったかな」


 緑は、更衣室外に設置された鏡にて、改めて自分の姿を確認しながら思う。


 上はパーカータイプのラッシュガード。


 下は黒字のサーフパンツ。


 至って普通の、当たり障り無い格好ではあるが……今日、自分以外は皆女子で、しかも鞘はあの水着を着てくるのだ。


 一緒に居て見劣りしないか、恥ずかしくならないか……と、今更ながら思ってしまった。


「あ、国島先輩だ」

「先輩、はやーい」

「お待たせしましたー」


 そこに、聞き慣れた声が聞こえてくる。


 見ると、鞘の友人達三人組が、こちらにやって来る。


 皆、思い思いの水着を纏い、浮き輪やサングラスを装着している者もいる。


 そして――。


「あ、せんぱい……」


 彼女達と共に、小花もやって来た。


 小花は、スポーティーな黒のビキニを着ている。


 布面積は若干小さめだが、ボーイッシュな小花と相俟って、健康的な印象を受ける。


「ど、どうですか? せんぱい」

「え?」


 小花がおずおずと、緑に問い掛けてくる。


「ああ、よく似合ってると思う。小花っぽいな」


 小花はモデル体型なので、こういう水着がよく似合う。


 そう、緑は素直に思った事を口にした。


「……~~~! もう! ジロジロ見過ぎでしょ、せんぱい! スケベ!」


 緑の感想を聞くと、小花は顔を赤らめる。


 そして、照れ笑い混じりに脇腹を小突いてきた。


 どうと聞かれたから見て感想を言ったのに、この返事は理不尽では?


 そう思う緑だった。


 そこで――。


「あ、鞘さーん! こっちこっち!」

「申し訳ない、ちょっと準備に時間が掛かって……」


 その場に、鞘も合流した。


 緑は顔を上げ、鞘の姿を見る。


 こちらへとやって来る鞘は、緑と一緒に選んだ、あの白い水着を着ている。


 上下セパレートタイプの水着で、胸回りと腰回りをオーロラのようなふわふわとした布地で覆う――清楚さと可愛らしさの入り交じった、そんな魅力的な水着姿。


「鞘さんの水着、やばくない?」

「うん、可愛すぎる」


 鞘の友人達も、そう密かに盛り上がっている。


 やはり、緑以外の目から見ても、それで間違いないようだ。


 歩いている彼女の姿に、思わず他の通行人達も目を引かれている。


「モデル?」

「グラビアアイドルの撮影?」

「女神?」

「天使?」


 と、そんな呟きがあちこちから聞こえてきた。


「? どうしたんだ、みんな」

「いや、鞘さん可愛すぎる! 美しすぎるって!」

「もう、みんなの視線集めまくりじゃん!」


 友人達が囃し立てると、鞘は頬を紅潮させ「ほ、褒めすぎだ……」と、恥ずかしがる。


「ちょっとちょっと、せんぱい、大丈夫ですか? 会長」


 そこで、隣の小花が緑に囁く。


「会長、絶対ナンパされちゃったりするでしょ? 絶好のターゲットですよ」

「いや、海ならともかく、プールでナンパとかされるか?」

「でも、ここからは海も近いし、そういうヤカラも多いって聞くね」

「そうなったら、お兄ちゃんがちゃんと守ってあげて下さいね、国島先輩」


 と、鞘の友人達が楽しそうに言う。


 その会話を聞き、カァッと、鞘も一層顔を赤らめた。


「大丈夫ですかー、国島せんぱい。せんぱいみたいな虚弱体質じゃ、オラオラナンパ野郎の相手は荷が重いでしょ?」


 緑の脇腹を小花が小突いてくる。


「まぁ、そんな連中が来たらあたしがガツンと言ってやるんで、ご安心下さいな」

「そりゃ助かるな。でも――」


 そこで、緑は言う。


「変にいざこざを起こすと、お前も危険だろ? 無理せず、そういう時くらい年上の俺に頼ってくれていいぞ?」


 そう言って微笑む緑に、小花は口を紡ぎ、そしてそっぽを向く。


「……せんぱいのくせに……」

「え? 俺今、何か気に障ること言ったか?」

「なんでもないですっ!」

「まぁ、何はともあれ――ここで喋ってても仕方ないし、プール行こう!」

「よっしゃ、しゅっぱーつ!」


 かくして、威勢良く騒ぐ女子達は、プールに向け出発する。


「行こう、国島先輩」


 その後ろから、鞘も緑と一緒に続く。


 そこで……。


「みんな、私のこと見てるって」


 鞘が囁くように、緑に言った。


「ああ、そうだな」

「ふふ……お兄ちゃんに選んでもらった水着、やっぱり好評なんだね。ありがとう、お兄ちゃん」


 そう、鞘は嬉しそうに笑顔を見せる。


「ああ、いや……」


 確かに水着の効果もあるかもしれないが、それ以上に、屋外プールに降臨した鞘という存在が目を集めているのだが。


(……そういうところには、相変わらず無頓着というか、ニブチンだなぁ)


 と、そう思う緑だった。




 ―※―※―※―※―※―※―




「………」


 後ろに、少し遅れて付いてくる緑と鞘。


 そんな二人を、小花は振り返って見ている。


「鞘さんのあの水着って……」

「うん、あの噂通りなら……」


 と、そこで、先を行く三人のヒソヒソ話が聞こえてきた。


「ねぇ、その噂話って何?」

「え? こはく、知らないの?」

「夏休みに入る前、クラスの男子が、国島先輩と鞘さんが一緒に水着のショップで買い物してたところを見たんだって」

「え……ええ!?」


 その話を聞き、驚く小花。


「本当に知らなかったの?」

「ぜ、全然知らなかった……そんな話……」

「だから、今日着てきてるあの水着って、もしかしたら国島先輩が鞘さんのために選んだ水着なんじゃないかって……」


 そう言って、三人は顔を突き合せると「「「きゃー!」」」と盛り上がる。


「……へ、へぇー……ま、まぁ、国島せんぱいにしてはセンスが良いんじゃない? 会長っていうA5ランククラスの素材のお陰かもしれないけど」


 動揺混じりにそう口走る小花に、「なんで牛肉のランク?」と、鞘の友人達は爆笑する。


「……ふぅん」


 ふと、小花は目線を伏せる。


「……もしあたしが、また偶然買い物に遭遇できてたら、水着、選んでもらえたのかな……」


 そんなことを、ボソッと呟いた。




 ―※―※―※―※―※―※―




 かくして、緑達はプールを楽しむ。


 この屋外大型プール施設は、敷地内に色んな種類のプールがあり、一口にプールと言っても多種多様な遊び方が出来る。


 流れるプールに、アスレチックプール。


 噴水プールに、遊具プール。


「わ、わわ!」

「ははっ、大丈夫か?」


 アスレチックプールでは、水の上に作り物の丸太が浮いており、その上を歩いて渡ることが出来る。


 鞘と緑は、一緒にそれに挑戦していた。


「きゃっ!」


 丸太の上で、鞘が脚を滑らせバランスを崩し掛けた。


「おっと!」


 咄嗟、緑が鞘を支える。


「わぷっ」


 鞘の顔が、緑の胸に埋まる。


 更に、体が密着。


 胸が腰が、緑の体に押しつけられる。


 不可抗力の密着状態に、心臓が高鳴る。


 が、それ以上に危ないのは――。


「さ、鞘、ごめん、落ちる」

「え」


 バランスを保ちきれず、緑は鞘と共にプールに落下した。


 ざぱーん、と、水しぶきが上がる。


「あはは、国島先輩、鞘さん、だいじょうぶー?」

「せんぱい、男ならちゃんと会長を支えてあげなさいよ!」


 後続の小花達に言われながら、緑と鞘は水面から顔を上げた。


「すまん、鞘」


 小声で謝る緑だが、対し、鞘は――。


「あははっ!」


 そう、ずぶ濡れになった髪をかき上げ、心からの笑顔を見せる。


「楽しいね、お兄ちゃん」


 そう屈託の無い笑顔を浮かべる鞘に、緑も和やかな気持ちになった。




 ―※―※―※―※―※―※―




「次はどこ行こうかー」


 アスレチックプールを出て、緑達は次の遊び場所を探していた。


「あ、あれ」


 そこで、鞘が足を止める。


 そして頭上を指さした。


 その指の先には――悲鳴が聞こえてくる巨大なパイプの迷路。


 ウォータースライダーだ。


 最大二人組で浮き輪に乗り、滑り落ちるタイプの、かなり長いコースのものだった。


「あれ……楽しそうかな、って」


 期待の籠もった目で、鞘は緑を見詰めている。


(……もしかして、一緒に乗りたい……ってことか?)


 ――この後、ウォータースライダーにてとんでもない目に遭う事を、二人はまだ知らない。




―※―※―※―※―※―※―※―※―※―※―※―※―※―※―※―※―※―※―




 ここまでお読みいただき、誠にありがとうございます。


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