第二十五話 完全無欠の生徒会長と久しぶりの一家団欒
「いやぁ、一学期終わるのも早かったですねー、せんぱいをイジったりせんぱいをディスったり、せんぱいとイチャイチャしてたらあっという間に終わっちゃいましたよー」
「誤解を招くようなことを大声で言うな」
そんな風に適当なことを言ってくる隣席の小花に、緑が苦笑交じりに返す。
今日は、一学期終業式。
遂に長くも短かかった一学期が終わり、明日から夏休みとなる。
長期休暇が始まるのだ。
その為か、教室内のそちらこちらでは、夏休みは何をしようかとか、あそこに旅行に行く予定だとか、そんな話で盛り上がっている。
全体的に、皆テンション高めだ。
無論、それは緑と小花も一緒である。
「で、せんぱいは夏休み中何か予定あるんですか? 何も無いなら、あたしが一緒に遊んであげますけどぉ?」
「遊んであげるって何だよ、それに俺だって予定くらい――」
「小花さん、国島先輩」
そこで、だった。
緑達の席の前に、鞘がやって来た。
「あ、鞘……さん」
先刻の終業式では、登壇し生徒会長からの挨拶を述べていた鞘。
その時の凜々しい姿がまだ残っているため、目前の鞘に今更ながら緊張してしまった。
「ええと、なんですか? 会長」
小花は、鞘に話し掛けられたことに少なからず戸惑っている。
そんな彼女に、鞘もおずおずと、言葉を選ぶように話し掛ける。
「その……小花さんは、兄と随分仲が良く見えるのだけど」
その発言に、緑は少し気が気でなくなる。
先日、鞘は小花に嫉妬し、緑に挑発的なアプローチをしてきた。
あの時は、互いに反省する形で収まったが――その一件がある故に、鞘と小花が向かい合っていると、少しドキドキするのである。
「あー……やっぱ、あれですか、あたしの絡み方って、目に付いちゃいます?」
視線を泳がせ、たじろぐ小花。
どうやら小花は、緑に対する小花の絡み方を見て、鞘が注意しに来たと思っているようだ。
心花自身、自分の行いが見る人によっては不愉快に取られるものだと、理解はしているだろう。
「すいません、ちょっと反省しま……」
「いや、別にダメとは思っていない」
しかしそこで、鞘は小花に微笑を向けた。
「国島先輩は、小花さんの行為に悪い感情は抱いていないと聞いている。むしろ、仲良くしてくれてありがとう。家族としてお礼を言いたい」
ぺこりと頭を下げる鞘。
思い掛けない鞘の言葉に、小花は顔を赤らめ「い、いえ、そんな……」と戸惑う。
「そこで、小花さん。先程、国島先輩を遊びに誘っていたようだけど」
一方、鞘は言葉を続ける。
「実は、私と友人達と、国島先輩で、夏休み中リゾートプールに行く予定を立てているのだけど、小花さんも一緒にどうだろう?」
「え?」
鞘の誘いに、小花は目を丸める。
「い、いいんですか? その、あたしみたいな部外者が、会長達のグループに入っちゃったりして……」
「全然、いいよー」
「別に、こはくとはちょくちょく遊ぶし、仲良いしね」
そう言って、鞘の友人達も乗り気であることを見せる。
「……だ、そうですけど、せんぱい」
そこで、小花はおずおずと、緑を見る。
「俺も構わないぞ。小花と外で遊ぶのは初めてだし、貴重な体験だな」
そう、緑が率直に言うと、小花は頬を朱に染め口を「~」の形にする。
照れているように見える。
「ま、まぁ、別にいいですけど!?」
というわけで、夏休みのプールは小花も参加する事になった。
そこで、緑は、鞘を見る。
(……真面目だな)
きっと、これは鞘なりの気遣いだったのだろう。
鞘自身が、小花に嫉妬し、負の感情に近いものを抱いてしまったという事実を反省し、彼女と交流し、仲良くなり、理解したいと――そう思っているのだ。
彼女らしい誠実さと、優しさが見て取れる思考だった。
「……やっぱり、会長とプールに行くのか、国島先輩……」
すると、そこで。
どこからともなく、そんな声が聞こえてきた。
どうやら、先日鞘と一緒に買い物に行った時、数名の男子生徒達と遭遇してしまったのだが……その件は、既にクラス中に広まってしまっていたようだ。
「会長に、小花さんに、しかも女子ばかりと……」
「国島先輩、羨ましい……」
「妬ましい……」
「うごご……」
……なんだか、一部の男子生徒達の怨念というか恨み声みたいなものが聞こえてきたのだが……。
―※―※―※―※―※―※―
時は過ぎ――夕方。
「では、緑と鞘さんの期末試験お疲れ様会と、久しぶりの一家勢揃いを祝しまして……乾杯!」
「「「かんぱーい」」」
場所は、国島家。
緑の父がビールジョッキを持ち上げ、それに、母――未来さんもビールの注がれたグラスを、緑と鞘はウーロン茶を掲げる。
今日は久しぶりに国島家が揃うということで、皆で食卓を囲うことになったのだ。
卓上に並んだ、揚げ物に天ぷら、中華の大皿料理に、新鮮な野菜のサラダ――豪華で盛大な料理の数々。
用意したのは、緑と鞘である。
「ほとんど家には帰って来れなかったけど、二人ともちゃんと問題無く過ごせていたか?」
ビールをグビグビと飲みながら、父が緑に尋ねる。
「ああ、全く問題無しだ」
ケチャップをかけたフライドポテトを口に運びながら、緑が答える。
「私も、最初はちょっと心配してたのよ。二人とも、年頃の男の子と女の子でしょ? そんな二人が、一つ屋根の下でいきなり一緒に暮らすなんて、トラブルが起きるんじゃないかって」
未来さんは、グラスビールを口に運び一口含むと、微笑みを浮かべる。
「でも、安心したわ。大きな問題も無く過ごせているようで」
「ご心配おかけして、すいません」
緑は、未来さんに頭を下げる。
「俺は以前と変わらず、自由に過ごさせてもらっています。むしろ、鞘さんには勉強を教えてもらったり、助けてもらってばかりです」
「おお、そういえば緑、一学期はかなり成績が上がったそうじゃないか」
「あら、それは良かった」
「本当に、感謝してもしきれません」
緑は言って、隣の鞘を見る。
鞘も、緑に微笑みを返す――。
「……あ」
そこで、だった。
緑の顔を見た鞘が、何かに気付き、クスリと笑った。
その笑みの意味がわからず、「?」を浮かべる緑に対し、鞘は自分の顔の口元に指先を当てる。
「お兄ちゃん、口元にケチャップが付いてる」
「え……」
緑の口の端にケチャップが付いていたのを、鞘が指摘した。
「あ、ああ……」
慌てて、ソレを拭おうとする緑だが――。
「あ、大丈夫だよ」
鞘が先にティッシュを取り、緑の口元を拭った。
「ん……すまん」
「ふふ、お兄ちゃんかわいい」
照れる緑と、そんな緑に屈託無い笑みを向ける鞘。
「………」
「………」
そして、そんな二人のやり取りを、父と母はポカンとした顔で見ていた。
あ、まずい――と、今更ながら緑も鞘も気付く。
そう……今日この家は、二人だけの空間では無いのだ。
「その……随分と仲良くなったんだな」
「お兄ちゃん……って、緑君のこと呼んでるの?」
父も母も、二人のやり取りを見た後、驚き顔でそう尋ねる。
「あ、うん、まぁ……そ、そんなに気にするようなことでもないんじゃないかな!?」
「そ、そう……家族だから、妹として兄と呼ぶのは当然の事であるし!」
緑は視線を逸らし、鞘は顔を赤らめながら、慌てて言葉を連ねていく。
「あ、そうだ、お母さん」
そこで、鞘が話題を変えるように、母に話し掛ける。
「夏休みの真ん中あたりに、友達とプールに行く約束をしたんだ」
「へぇ、珍しい」
その発言に、未来さんは目を丸める。
「鞘、昔から夏休みも勉強や部活で大忙しだったのに。そんな風に遊びに行く約束をするなんて」
嬉しそうに言った後、そこで彼女は思い出したように「あ、でも」と呟く。
「でも、前に買った水着って確か中学生の時のでしょ? 新しいのは大丈夫?」
「うん、お兄ちゃんと一緒に買いに行ったから」
その質問に、鞘は嬉しそうに答えた。
再び、父と母は言葉を失う。
「水着を、買いに行ったのか? 鞘さんと?」
「あ、ああ、まぁ……俺は買ってないけど」
「緑君と一緒に? 友達じゃなくて?」
「あ……う、うん、そう」
両親は、改めて顔を見合わせる。
「本当に……しばらく会わない内に二人とも、随分親交を深めたんだな」
「ま、まぁ、兄妹として、な」
「うん、あくまでも、兄妹として、ね……」
父と母の驚嘆の視線を受け、緑と鞘は、誤魔化すように顔を逸らしたのだった。
―※―※―※―※―※―※―
――そして、夜。
国島家の電気が消える。
宴会も終わり、就寝の時間となった。
「ふあぁ……」
自室で寝る準備に入っていた緑。
欠伸を発し、ベッドに横になろうとしたところで――。
「お兄ちゃん」
そこに、鞘がやって来る。
夏用の薄い生地のパジャマを纏い、少し濡れた髪を下ろしている。
「哲平さんと、お母さんに……凄く、驚かれちゃったね」
「ああ、なんだか怪しまれてたような気もしたな」
嘆息混じりにそう言う緑。
鞘も、困ったように眉尻を落とす。
「……でもね、お母さん、喜んでくれてたよ」
しかし、そこで。
「私が、なんだか今までと違うって、変わったって」
鞘は感じ入るように、目を細める。
「『いつも気を張って、優等生であろうとしてた鞘が、なんだか年相応の女の子になったみたい』『仲の良い友達と遊んだり、そういうの、初めてでしょ?』『なんだか、お母さん嬉しいな』……って」
「そうか……」
その言葉に、緑も少し心がじんわりした。
「うんしょ……」
すると。
鞘が、緑のベッドに腰掛けていた。
「お兄ちゃん」
そして、緑の右手に自身の手を伸ばし、掴むと、手を引く。
「あ――」
鞘に引っ張られ、緑もベッドに腰掛ける。
鞘と、隣同士。
そして――。
「ん……」
鞘が緑の頬に唇を近付け、キスをした。
「………」
「ありがとう、お兄ちゃん。私が変われたのは、お兄ちゃんのお陰だよ」
緑の首筋に、鞘は顔を埋める。
彼女の髪が、旋毛が、鼻先に触れる。
甘い匂いが、鼻腔に満ちた。
「楽しい夏休みにしようね」
「………」
そう言うと、鞘は立ち上がり、「おやすみ」と、緑の部屋から去って行った。
「鞘……まったく、こんなところ、父さん達に見られでもしたらどうするんだ」
呆れたように呟いた、そんな言葉とは裏腹に。
緑の心臓は、ドキドキと早鐘を打っていた。
―※―※―※―※―※―※―※―※―※―※―※―※―※―※―※―※―※―※―
ここまでお読みいただき、誠にありがとうございます。
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