第二十四話 完全無欠の生徒会長の嫉妬part2


「やったー! 7位!」

「……9位か」


 廊下に、一学期期末試験の結果が張り出されている。


 例によって鞘は学年1位。


 そして、緑は今回も9位だった。


「あれ~、あれあれあれ~、国島せんぱい、どうしたんですかー? 今回は調子悪かったんですかー?」


 そして、緑の隣に立つ小花は、今回順位を上げて7位。


 緑の順位を上回ったためか、かなりハイテンションである。


「いやー、7位ですよ、7位。7位取っちゃいました。9位のせんぱいよりも二つも順位が上ですからね! 困っちゃったなー、7位!」

「随分と嬉しそうだな」


 上機嫌で7位7位と繰り返す小花に、緑が言う。


「えー、別にー、嬉しくなんてないですけどー。まぁ、それなりに頑張ったので当然というか」

「確かに、今回は大分頑張ったみたいだな」


 期末試験前の期間、小花が勉強に集中している姿をよく見掛けた。


 休憩時間も教科書を開いており、緑に絡んでくる事も少なくなっていた。


「すごいじゃないか」


 緑は、そう小花を素直に称える。


 いつもはウザ絡みの多い生意気な後輩だが、不真面目で適当な人間では無いと、緑は思っている。


 普段、家で鞘に向けるような、優しい笑みを浮かべる。


「……うぅ~~~」


 すると小花は、頬を赤く染めて、口を「~」の形にする。


 そして、むず痒そうに喉の奥で唸り声を発した。


「な、なんですかー! せんぱいのくせに、上から目線で! なんですかなんですか、もー!」


 そう言って、緑の肩をペチペチと叩いてくる。


「このこのこのー!」


 更に、髪をクシャクシャしてくる。


「あーもー、ここ廊下だぞ? 暴れるなって」

「せんぱいが悪いんでしょー!」

「俺が悪いのか?」


 そんな感じで、廊下ではしゃぐ緑と小花。


「………」


 その時、その光景を、少し離れた場所で――鞘が静かに見詰めていた。




 ―※―※―※―※―※―※―




「おに……国島先輩、ちょっといいかな?」


 休憩時間中のことだった。


 鞘が緑の席の前までやって来ると、そう言った。


「え?」


 鞘は、なんだか、そわそわというか、少し普通ではない様子だった。


「別に、大丈夫だけど……」

「ちょっとだけ、すぐに終わるから……」


 そう言って、鞘が教室を出て行く。


「えと……なんですかね?」


 隣席の小花も、少し心配そうだ。


「さぁ……わからないが、とりあえず行ってくる」


 緑は慌てて鞘の後を追う。


 鞘は、人気の無い廊下の角で待っていた。


「どうした? 鞘」

「……お兄ちゃん」


 小声で、鞘が囁く。


 どこか、緑を心配しているようだ。


「前から、ちょっと気になっていたのだけど……お兄ちゃん、小花さんにいじめられてる?」


 おずおずと、鞘はそう言った。


「小花に?」

「小花さんとお兄ちゃんが、仲が良いのはわかってる。けど、時々、その……ちょっと行き過ぎた発言や、コミュニケーションが多いというか……」

「ああ……」


 小花はよく緑にちょっかいを出してくるし、肩を叩いたり頭に触ったりしてくる。


 別に暴力や暴言を向けられている……とは、思わないが……鞘のような人間からすれば、そう見えるのかもしれない。


「相手は女の子だし、お兄ちゃんは優しいから……もし迷惑なら、私が言う」


 そう言って、鞘は緑をジッと見詰める。


 正義感と誠実さ、何より家族のことゆえ、彼女も真剣に考えてくれたのだろう。


「大丈夫だ、鞘」


 そんな彼女に、緑は微笑みを浮かべて説明する。


「あいつは、確かに俺に対してちょっと行き過ぎた言動も多いが、それでも悪い奴じゃないんだ。俺があのクラスの一員になった頃、留年っていう事情もあって教室で浮いてた俺に、あいつは自分から絡んできてくれたんだ。その時から、今みたいな感じだった」


 最初は鬱陶しいとも思ったが、それでも、それが彼女の思い遣りであるということにもすぐに気付いた。


「変に気を使わず、むしろイジってきたのも、俺を腫れ物にしないためのあいつなりの気遣いなんだ。それに、あいつ成績がいいだろ? 今回なんて、学年7位だ。あいつが勉強を頑張ってたのは、俺も知ってる。だから、本質は優しくて真面目で良い奴だって、俺は思ってるよ」

「……そう、か」


 その話を聞き、鞘は頷く。


「わかった、私の言ったことは忘れて欲しい」

「ああ」


 そこで、緑は鞘の頭に手を置く。


「!」


 突然の行為に、鞘も驚いた様子だ。


「鞘も、ありがとうな、俺を気遣ってくれて」

「………」


 鞘は黙って、照れたように頬を染め俯いていた。




 ―※―※―※―※―※―※―




「……なんですか、もう」


 緑と鞘が話している廊下の角から、少し離れた場所に隠れ。


 小花は、二人の会話を盗み聞きしていた。


 鞘が緑を呼び出した後、どうしても気になって後を追い掛けて来てしまったのだ。


 そこで聞こえてきたのは、小花の緑に対しての言動は、些か行き過ぎていないかという――至極真っ当な鞘の主張だった。


 確かに――と、自覚している部分もあった小花は、そこで少し後ろめたい気持ちになった。


 しかし、その後聞こえてきた緑の返答に、心をざわつかされた。


 小花のことを見抜いて、遠慮無い言葉を浴びせてくるのは気遣いゆえだと、本質は真面目だと、優しい奴だと、そう言ってくれる緑。


「……全部バレてるじゃないですか、恥ずかしいな」


 頬を染め、小花は小さく呟く。


「……優しいのはせんぱいの方でしょ」


 両手で頬を押さえ、ぶつぶつと呟く。


 そして、二人が戻ってくる前に退散せねば――と、急いで教室の方へ帰って行った。




 ―※―※―※―※―※―※―




 小花の緑に対する行為を、行き過ぎではないかと心配してくれた鞘。


 けれど、小花もまた、緑のことを気遣ってくれているのだ――と、そう思っている緑は、彼女を庇った。


 それで、鞘も納得してくれた。


 事態は、一件落着した――と思っていた。


 しかし、その日の夜――。


「……ええと、鞘さん?」

「………」


 自宅にて。


 ソファの上――横たわった緑の上に、鞘が乗っている。


 無言で、ちょっと頬を膨らませて。


 ぎゅうっと、緑の体に腕を回し、強く抱きついている。


「お兄ちゃん……小花さんと仲が良いとは思ってたけど……小花さんのこと、凄く考えてるんだね」

「え、あ……」


 おそらく、今日、鞘に小花のことを語った件を言っているのだろう。


 確かに、ちょっと褒めすぎたかもしれない。


「ああ、まぁ、気の置けない間柄……くらいには思ってるというか、実際そうなってるというか」

「……むー」


 鞘が、緑の首に顔を寄せる。


「……いいな」


 そして、首筋に唇をつける。


「いい……って」

「……小花さん、羨ましい」


 首に唇を付けたまま喋るので、鞘の声と吐息が肌を震わせる。


 ぞわぞわとする。


 どうやら……緑と小花の仲が良い事に、鞘は嫉妬(?)した様子だ。


「今日も、廊下でテスト結果のことで話してるところを見たけど……なんだか、小花さんの方が、お兄ちゃんの妹みたいだった」

「そ、そうか? まぁ、確かに、妹っぽいところもあるかもな、あいつ」


 いつもと違う――いや、もしかしたら初めて見るかもしれない様子の鞘に、動揺しながらそう返す緑。


「……お兄ちゃん」


 ずいっと、鞘が更に深く顔を埋める。


 緑の首を通り越し、頭の後ろ。


 うなじの辺りに、唇をつける。


「さ、鞘?」

「………」


 瞬間、うなじに甘いしびれが走った。


 甘噛みされた――と、理解した時には手遅れだった。


「鞘、今の……結構強く吸ったよな」

「うん……痕、残ってる」


 自分で確認することはできないが、うなじにキスマークが残っていることだろう。


 その痕が付いたであろう部分を、鞘が指でなぞる。


「鞘、それはちょっと悪戯でもやり過ぎだぞ」

「……ごめんなさい」


 言いながら、鞘は自分の頭を緑に向ける。


 間近に迫った黒髪から、シャンプーと彼女自身の混ざった、甘い匂いがする。


 髪を掻き上げ、鞘はうなじを見せる。


「私にも……仕返し、していいよ」

「………」


 少し我が儘になった鞘。


 いつもの彼女らしくない、ちょっと反発的な態度。


 その挑発行為に、緑の中の男の部分が乗ってしまった。


 緑は、鞘のうなじに口を付ける。


 そして、皮膚だけでなく、その部分の肉を食むように、口に力を込めた。


「あっ……」


 鞘の喉から、かすれた声が発せられる。


 きっと、思っていた以上に強い力で吸われ、思わず声が出てしまったのだろう。


「……ダメだぞ、鞘」


 緑が口を離し、鞘の頭に手を置く。


 鞘はハッとしたような表情になる。


 緑の言葉を理解し、自身の感情を理解したのだろう。


「……ごめんなさい」と、彼女は呟いた。


 どうやら、本気で反省したようだ。


「ごめんね、お兄ちゃん……私、小花さんに嫉妬したんだと思う。だから、小花さんみたいに積極的に出来たらって思って、こんな……」


 そう正直に言う鞘に、これ以上は怒れない。


 緑は鞘の頭に乗せた手を、優しく動かし、撫でる。


 喧嘩――というほどのものではなかったが、とりあえず仲直りできた形だ。


 ……ただ。


「お兄ちゃん、うなじの痕……」

「ああ……鞘も」


 お互いに付けあったキスマーク。


 想像以上に色濃く、痕が残ってしまっている。


 共に髪で隠れる位置でまだ助かったが、これは軽い気持ちでやってはいけないやつだった。


「ちょっと、反省するか。俺も反省する」

「……うん、ごめんなさい」


 恥ずかしがりながらも、互いに頭を下げ合う緑と鞘だった。




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 ここまでお読みいただき、誠にありがとうございます。


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