第二十三話 完全無欠の生徒会長と水着


「ああー、やっと期末試験終わったー」

「ふふ……お疲れ様」


 大声で叫び机の上に突っ伏す緑と、向かいの席で、そんな彼の姿に微笑を浮かべる鞘。


 夜――国島家。


 本日、一学期の期末試験期間が終わり、明日は休日。


 開放感から、緑はテンションが上がりそんなアクションをしてしまっていた。


「色々あったけど、もう一学期も終わりか」

「うん、もうすぐ夏休みだ」


 夕餉後の一服の時間。


 コーヒーカップを口元に運びながら、鞘が言う。


 そう――この一学期は、色々なことがあった。


 留年し、年下の同級生達と過ごす形となった高校生活。


 親が再婚し、一生接することもないだろうと思っていた完全無欠の生徒会長――静川鞘と家族になった。


 そして自分が留年になる切っ掛けとなった事件に、彼女が絡んでいたこと。


 彼女の抱える苦しみと葛藤。


 心の支えになったこと。


 クラスメイト達への関係性の告白と、その結果変化した皆の中での緑の印象。


 ……思い返せば、本当に数ヶ月間の出来事だったのかと思えるほど、濃密だ。


「鞘は、夏休み中も大変だろうけど、頑張れよ。何か困ったことがあったら、手伝うから」

「うん、ありがとう」


 そこで鞘が、「そうだ」と、何かを思い出したように顔を上げる。


「お兄ちゃん、プールの件だけど」

「ああ」


 そう、夏休み中盤頃。


 鞘の予定も一段落するタイミングで、鞘の友達に誘われ、プールに行く約束をしたのだった。


 海近くの郊外にある、大型の屋外プール施設だ。


「楽しみだな」

「うん……でね、その、プールで着る水着なのだけど……」


 そこで、鞘がもじもじと、恥ずかしそうに指先を重ね合わせている。


「お兄ちゃんに……私の水着を、見て欲しいんだけど」

「え? 水着?」


 チラッと、鞘の視線が持ち上げられ、緑を見詰める。


「うん……今持ってる水着が一着しかないのだけど、結構前に買ったものだから、サイズや見た目がおかしくないか、今の私に合ってるかどうか……」

「ああ……なるほど」


 まぁ、仲の良い友達と遊びに行くのだ。


 適当な格好など当然できないし、気にするのは当たり前か。


「別に、俺で良ければ大丈夫だけど」

「じゃ、じゃあ、準備してくるね」

「え、いきなり?」


 言うが早いか、パタパタと二階の自室に向かう鞘。


 着替え終わったら戻ってくるようだ。


 緑はリビングの椅子に腰掛けたまま、鞘の着替えを待つ。


「しかし……」


 水着か……。


 よくよく考えれば、あの静川鞘の水着姿である。


 ほとんどの人間が見たことも無いだろうし、数多くの人間が見たいだろうし、願わくば写真に収めたいだろうし、多少高額でも言い値で買い取りたいはずだ。


 そんな姿をこれから見るのかと思えば、当然ドキドキしてしまう。


「……いやいや、あくまでもおかしくないかの審査。鞘が恥をかかないように、ちゃんと合ってるか、真剣に見てあげないとな」


 一瞬煩悩に流されそうになったが、緑は頬を叩いて自分を律する。


 そしてしばらく、鞘が戻ってくるのを待っていると――。


「……お兄ちゃん」


 リビングのドアが開き、鞘が帰って来た。


 その体にはタオルが巻かれ、隠し切れていないスラリとした生足が、惜しげも無く露わとなっている。


 着替えは終わったようだ。


 どこか顔を上気させ、鞘は緊張と恥ずかしさの入り交じった表情を浮かべている。


 まぁ、男に水着姿を見せるのだから、仕方がないだろう。


「じゃあ……お願いします」

「ああ」


 鞘がタオルを外す。


 両手でタオルが広げられ、その下から、水着を纏った彼女の体が現れた。


「―――」


 瞬間、緑は目を見開いて硬直してしまった。


 スタイルが良く、均整の取れた鞘の体。


 その体を覆うのは、明るいグリーン色でシンプルなデザインの、ワンピースタイプの水着だった。


「さ、鞘……」


 緑が絶句した理由は、彼女のモデルやグラビアアイドル顔負けの肉体美を前に言葉を失ってしまった――というだけではない。


 鞘の着ている水着は、明らかにサイズが小さいのだ。


 薄地の生地が体に張り付き、肩の部分など食い込んでいる。


 何より、収まりきっていない胸やお尻の肉が、布の端からこぼれてしまっている。


「ど、どうかな?」

「その水着は危険だッッッ!」


 思わず、緑が大声で叫ぶ。


 あまりにも無防備……否、刺激が強すぎる、否、マニアック過ぎる。


 雄叫びを上げる緑に、鞘も目を丸めて驚く。


「鞘! その水着を買ったのはいつだ!?」

「え、ええと、中学二年生の時で……だから少しきついけれど、着れない程では無いとも言えて……」


 あわあわと説明を開始する鞘に対し、緑は頭を抱える。


 中学二年生の時の水着。


 それでは、サイズが合わないのも当然だ。


「鞘……ハッキリ言って、その水着じゃサイズも合っていないし、ちょっと見た目も子どもっぽすぎる。新しいのに買い替えた方が良い。いや、替えるべきだ」


 緑が言うと、鞘は「や、やっぱり……」と、一層顔を真っ赤にして、慌ててタオルで体を覆う。


「ちょうど明日から休日だし、友達と選びに行ってもいいんじゃないか?」

「うん……」


 提案する緑に、鞘は頷く。


「あ、でも……」


 しかし、そこで言葉を止める。


「私は……その、お兄ちゃんに選んで欲しい」

「俺に?」


 鞘からの提案に、緑は驚く。


「いや、俺も女子の水着のことはよくわからないし。この前の服選びとは、またちょっと勝手が違うんじゃ無いか?」

「でも、前に選んでもらった服は凄く良かった。私、お兄ちゃんが選んでくれる服が好きなのかもしれない。センスが合うのかも」


 と、鞘は言う。


「だから、今回も……」


 視線を泳がせながら、しかし時に緑をしっかりと見て、鞘は懇願する。


 どうやら、どうしても彼女は、緑の選ぶ水着を着たいらしい。


「……仕方ないな」


 自信は無いが、こうせがまれては断れない。


「じゃあ明日、またあの百貨店にでも行くか」

「うん、ありがとう、お兄ちゃん」


 とても嬉しそうに、鞘は笑う。


 というわけで明日、緑と鞘は、今度は水着を一緒に買いに行くことになった。


「あ」


 そこで、鞘が手を滑らせ、タオルが床に落ちる。


 再び、危険な水着姿が目の当たりになった。


 惜しげも無く露わとなった谷間や、両脇からはみ出した胸、食い込んだ鼠径部――。


 緑はすぐさま顔を覆う。


 こんな姿の彼女を前にしては、正気を保てない。


「鞘、早く着替えてこよう。あと、その水着は封印しよう」

「う、うん……ごめんなさい」




 ―※―※―※―※―※―※―




 というわけで、翌日。


 緑と鞘は、以前服を買いに来た百貨店へと再び訪れていた。


 ちなみに、今日鞘が着てきている服は、あの日購入した白いワンピースだ。


 せっかくだから――と、出発の前、その服を着飾る鞘は、どこか自慢げな表情をしていた。


 さて、百貨店の中に入る。


 ファッションフロアは、すっかり夏の仕様となっていた。


 おかげで、水着を取り扱っている店はすぐに見付かった。


「どれにしよう……」

「うーん……」


 店内を回り、目に付いた水着を何着か体に当てるなどしてみる。


 しかし、緑も鞘も、女性用の水着の選び方がわからない。


 緑は当然、鞘もあまり水着を購入する機会がなかったから、仕方がない(最後に買ったのも中学二年生だし)。


「鞘、やっぱりここはプロに任せるのが一番だ。店員さんに見てもらおう」

「そ、そうだね」


 水着はデリケートな衣服だ。


 素肌が人目に触れる、海やプールで着る事になる。


 緑が良いと言って選んだものが、結果として体格に合わなかったり、必要な常識を取りこぼしていたり、鞘に迷惑を掛けてしまっては元も子もない。


「じゃあ、私と店員の方でいくつか選んだものの中から、お兄ちゃんが一番似合ってると思うものを選んで」

「ああ」


 というわけで、店員を呼び、鞘と一緒に水着選びを手伝ってもらうことになった。


「いいカレシさんですね。水着選びはちゃんとしないと、色々問題がありますから。適当にせず、ちゃんとカノジョさんのことを第一に考えてくれてるんですね」


 そう店員の人に言われ、「あ、いえ、カレシではないです……」と、困惑しながら訂正する鞘。


 二人は試着室へ向かっていった。


 その間、緑は待つことに。


 そして、しばらくして――。


「お兄さーん、準備できましたー」


 緑は店員に呼ばれる。


「ご兄妹だったんですね、仲が良くて羨ましいですー」

「ははっ……」


 そんな会話を交えながら、緑達は試着室へ。


「一応、妹さんと選んでいくつか候補は決まりましたので、後はお二人で決めて下さい」

「はい、ありがとうございます」


 試着ボックスの前まで緑を連れてくると、店員は「ではー」と去って行く。


「あ、お兄ちゃん?」


 カーテンの向こうから、鞘の声が聞こえた。


「ああ、俺だ」

「じゃ、じゃあ、今ちょうど着てるんだけど、これなんてどうかな?」


 カーテンを開け、鞘が一着目の水着姿を見せる。


 白い肩出しタイプの水着だ。


 セパレート式の上下に分かれたもので、胸元と腰回りがふわふわしたフリルで覆われている。


 清楚な中に可愛らしさもある、そんな彼女の本質がそのまま表されたような、そんな水着だ。


「………」


 初っ端だが、いきなりとても似合うと思ってしまった。


「お兄ちゃん、も、もしかして変?」

「いや、逆……凄く似合ってる」


 そう言うと、鞘は驚いたような顔になり、徐々に「え、えへへ……」と、照れ笑いを浮かべた。


 その後も何着か着替えたが、緑的には、やはり最初のセパレートタイプの水着が一番だった。


「じゃあ、これにする」


 そう言うと、鞘も喜んでそれを選んだ。


 というわけで、少し時間は掛かったが鞘の新しい水着選びは無事完了。


「プール、楽しみだね」

「ああ」


 店を出て、二人はそんな話を交わしながらフロアを歩いていく。


 そこで、だった。


 目前から、数名の男子の集団がこちらに歩いてくる。


 緑はチラリと、その集団を見る。


(……どこかで見た顔だな?)


 そう思ったが、すぐに思い出せない。


 しかし、擦れ違う瞬間、気付く。


 彼等は、同じクラスの男子生徒達だった。


 普段は制服姿しか見ていないので、私服姿が珍しく、すぐに気付けなかった。


 そして、それは向こうも同様。


「え……今のって」


 相手側の男子達も、擦れ違った後、緑達のことに気付いたようだ。


「会長と……国島先輩?」


 後ろの方から、おそらくこちらを振り返って再確認したのだろう。


 彼等の話し声が聞こえてくる。


「水着の店から出てきたぞ……」

「一緒に、水着を買いに来た?」

「え、家族だよね?」

「兄妹だよね?」

「いや、まぁ、何もおかしくはないんだけど……」

「いいなぁ」

「羨ましすぎる」

「水着デート」

「デート」


 後半は、遠くに行ってしまってほとんど聞き取れなかったが、そんな会話が聞こえた。


「見られちゃった……な」

「……うん」


 隣を見ると、鞘も顔を朱に染めている。


 なんだろう……。


 別に悪いことをしているわけでは無いし、気にすることでは無いのかもしれないが……。


 なんだか、恥ずかしかった。




―※―※―※―※―※―※―※―※―※―※―※―※―※―※―※―※―※―※―




 ここまでお読みいただき、誠にありがとうございます。


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