第二十話 完全無欠の生徒会長とケーキ作り


「よし、材料はこんなところか」

「では、本日はよろしくお願いします、お兄ちゃん」


 ――今日は祝日。


 場所は、国島家のキッチン。


 この日、緑は以前から鞘と約束していた、ある事を始めようとしていた。


 二人の目前に用意された、卵やバター、強力粉に薄力粉、泡立て器――。


 正に、お菓子作りのための道具の数々。


 そう――ケーキ作りである。


 以前、鞘が緑から料理を教わっている中で、緑がスイーツの調理に関しても知識があると知ったのだ。


 そこで、緑は鞘からケーキ作りを学びたいとお願いされた。


 なんでも、鞘は、ケーキを始め、あまりお菓子作りの経験が無いのだという。


 女の子なら、子どもの頃とかに母親や友達とやってても珍しくないのでは……と思ったが、鞘の母親の未来さんは多忙の身だ。


「それに、女友達からはお菓子作りに誘われる事は無くて……むしろ、ケーキやチョコを、よくバレンタインやプレゼントにもらったりする事の方が多かった」

(……まぁ、想像は出来る)


 普段のキリッとした、かっこいい鞘の姿を思い出せば、そうなっても仕方がないとは思う。


 女子にもモテた事だろう。


 何はともあれ――。


「よし、オーブンも温まってきたし、そろそろ始めるか」

「うん」


 緑と鞘は、ケーキ作りを開始する。


「まずは、生地から作っていこう」


 そう言うと、緑はボウルに卵黄と砂糖を入れ、泡立て器で混ぜ合わせていく。


「お兄ちゃん、これでいい?」

「ああ、問題無い」


 そこに、鞘が用意していた、湯煎に掛けた水とバターを入れ、更に混ぜ合わる。


「よし、じゃあ次は、粉系だな」

「はい」


 一通り混ぜ終わったところで、緑は鞘に指示をする。


 強力粉等の粉を入れ、緑に手際を教わりながら、鞘が混ぜる。


「そうそう、上手いぞ」

「本当? えへへ」


 そうやって鞘に生地を作ってもらっている一方で、緑は別の作業を進める。


 卵白と塩等を混ぜ、ハンドミキサーで掻き混ぜる。


 メレンゲだ。


「よし、できた。鞘、そっちは?」

「うん、どうだろう?」


 鞘の混ぜ合わせた生地を確認する。


 問題無い。


 緑は、手元のメレンゲと鞘の作った生地を、徐々に混ぜ合わせていく。


「よし」


 やがて、ふんわりとツヤのある綺麗な生地が出来上がった。


 緑は、それをケーキの型に流し込む。


 そして、オーブンで焼き――30分後。


「出来た」

「わぁ……」


 オーブンから出したケーキを、熱に注意しながら大皿に乗せる。


「すごい……本当に、お店で売っていそうなシフォンケーキだ」


 出来上がったふわふわの茶色いケーキ……シフォンケーキを、鞘はキラキラとした目で見詰める。


 感動してくれて何よりだ――と、緑は思う。


「鞘、まだ終わりじゃ無いぞ」

「うん」


 そう、ここからが一番楽しい作業――盛り付けの開始だ。


 ケーキを冷ましている間に、緑は、鞘と一緒にデコレーションのための具材を用意。


 そして、準備を開始する――。




 ―※―※―※―※―※―※―




 ――数十分後。


「できた!」


 緑と鞘の目前――遂に、ケーキが完成した。


 丸い山のような形で、真っ白なクリームで覆われた外見。


 一見、シンプルな見た目だ。


 だが……このケーキには、ある仕掛けが施されているのだ。


「よし、じゃあ、切るぞ」


 そう言って、緑が包丁を入れる。


 すると、切り分けられたケーキの内部から、色とりどりのマーブルチョコやグミ、ナッツ、フルーツが溢れてくる。


 そう――シフォンケーキの真ん中の空洞に、様々なお菓子を詰め込み、ナイフを入れるとその中身が零れ出す――。


 いわゆる、ピニャータケーキ。


 または、ギミックケーキと呼ばれるものだ。


「わぁ、凄い! かわいい!」


 まるでお菓子のクス玉。


 お皿の上に広がったメルヘンチックな光景に、鞘も大喜びだ。


「お兄ちゃん、写真を撮ってもいい?」

「ああ」


 早速、スマホで写真撮影をする。


「みんなにも見てもらおう」


 楽しそうに笑いながら、鞘は友達へと写真を送っているようだ。


(……この一件でまたイジられそうだな)


 緑は内心で思った。


「じゃあ、早速食べるか」

「うん」


 テーブルに着き、ケーキを切りわける。


 そして、一緒に食べる。


「おいしい……」


 一口食べると、鞘は目を丸くし、感動したように感嘆の籠もった声を漏らす。


「お兄ちゃん、凄い。スイーツ作りもできるなんて」

「鞘も、初めてにしては良く出来てたぞ」

「えへへ……今度は、私がお兄ちゃんにお菓子を作ってご馳走する」


 そう、子どものように無邪気な笑みを湛える鞘。


 目前の彼女に、素直に可愛いという感情が芽生える。


「あ、鞘」


 そこで、緑は気付く。


 鞘の頬に、クリームがついている。


「ほっぺにクリームが付いてるぞ」


 それこそ、年下の妹に言うように、緑は優しく指摘する。


 そう言われ「あ……」と気付き、頬を染める鞘。


 慌てて、クリームを拭おうとして……。


「………」


 そして、手を止めた。


「鞘?」


 そこで、鞘がジッと緑に視線を向ける。


 まるで、何か言いたいことがあるような……。


「どうした? 鞘」

「……あの、その」


 おずおずと言葉に詰まりながら、鞘は言う。


「この前、また、キスしても良いかって、聞いた……けど」

「………」 


 先日。


 緑が寝ている間に、鞘が緑の頬にキスをしたということを告白された。


 あくまでも親愛のキス。


 家族としての行為。


 それなら問題無い、またしてくれても大丈夫だと、緑は彼女に許可したのだ。


「ああ、言った、けど……」

「あ、あのね」


 恐る恐る、という風に、鞘は唇を震わせる。


「……逆に、お兄ちゃんにキスして欲しい……ってお願いしても、良い、かな?」

「え……」


 鞘は、自身の頬を指さす。


 白いクリームが残った、頬。


「親愛のキスなら……家族なら、普通だから。お兄ちゃんが私にしてくれても……へ、変じゃない……」

「それは、そうかもだけど……」

「べ、別にそれ以上の他意は無いから! たまたま、この前観た映画のワンシーンで、カップルがほっぺについたクリームをキスして舐め取ってるシーンがあって、それを思い出したとか、そうじゃないから!」


 あわあわと言い訳を始める鞘。


 しかし、残念。


 思考を全部口に出してしまっている。


「あっ……うぅ」


 自分が、自身の思惑を全て口走ってしまった事に気付き、鞘は恥ずかしさのあまり背中を丸める。


 緑への欲求が絡むと、相変わらずのポンコツぶり。


 その姿を見て、緑はクスリと笑う。


「わかった、あくまでも、家族としてのキスだもんな」


 言うと、緑は椅子から立ち上がり、鞘の横に向かう。


 膝を床に落とし、鞘の横顔を見る。


「………」


 朱に染まった耳、頬、首筋。


 緊張し、伏し目がちになった双眸。


 長い羽のような睫が、震えている。


 それは、彼女の唇も……。


(……あくまでも家族として、家族として……)


 そんな姿を見ていたら、軽い気持ちで立ち上がった事を後悔しかけた。


 先刻、鞘のあどけない様子を見てリラックした気持ちが、再度昂ぶり始める。


「じゃ、じゃあ、いくぞ」


 緑が言うと、鞘は緊張したように目を瞑る。


(……キス)


 女性にキスするなんて、緑も初めてだ。


 正しいやり方なんてわからない。


 料理と違って、練習だってしたこともないし……。


(……って、戸惑ってても仕方がない)


 意を決すると、緑はゆっくり顔を近付け、鞘の頬に口付けをする。


 ふわり、と、自身の口が、柔らかく吸い付くような肌に触れる感覚。


 鼻腔を甘い匂いが満たし、鞘が喉の奥で発した「ん……」というか細い声まで聞こえる。


 唇を離した後も、残るしっとりとした熱と湿気。


(……甘い)


 唇に触れたクリームが舌に乗り、緑はそう思った。


 目前には、顔を真っ赤に染めて潤んだ瞳を伏せる鞘の姿が。


 ゾクリと、妙な気分を覚える。


「あ、ありがとう……」

「いや、どういたしまして」

「………」

「………」

「ケーキ、食べるか」

「う、うん」


 その後も、何ともふわふわした、恥ずかしさと高揚感の混ざった空気が、二人を包み込み続けたのだった。




―※―※―※―※―※―※―※―※―※―※―※―※―※―※―※―※―※―※―




 ここまでお読みいただき、誠にありがとうございます。


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