第十九話 完全無欠の生徒会長がツンツン
――ある日の朝。
本日は、鞘は部活の朝練もあり早くに家を出た。
緑は一人で登校し、教室にやって来たところだった。
「あ、先輩、おはようございます」
「国島先輩、おはよー」
クラスメイト達と挨拶をする緑。
ここ数日で、以前までの空気が嘘のように、すっかり彼等彼女等とも馴染んでしまった。
やはり、鞘との関係が暴露された日(通称『お兄ちゃん事変』)以来、緑の学校での印象は良い方向に変わってきているようである。
「あ、小花、おはよう」
「……おはようございます」
自席に着くと、緑は隣の小花にも挨拶をする。
すると、小花はどこか低い声で返事を返してきた。
「ん?」と思い、緑は視線を小花に向ける。
すると、小花の方は慌てて緑から目を逸らした。
「どうした? 小花」
「……え? なんですか、せんぱい。何か用ですか?」
素っ気ない態度で、小花は言う。
しかし、何かを期待するように、チラチラと緑を見てくる。
「いや、様子がおかしいと思って」
「そうですか? いつも通りですけど。せんぱいの目が腐ってるんじゃないですか?」
「ああ、いつも通りだな。俺の間違いだったようだ」
普段通りの彼女の態度に、緑は素直に返して席へと座る。
「……いや、いやいやいやいや、せんぱい!?」
そんな緑の反応に、小花は堪え切れず立ち上がった。
「なんで気付かないんですか!? 普通気付くでしょ! ドンカン野郎なんですか!?」
「いや、だから、気付いたけど、やっぱり普段のお前と変わらないから、勘違いだったって……」
「勘違いじゃないです! あたしを見て、何か思いませんか!?」
そう詰め寄ってくる小花に、緑は「え?」と思いながら見返す。
小花は、顔を少し斜めに傾けながら、緑の反応を待つ。
「……あ、その髪留め」
そこで、緑は気付いた。
小花の左耳の上の髪留め。
白銀色の、花の形を象った髪留め。
先日、偶然アパレルショップで出会った彼女が購入していたものだ。
「ああ、その髪留め付けてきたのか。似合ってるぞ」
緑がそう言うと、そっぽを向いていた小花が、ぱぁっと顔を輝かせた。
「や、やっと気付きましたか! もう、ドンカン! ドンカンマン過ぎますって、普通一瞬で気付きませんか!? 先輩がおすすめしたんじゃないですか、これ!」
一転してハイテンションになった小花が、上機嫌に捲し立てる。
「急に元気になったな……まぁ、似合うとは思ったけど別におすすめしたわけじゃ――」
そこで、教室の扉が開く。
鞘が入ってきた。
「おはよう」と、いつも通りクラスメイト達と挨拶をしていく。
「鞘、おはよう」
そこで、席の前を通る鞘に、緑が軽く挨拶をする。
「………」
すると鞘は、すんっ……と、表情を消し。
「……おはよう」
素っ気ない態度で、そう返してきた。
いつもの彼女らしくない声音。
そして、緑を一瞥だけして、ふいっと顔を前に向ける。
(……おや?)
なんだ?
ご機嫌斜め……なのか?
―※―※―※―※―※―※―
――その後も。
本日の学校での緑に対する鞘の態度は、どこか冷たいものだった。
視線を合わせる事も無い。
話す機会があったとしても、他人行儀な呼び方と態度で接してくる。
実に、いつもの鞘らしくない。
「国島先輩、鞘さんの様子がまたおかしいですよ!」
「今度こそ喧嘩したんですか?」
「いつもなら、お兄ちゃん大好きオーラが出てるのに! 今日はなんだかツンツンしちゃってますよ!?」
休み時間、再び友達グループから心配される始末だ。
「確かに……今日の鞘の態度は、いつもと違うな」
もしかしたら、自覚が無いだけで、本当に何らかの不手際を働いて怒らせてしまったのかもしれない。
(……俺、鈍感らしいからな)
「なんですか?」
隣の小花を見ながら、そう考える緑。
(……まぁ、わからないことを色々考えても仕方がない)
とりあえず、家に帰ったら事情を聞いてみよう。
そして、内容によっては素直に謝るか。
そう、緑は思った。
―※―※―※―※―※―※―
「ただいま」
「ごめんなさい、お兄ちゃん!」
そんな学校での一日が終わり――家に帰った、瞬間だった。
緑がリビングのドアを開けると、先に帰って来ていた鞘がいきなり泣きついてきたのだ。
「え、ええ? 鞘、どうした?」
「友達にも言われたのだけど……今日、お兄ちゃんに冷たい態度を取っていたのは、別に怒ってるとかそういうことじゃ無いんだ……」
どうやら、鞘も友人達から緑に対する態度のことを指摘され、心配されたようだ。
「その……ここ最近、私は学校でお兄ちゃんにベタベタし過ぎていたというか、家と変わらない態度で接する事が多くなっていて……それで、そのままじゃお兄ちゃんに恥ずかしい思いをさせてしまうのではないかと思って、学校ではちゃんとしていようと思ったんだ」
「……ああ」
なるほど。
あの素っ気ない態度は、普通を意識してのものだったのか。
若干、やり過ぎ感はあったが――そこは、鞘の性格的にも仕方がない。
「それで、友達から指摘されたんだ……お兄ちゃんも、私の態度の変化に身に覚えが無くて心配してるって、そう言われて……ごめんなさい!」
「いや、いいよ、事情がわかって安心した」
「……夕飯、先に用意しておいたから、一緒に食べよう?」
恐る恐る、鞘が言う。
そんな鞘の頭に、緑は手を乗せる。
「そんなに心配しなくても、もう気にしてないよ」
優しく撫でれば、「え、えへへ……」と、鞘はむず痒そうに笑う。
彼女の無邪気な笑顔を見て、緑は安堵の嘆息を漏らす。
鞘の態度の異変は、こうしてあっさり解決したのだった。
(……まったく)
昼間の小花といい、女心は繊細でわからないものだ。
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ここまでお読みいただき、誠にありがとうございます。
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