第十七話 完全無欠の生徒会長とショッピング
「よし、ついた」
――ここは、緑達が暮らす地域……いわゆる、生活圏の中で最も人の往来が激しい場所。
様々な交通機関が集まり、商業施設やビルが建ち並ぶ――つまりは、一番栄えている街だ。
余談ではあるが、緑と鞘が巻き込まれた事件――あの事件が起こった繁華街も、近くにある。
ともかく、その街の中心に聳える百貨店――その前に、緑と鞘は来ていた。
――昨夜のことだ。
『明日――休日だから……その……一緒に、買い物に行きたい』
両親の帰りを迎えるため、夕食の準備を共にしていた緑と鞘。
その途中、鞘が緑にそう懇願したのだ。
『ああ、いいぞ』
別に用事があるわけでもない。
買い物に付き合う程度、全然問題も無い。
その時は特に重く考えず、緑は鞘に承諾した。
「……で、ここまで来て今更だけど、何を買う予定なんだ? 鞘」
電車に乗って数十分掛け、目的地に到着。
ここまで来て、緑は改めて、鞘に買い物の目的を問う。
「実は……服を」
おずおずと、鞘はそう言った。
「もうすぐ夏だし、新しい夏服を買おうと思って……い、一緒に見て回っても、あ、あまり楽しくないかもしれないけど」
「いや、別に大丈夫だ。俺なんて一年中暇だから、むしろ誘ってもらってありがたい」
「……その、今日、お兄ちゃんに一緒に来て欲しいとお願いしたのは……」
どこか緊張したような、改まった様子で、鞘は言う。
「お兄ちゃんに、選んで欲しくて……」
「え?」
鞘の発言に、緑は目を丸める。
鞘の着る服を、自分が選ぶ?
「いいのか? 俺、そんなにセンスが良いとは言えないけど……」
「いい! お兄ちゃんに選んで欲しい!」
跳ねるように顔を向け、鞘が叫んだ。
心の底から願っているように、語気が強い。
周囲の通行人達が視線を向けてくるのに気付き、鞘は慌てて「あ、ご、ごめん」と謝る。
「私も、ファッションのことはよくわからないから……お兄ちゃんにも吟味して欲しいという意味で……」
「わかったわかった」
そう言葉を続ける鞘を宥めつつ、緑は微笑む。
一人では心許ないから、自分を頼ってくれたということだろう。
兄として応えてあげないといけない。
何はともあれ、緑と鞘は百貨店の中へ入る。
フロアを上がり、目的のアパレルショップに向かう。
女性向けの服を取り扱う専門店だ。
「いらっしゃいませー」
入店すると、どこからともなく店員の挨拶が聞こえてくる。
緑と鞘は、早速服選びを開始した。
「お兄ちゃん、何がいい?」
「え、本当に俺が決めちゃって良いのか?」
鞘も、自分の気に入るものが無いか探せば良いのに。
とりあえず、緑は鞘に似合いそうな服を探す。
(……まぁ、鞘なら何を着ても似合いそうだけど)
運動部所属のため、鍛えられたスリムな体型。
しかし、出るところは出て、引っ込むところは引っ込んだ、均整の取れた肢体。
身内贔屓抜きにしてもスタイルが良い彼女だ――逆に自分のセンスで汚してしまうのではないかと、不安になってくる。
「うーん……これなんてどうだ?」
十分ほど吟味した後――緑は一着の服を手に取り、鞘に渡す。
純白のワンピース。
清楚でシンプル――鞘に一番似合いそうだと、直感で思った。
「ありがとう! 早速、試着してみる!」
「そうだな……えーっと、試着室は……あ、すいません」
通り掛かった店員に聞き、緑達は試着室へと向かう。
ボックスの中に入る鞘。
緑は、彼女の着替えが終わるまで外で待つことに。
「……あれ?」
すると、そこで、だった。
「小花?」
「……せ、せんぱい?」
偶然、店内で小花に遭遇した。
サイズの大きな白地のプリントシャツに、デニムのホットパンツ。
制服姿の彼女しか見たことが無かったので、新鮮だ。
緑の姿を見て、小花も驚いている。
「小花、珍しいな、外で会うなんて」
「せ、せんぱいこそ! っていうか、ここ女の子向けのショップですよ! どうしてせんぱいがいるんですか! もしかして男の娘ですか!? せんぱい、男の娘だったんですか!?」
「何をわけわからんことを言い出してるんだ」
何故か動揺した様子で捲し立てる小花。
「まぁ、俺のことは別にいいだろ。お前も、服を買いに来たのか?」
「いや、私は服というか、アクセサリというか……」
よく見れば、小花がいるのは、テーブルの上に小物が並んだエリアだ。
「もうすぐ気温も高くなってくるんで、新しい髪留めとか欲しくなって……」
そこで、小花が視線を左右に泳がせた後、緑を見てくる。
「あの、せんぱい」
「ん?」
「この髪留めとか、どうですか……」
どうやら、彼女も試着をしていたようだ。
小花の右耳の上に、髪留めが着けられている。
白銀色で、花の形をあしらったデザインだ。
「ああ、いいんじゃないか。似合ってるぞ」
「そ、そうですか……」
緑にそう言われ、少し嬉しそうに微笑を浮かべる小花。
「お待たせ、お兄ちゃん。ど、どうかな……」
そこで、試着室のカーテンが開く。
緑の選んだワンピースを着た、鞘が現れた。
汚れ一つ無い白色の一枚布を着こなす鞘。
彼女の脚の長さや腰の細さが、これでもかとわかる。
正直、予想以上に似合っている。
「か、会長……」
「え、小花さん……?」
しかし、今はその一方で。
鞘と小花が、互いの存在に気付く形となった。
「せんぱい、会長と一緒に……」
「あ、その、これは違うんだ小花さん、あくまでも家族として買い物に付き合って欲しいと……」
わたわたし始める二人。
「まぁ、凄く似合ってますよ~!」
そこに、先程案内をしてくれた店員がやって来る。
鞘の姿を見て、目を輝かせる。
「カレシさんが羨ましいです~、こんな美人なカノジョがいて」
「あ、いや……」
「か、かか、カレシ!?」
どうやら、カップルに間違われたようだ。
訂正するか流すか考えていた緑に対し、鞘は顔を真っ赤にして慌てふためく。
そんなに慌てなくても……と、思う緑。
「……ん? どうした、小花」
「な、なんでもないっす!」
そんな一部始終を見ていた小花も、緑に声を掛けられ慌てて反応する。
「じゃあ、邪魔者はこれにて! ごゆっくり!」
そして、急いだ様子でその場を立ち去ろうと――。
「あ、お客様、そちらの髪留めは……」
しかし、試着していた髪留めがついたままだったので、呼び止められてしまった。
「あ、これは、その……」
そこで、小花は一瞬、緑の方を見て……。
「か、買います!」
お会計をして、出て行った。
「慌ただしい奴だな……」
嵐のように通り過ぎていった小花を見送り、緑は、改めて鞘に向き直る。
「……ど、どうかな」
「いや、凄く似合ってる」
そして、きちんと鞘に、ワンピース姿の感想を告げた。
「そ、そう……」
えへへ、と、嬉しそうに笑う鞘。
「他にも試着してみるか?」
「うん、お兄ちゃんが選んで」
「いいのか? 俺が選ぶばかりで」
「うん」
結局その後も、緑が鞘の服を選び続ける形となった――。
―※―※―※―※―※―※―
――夜。
国島家にて。
「今日は楽しかった」
鞘は、一日を振り返っていた。
最終的に選んだのは、あの白いワンピース。
緑が、一番似合ってると言ってくれたワンピースだ。
帰宅後、二人で夕食を食べ、そして今――。
「……んん」
緑は、リビングのソファの上で横になり、寝てしまっている。
お腹がいっぱいになって、眠気に襲われたようだ。
鞘は、そんな緑の傍に立ち、クスリと笑う。
「………」
鞘は、今日までのことを思い出す。
緑と、家族になることが決まった日。
そんな彼に、思い詰めていた過去と、ずっと抱えていた罪を告白した日。
そして、それを緑が優しく受け止め、抱き締めてくれた瞬間を。
……自分の中で、どんどん緑という存在が大きくなっていく。
「………」
鞘は、緑の傍らにしゃがみ込む。
緑の顔を、見詰める。
今日、自分は、緑と一緒に買い物に行きたいと誘った。
緑に服を選んで欲しかった。
選んでもらった服を着て、緑に似合っていると言われて、とても嬉しかった。
「………」
鞘は、緑の寝顔を見詰める。
閉じた両目、薄く開いた唇、微弱に上下する喉仏。
頼もしい兄。
自分を受け入れ、甘えさせてくれる、優しい兄。
「お兄ちゃん……」
鞘自身も気付かぬ内に、彼女の相貌は崩れていた。
頬は緩み、目尻はトロリと下がり、唇の隙間から漏れる吐息は強くなっていた。
「……ありがとう」
――気付けば。
――鞘は、緑の顔に唇を寄せ。
――そして、頬にキスをしていた。
「……う、ん」
「!」
瞬間、身をもだえさせる緑。
そこで鞘は、ハッと目を覚ました。
自分は、何をしてしまったんだ……。
動乱し、一旦、緑の側から離れる。
(……落ち着け、私)
高鳴る鼓動、震える脚。
そんな自分自身を落ち着かせながら、目を閉じたままの緑に、鞘は再度近付き――。
「お兄ちゃん、体が冷えるよ」
体を揺すって、緑を起こす。
「ああ、うん……」
緑は端的に答えると、眠気眼のままリビングを出て、二階へと向かった。
その様子を見送り――。
「……よかった」
どうやら、緑は鞘の行動に気付いていないようだ。
鞘は安堵する。
しかし、同時に――。
「………わ、わわ、私は、一体何を……」
ドキドキする心臓の高鳴りは、いまだに鳴り止まない。
茹で上がったように真っ赤になった頬を手で押さえながら、鞘は座り込んでしばらく動けずにいたのだった。
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ここまでお読みいただき、誠にありがとうございます。
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