第十六話 完全無欠の生徒会長の嫉妬


「国島せんぱーい、ちょっといいですか?」


 ――親の再婚を機に、緑と鞘が義理の兄妹になったという事を暴露したあの日から――数日後。


 教室にて、緑はクラスメイトの女子達に声を掛けられていた。


 以前まで会話したことも無かった、同じ教室にいるという以外に接点も無かった、どちらかというと垢抜けた印象のある女子達のグループ。


 彼女達が、ニコニコと笑みを湛えながら自席に座っていた緑に声を掛けてきたのだ。


「何だ?」

「先輩、この前の英語の授業で出された課題の件なんですけど」

「ああ、グループを作って発表する予定の」

「あたし達のグループの発表内容がまとまったんですけど、これで大丈夫かなって思って……ちょっと見てもらえませんか?」


 女子達の依頼に、緑は多少困惑する。


「いいけど……どうして俺なんかに?」

「いやいや、だって先輩は一個上ですし、相談するならうってつけじゃないですか」

「この前のテストでもトップ10入りで、頭も良いですし」

「うーん……まぁ」


 判然としないながらも、素直に相談に乗ることにした緑。


 前回の英語の授業で出された課題――グループワークは、仲の良い者同士班を作って、自分達の住んでいる街の特徴や行事を纏めて、それを英語で発表するというものである。


 緑は、彼女達の発表内容の原稿を見せてもらい、文面を確認する。


「あ、こことここ、文法が間違ってるな。後ここも、少し言い回しを直しておいた方が良いんじゃないかな。ほら、前々回あたりの授業で出された例文を引用すれば、点数も稼げそうだし」

「あ、本当だ!」

「ありがとうございます、流石国島先輩」


 発表内容を一通り添削し、緑は女子達からお礼を言われる。


「いや、別にそこまで大した事じゃないから……」


 キャッキャと騒ぐ彼女達を見て、緑も照れ臭くなってきた。


 無論、嫌な気分では無いが。


「……あ」


 そこで――ふと。


 緑は、自分に向けられている強い気配に気付いた。


 窓際の方の席を見る。


 鞘が、こちらにチラチラと視線を向けてきていた。


 どこか、心配そうな目。


 まるで、女子達に囲まれている緑の姿に、ハラハラしているような……。


「そうだ、先輩、今日の放課後って空いてます?」


 そんな中、女子グループの一人が言った。


「何か、予定とか入ってなければ一緒に遊びに行きたいなー、なんて。お礼も含めて」

「え?」


 この事態に、何よりも、緑自身が驚いている。


 誘われているのである、自分が。


 女子数名のグループから、直接。


「……え、あー、えっと」


 恐る恐る、緑は視線を流す。


 鞘が、若干椅子から腰を持ち上げ掛けていた。


 なんだか、凄くやきもきした顔でこちらを見てきている。


 もうチラ見ではなく、ガン見である。


 まるで捨てられる寸前の子犬のような目。


 鞘のあんな様子を見せられては、どうするべきか……。


「……ん?」


 そう思っていると、そこで、緑は気付く。


 目前の女子達も、そんな鞘の様子に気付き、ニコニコ……というか、ニヤニヤしていることに。


(……そうか)


 そういうことか――と、緑はそこで納得し、嘆息した。


「やめてくれよ、俺と鞘さんをからかうのは」

「あ、バレちゃった」

「だって、嫉妬してる鞘さんすっごくかわいいんだもん」


 そう、彼女達は緑にちょっかいを出し、それに対する鞘の反応を見て楽しんでいたのだ。


 先日の、緑が関わるや否や豹変した鞘――あれがまだ、記憶に残っていたのだろう。


「な!?」


 彼女達の目的がわかり、鞘は顔を真っ赤にして立ち上がる。


「ひ、ひどいじゃないか! 私達を弄ぶなんて!」

「ごめんね、でも、鞘さんの反応が見たくて!」

「鞘さん、本当にお兄ちゃんの事が好きなんだもん」


「うー……」と唸って涙目になる鞘に、女子達が駆け寄って慰める。


 どうやら、クラスメイト達における緑達のイメージ――暴力事件を起こした落第生と、完全無欠の生徒会長という印象は、先日の一件以来大きく変化してきているようである。


「あ、でも、一緒に遊びに行きたいっていうのは本当だよ。国島先輩も、鞘さんも一緒に」

「申し訳ないけど、今日は二人とも家の用があって早く帰らないといけないから」

「そうなんだ、ざんねーん」


 そんな感じで、女子グループとすっかり打ち解けたように会話をする緑。


「………」

「………小花? どうした?」

「……別に」


 そして、変化といえばもう一つ。


 こういう時、こぞってイジってくる隣席の小花が、一部始終を含みのある表情で黙って見詰めていた。


 何か、彼女の気に障ることでもあったのだろうか?




 ―※―※―※―※―※―※―




「最近、私に対する皆の評判が、変わってきている気がする」


 ――帰り道。


 緑と鞘は、共に帰路へとついている。


 ちなみに、もう隠す必要も無くなったので、朝も鞘が部活の朝練等用事が無い限り、一緒に登校している。


 そんな下校の途中、鞘が緑にぽつりと漏らした。


「皆、私のことを変な風に思っているのだろうか」

「いや、逆だよ」


 少なくとも、緑の耳に届いてくる情報を参考にするなら、鞘に関する評判は、むしろ更に良くなっていると言える。


 義理の兄となった緑のことが大好きだと――あんな感じで、クラスの女子からイジられたり、愛でられたりしているのがその証拠。


 今まで知られていなかった部分が見付かり、更に好感度が上がったと思われる。


「みんな、鞘のことが好きだからからかってくるんだ。悪意は無いし、むしろ好意の証拠だよ。何も心配することはない」


 緑は微笑む。


「素晴らしい事じゃん。今まで見せたことの無かった、新しい一面を見せて、むしろ好感を持たれるなんて」

「……そうか」


 そこで、朱に染めた顔を俯かせていた鞘が、顔を持ち上げる。


「でも、だとすると……これはお兄ちゃんのお陰だ」


 鞘は、緑の顔を見詰めてくる。


 微笑みを携え、嬉しそうに。


「それと、今日はごめん……本当は、お兄ちゃんがクラスの皆と馴染めていて、喜ばないといけないのに……まるで、嫉妬しているような態度を見せてしまって」

「いや、それは……」


 唇をむにむにと摺り合わせ、自身の行動を恥じる鞘。


 しかし、彼女の行動は、言い換えれば好意の裏返しなわけで……。


「し、仕方がない……って言うのも、違うか……」

「気にしないで……あの、その、し、嫉妬と言うと、なんだか怖い感じがするけど……その、女の子達と仲良くしているお兄ちゃんの姿に、ちょっとモヤモヤしただけというか……いや、ええと」


 二人の間に、なんだか照れ臭い空気が生まれてしまった。


 結局、家に帰るまで二人とも黙ったままとなった。




 ―※―※―※―※―※―※―




 ――さて、帰宅後。


「じゃあ、始めるか」

「うん、先にお湯を沸かしておくね」


 今日あった事はさておき、二人は一旦気分を切り替える。


 何せ、今夜は久しぶりに家族全員が揃う。


 そのため、夕食の準備を二人で行う予定だったのだ。


 今日、女子グループの誘いを断った理由が、それである。


「とりあえず、鞘の得意料理と俺の得意料理を、それぞれ作って披露するか」

「うん、わかった。お兄ちゃんに習って、私も料理の腕が上達したから、久しぶりにお母さんに驚いてもらえるはずだ」


 少し前までの恥ずかしい雰囲気も払拭し、二人ともウキウキしながら調理に取りかかり始める。


「そうか……」


 ふと、そこで緑は思い返す。


 緑の父と鞘の母が再婚し、二人が義理の兄妹になって、もう結構な時間が経過しているのだ。


「でも……それ以上に濃密な変化が、俺を取り巻く世界に起こってるんだな」

「……うん」


 そこで、鞘が手を止める。


「お兄ちゃん」

「ん?」


 鞘を見る。


 目線を逸らしながら、鞘は数瞬言い淀み……。


「お願いがあるんだ」


 そう言った。


「お願い?」

「うん」


 鞘が、意を決したように緑を見る。


「明日――休日だから……その……一緒に、買い物に行きたい」




―※―※―※―※―※―※―※―※―※―※―※―※―※―※―※―※―※―※―




 ここまでお読みいただき、誠にありがとうございます。


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