第十八話 完全無欠の生徒会長のチュー
「………」
――学校にて。
緑は、窓際の席に座る鞘を見る。
今、鞘は顔を窓ガラスの方に向けている。
緑から見てそっぽを向いている形だ。
いつも、顔を向ければ互いに視線がぶつかり、照れ臭そうな微笑みを浮かべる……そんな事が多いのに、今日は全くと言っていいほど彼女と目が合わない。
いや、顔もまともに見ていない。
(……なんだろう)
そう、先日から鞘の様子がおかしいのだ。
二日前の土曜日、鞘に誘われ買い物に行き、アパレルショップで彼女の服を選んだ。
その時は、とても嬉しそうな様子だった。
家に帰り、一緒に夕食を食べ、その後自分は寝てしまった。
その翌日の日曜日は、鞘は部活や生徒会活動の関係で一日家にいなかったのでわからないが――休み明けの本日から、どうも様子がおかしい。
朝も、まともに視線が合わず、たまに合えば顔を赤らめて慌てて目線を逸らしている。
完全に、何かを意識しているようにしか思えない。
「……国島先輩?」
そこで、緑に女子生徒達が声を掛けてくる。
ここ最近話すことの増えた、鞘と仲が良い女子グループである。
「なんだか、鞘さんの様子、おかしくないですか?」
そう言われ、緑は驚く。
やはり、他人から見ても今日の鞘はおかしいようだ。
「そう思う?」
「当然ですよ! 全然、国島先輩を見てないし、視線を逸らそうとしてるし!」
「あたし達が話し掛けても上の空な事が多くて……」
彼女達も鞘の異変に気付いているようだ。
というか、良く見ているな――と、緑は率直に思った。
「もしかして、喧嘩とかしたんですか?」
そこで、一人の女子が恐る恐るそう口走った。
「え?」
「ほら、この前、あたし達が鞘さんと先輩のことをイジったりしたから、それが原因で……とか……」
「……ああ」
どうやら、彼女達なりに緑と鞘の関係を心配してくれているようだ。
「いや、別に、あの件に関しては怒ってないよ。多少照れてたけど、不快に思っている節は無かった」
「そうなんですか……よかった」
「でも、じゃあ、何が原因なんだろう……」
「色々と心配させて悪いな」
そんな彼女達の不安を和らげようと、緑は言う。
「今日、家に帰ったらそれとなく聞いてみるよ」
―※―※―※―※―※―※―
「なぁ、鞘」
そして、その夜。
自宅にて。
「俺、鞘に何かしたかな?」
「え?」
夕食の席。
いつものようにテーブルで向かい合い食事をしていたのだが、やはり今日の鞘は様子がおかしい。
会話も無く黙々と食事を進め、始終視線も落としている。
「昨日は、鞘も部活とかがあって朝から夜まで会わなかったけど……今朝から、鞘の様子がちょっと気になって」
「そ、そう、かな……」
小声で返す鞘。
その顔は、やはり真っ赤に染まっている。
(……ん……赤い?)
そこで、ふと緑が気付く。
「もしかして、鞘、体調が悪いのか?」
「え、ど、どうして」
「ずっと、顔が赤い気がする」
「ふへ!?」
緑がそう指摘すると、鞘は素っ頓狂な声を上げた。
「そ、そうなのか?」
「ああ……ごめん、鞘、ちょっと考えればわかるのに……身内の体調不良にも気付けないなんて、家族として失格だ」
生真面目な性格の鞘のこと。
色々と頑張らなければいけない事が多い立場のため、自分の体を二の次にしているのだと――緑は、そう思った。
緑は額に手を当て、申し訳なさそうに言う。
「ちょっと熱を測ろう。体温計を持ってくる」
「あ、違う、違うんだ」
対し、鞘はたじろぎながら緑を止めた。
「……熱は、無い、体調も、悪くない」
「え、でも……」
「顔が赤いのは、その、きっと……恥ずかしいからだ」
そう、鞘は言う。
「恥ずかしい?」
「……お兄ちゃんを見てると、その、恥ずかしくなって、だからまともに顔も見られなくて……」
おずおずと、ゆっくり言葉を紡ぐ鞘。
いまだ、緑には事情がわからない。
「何か、悩みがあるのか? それとも、言いたくないこと?」
心配し、緑が鞘に問い掛けると。
「……うぅ」
そんな、自分を心配する緑の姿に、声に――生来大真面目な性格の鞘は、耐えられなくなったのだろう。
自分が黙っているせいで、緑に要らぬ心配を掛けてしまう。
先程の風邪を疑われた件もあり、鞘は、このままではいけないと観念したようだ。
「……ごめんなさい、お兄ちゃん」
先に謝り、鞘は言う。
「私は、いけないことをしてしまった」
「いけないこと?」
「……この前の、買い物に一緒に行ってもらった、あの日」
ゆっくり、呼吸を落ち着かせながら、鞘は言う。
「……家に帰って来て、夕食を取った後、お兄ちゃんがソファで寝ちゃって……」
「ああ」
「……私は、その時、寝ているお兄ちゃんのほっぺに……」
「ほっぺに?」
「……ほ、ほっぺに」
「ほっぺに……」
「………」
「……ん?」
「……は、ぅぅ」
発言を待つ緑を前に、鞘は最早頬のみならず、首筋から胸元まで朱に染める。
そして、潤んだ両目をギュッと瞑り、意を決すると。
「ちゅ……う、ううぅ」
「?」
「ちゅ、ちゅーしてしまったんだ!」
「………」
リビングに、静寂が訪れる。
緑もまた、鞘の大告白に、意識が順応せず口を噤んでしまっている。
「ちゅ、ちゅう……」
「……うん」
「それは、その……ほっぺにキス的な、そういう?」
「も、もちろん警察には出頭する!」
困惑する緑を前に、鞘はいきなり叫んで立ち上がった。
両目はグルグル。
完全に混乱してしまっている。
「ちゃんと自首するから! ごめんなさい!」
「いやいや、そこまでしなくてもいいって」
暴走モードに突入した鞘を、慌てて緑は宥める。
鞘の慌てっぷりを目の当たりにすると、逆に自分が困惑している場合ではないと、冷静になれる。
良いことなのかどうかはわからないが。
「俺も寝てて記憶が無いし、それに、気にしないから」
「ほ、本当に?」
「ああ、本当、本当」
「……そ、そう」
「ほら、あれだろ? 外国じゃあ、家族でキスするなんて普通のことだし、俺、海外のホラー映画もよく観るから、そういうシーンもいっぱいあるし」
緑は、鞘を落ち着かせようと、そう言葉を続ける。
「いわゆる、親愛のキスってやつ? 親が子どもにするみたいな」
「……そ、そうだ! お母さんが赤ちゃんにするような! あの日、私は一緒に買い物に行ってくれたお兄ちゃんに感謝の思いを伝えたくて、その……愛おしくて、思わずキスをしてしまったんだ……と思う」
鞘が、そう勢いよく自身の行動を補足する。
「そうか……まぁ、だったらそれ以上でも以下でも無いってことだろ? 重く考える必要は無い」
「う、うん……」
そこで、鞘が緑を見上げる。
「お兄ちゃんも、親愛のキスなら気にならない?」
「ああ……ちょっと、恥ずかしいかもだけど」
「……じゃあ」
涙で潤んだ瞳の奥に、揺らめく明かりを灯し。
鞘は言う。
「これからも……時々、してもいい?」
「え……」
「……と、当然! 時と場合と状況と事情と時と場合とタイミングは、ちゃんと考えるから!」
慌てて言葉を続ける鞘。
語彙力がポンコツになっている。
「ああ、わかった。鞘がしたいなら、いいぞ」
「うん、ありがとう……」
照れ臭い空気がリビングを包む。
「……お、お風呂の準備してくる!」
逃げるようにリビングを出る鞘。
「あ、じゃあ、食器の後片付けはやっておくよ」
その背中に、緑は告げる。
とりあえず、鞘の態度の異変に関する謎はこれで解けた。
「………」
……しかし。
食器を洗いながら、緑は思う。
「キス、されてたのか……」
家族に対する親愛のキス……だったら、何も恥じることは無いはずなのだが。
それでも、鞘にそれをされたと思うと、心臓の鼓動が乱れる。
しかも、先程の鞘の要求。
『……時々、してもいい?』
(……もしかして、簡単に答えてしまったけど)
これは……とんでもないお願いに、了承をしてしまったのではないだろうか?
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