第四話 完全無欠の生徒会長とホラー映画


 親の再婚を機に、国島緑と静川鞘は家族になり――それから、数日が経過した。


 当初あった他人行儀な隔たりは、徐々に、ほんの少しずつではあるが、互いの交流の中で解消されつつあった。


 とは言え、まだまだ距離感があるのは否めない。


 しかし、本当の家族だって打ち明けられない秘密や、踏み込んで来られたくない領域というものがあるものだ。


 変化は始まったばかり。


 まだまだこれから。


 そう、緑は思っていた。


 ――二人の関係を変える大きな出来事が、その日、起こるとも知らずに――。




 ―※―※―※―※―※―※―




「ただいま」


 ――夕方。


 鞘が家に帰ってきた。


「お帰り」


 リビングにいた緑が、ソファに腰掛けた姿勢で振り返り、そう鞘を出迎える。


「ああ、ごめん、まだ晩ご飯の準備はしてなくて……」

「大丈夫。むしろ、ここ最近は緑さんにばかりお願いしてしまってたから、今日は私が用意するよ」


 リビングへと足を踏み入れながら、鞘が言う。


 そこで、彼女は緑がテレビを見ている事に気付く。


「映画?」

「ああ、ちょっと前から気になってた映画が配信されててな」


 緑が鑑賞しているのは、テレビ番組ではなく、映画や海外ドラマを配信しているネットチャンネル。


 ちなみに、和製のホラー映画だ。


 何を隠そう、緑は、結構なホラー映画好きなのである。


「へぇ」


 そう答える緑に、鞘は興味を惹かれたようにもう一つのソファに腰掛ける。


「実は、私はこういう娯楽に疎くて」


 どうやら、鞘も興味津々の様子だ。


 というわけで、緑と鞘は流れで、一緒に映画を観ることになった。


 物語が途中からだったので、序盤の展開は緑が簡単に説明する。


 鞘は「ふむふむ……」と話を聞きながら、画面の中の内容に意識を没入させていく。


 二人でゆったり過ごす時間。


 しかし……。


「………」

「……ん?」


 ふと、緑は気付く。


 映画が進むに連れ、鞘が徐々に静かになっていくのに。


 ソファの上で体育座りをし、膝を抱え、表情も硬直しているように見える。


「……もしかして、結構怖がってる?」


 緑が尋ねると、鞘はドキッと体を揺らした。


「い、いや、そんなことは――」


 慌てて誤魔化そうとする鞘。


 その瞬間――テレビ画面の中で、爆音と共に悪霊が出現し、主人公達に襲いかかったのだ。


「ひゃあっ!」


 悲鳴を上げて、跳び上がる鞘。


 やはり、相当怖がっている様子だ。


「鞘さん、ホラーが苦手なのか」

「べ、別に苦手だとかでは無くて、いきなり大きな音がしたらビックリするというか……」


 必死で言い訳を始める鞘。


 その様子が今まで見たことの無い姿で、緑は純粋にかわいいと思ってしまった。


「そうかそうか、じゃあもうちょっと音量を落とそう――」


 とは言え、涙目になっている姿に気を使い、緑はテレビの音量を下げようとソファから立ち上がり、リモコンに手を伸ばそうとする。


 そこで、家の奥からゴトンと、何かが落ちる音がした。


 偶然、物音がしただけだ。


 しかし――。


「きゃあ!」


 ホラー映画のせいで恐怖スイッチの入った鞘は、ビクビクっと大きく身を跳ね上げて驚く。


 その拍子に、体がソファの上から滑り落ちた。


 体が、テーブルの角に向けて無抵抗のまま落下する。


「あ、危ない!」


 咄嗟のことだった。


 リモコンを取るために、ソファから立ち上がっていたのも結果的に運が良かった。


 緑は手を伸ばし、彼女の肩を掴んで支える事に成功した。


「あ……」


 鞘と目が合う。


 お互いの視線が交わる。


 動きの停止した鞘を前に、緑は思い出した。


 そうだ、彼女は男に触られるのが――。


 瞬間、緑の視界の中――鞘の目が大きく見開かれ、先程までホラー映画を観ていた時とは別の感情に染まったのがわかった。


 鞘は、男が苦手だという話は有名だ。


 体に触られるのも無理だと――先日の教室での光景が想起される。


「ご、ごめん!」


 即座、緑は鞘の体から手を離す。


「大丈夫だった?」

「え、あ、いや……」


 静かに問い掛ける緑に対し、鞘はしどろもどろな反応をする。


「……ごめん、男に触られるのは嫌なんだよな」

「あ……」


 そこで、やっと緑の発言の意味を理解したのか、鞘が慌てて口を開く。


「い、いや、一概にそういうわけではなくて……」


 色んな事が一度にいっぱい起こって、彼女も混乱しているのだろう。


 加えて、男が苦手だという件については、上手く説明できないのか、それとも口にしたくないことがあるのか……徐々に言葉尻がすぼみ、鞘は黙り込んでしまう。


「……どうして、男に触られるとそんなに拒否反応が出るのか。無理に言う必要は無い」


 そこで、緑は諭すように言う。


 この件を気にして、鞘が自分を責めるような心理に陥るのだけは避けたかった。


 だから、以前、鞘が緑に気を使ってくれた時のように、そう言った。


 その言葉に、鞘はハッと顔を上げる。


「俺も、できるだけ気を付けるようにするから。何か不注意な点や不満なことがあったら、遠慮無く言ってくれ」

「緑さん……」


 そこで、鞘は双眸の瞳を滲ませる。


 恐怖や辛さ、申し訳なさ……色んな感情に支配された表情になる。


「……やっぱり、ダメだ」

「え?」

「やっぱり、緑さんには言っておかなくちゃいけないことなんだ……」


 真剣な、少し不安の混ざった声で言って、鞘は緑を見た。


「どうした? 鞘さん」

「……緑さん……私は、緑さんに言わなくちゃいけないことがあった」


 鞘は、語り出す。


 急速に変化した、彼女の感情に、表情に、言葉に、緑はまだ理解が追い付かない。


「本当は……この話を、もっと早くにするべきか、迷っていて……でも、ダメ……こんなに優しい緑さんを前に、私ばかり逃げていたんじゃ……」

「……何を」


 さっきから、何を言ってるんだ。


 彼女は、何を言おうとしてるんだ。


 動揺する緑に対し、鞘は、緑の目を真っ直ぐ見る。


 けれどその瞳は、いつもの意思の硬さの反映された凜然としたものではなかった。


 動揺と辛苦を孕み、潤んで揺れている。


「緑さん……緑さんが留年をすることになったのは……おそらく、私のせいなんだ」

「……え?」




―※―※―※―※―※―※―※―※―※―※―※―※―※―※―※―※―※―※―




 ここまでお読みいただき、誠にありがとうございます。


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