第三話 完全無欠の生徒会長との距離感


 緑が鞘の為に夕ご飯を手掛けた日の、後日。


「国島先輩」


 今日は休日。


 その日、リビングの食卓でテーブルを挟み、緑と鞘は向かい合っていた。


 時間は午前で、先程朝食を終えたばかり。


 そこで鞘が、「話したいことがあって」と、改まって言ってきたのだ。


 ちなみに、父と母は休日出勤で二人ともいない。


「どうした?」

「先日、夕食をご馳走になった件についてだけど……」


 鞘はそこで、両目を瞑って一拍置くと、言葉を続ける。


「無理に気を使ってもらう必要は無いよ。家事に関しても、可能な限り私に任せてもらえれば――」

「いや、それだと逆に俺の居心地が悪いというか……」


 鞘は率先して、家事等の仕事を自分で行おうとする。


 しかし、なんでもかんでも鞘に任せ切りでは、緑の方が気になってしまう。


「俺さ、昔妹がいたんだ」

「……妹?」


 そこで、藪から棒に、緑は言う。


「ああ、今は前の母親のところで暮らしてるけど。まだ子どもだったけど、兄貴だった時期もあって」


 だから、ちょっと久しぶりに兄貴ぶりたかったのかもしれない。


 そう、緑は自身の行動の理由を説明する。


「俺がやりたくてやってるだけだから、気にしないでくれ」

「そう……」


 純粋な緑の本心を聞き、鞘は頷く。


「わかった、国島先輩がそう言うのであれば、私も気にしないようにする」

「ああ、ありがとう……で、それに関して、早速なんだけど」


 そこで、緑は鞘に提案する。


「もうちょっと、俺達の間の距離感を縮めたいんだよな」

「距離感……」


 これは、前から気になっていた事だ。


 実際のところ、緑は、気を使ってくれようとしている鞘に対して、むしろ距離感を感じている部分もある。


 親しき仲にも礼儀あり、というけど、それは家族として正しいのだろうか。


 他人行儀。


 そう、まるで他人同士が同じ家の中で暮らしているだけのような、寂しさを覚える。


 少しは、今よりも親密になってもいいはずだ――と。


(……いや、そんなことされても鞘の方が迷惑か)


 と、自分の方から提案しておきながら、やはり止めておくべきかと考える緑に対し。


「……なるほど。確かに、私もそう思う」


 鞘は、緑の発言に納得した。


「思うんだけど、まずは名前の呼び方に問題が無いかな? 国島先輩だと、それこそ他人行儀な気がする」

「確かにそうだな」

「これからは、国島先輩と呼ぶのは止めることにする」


 では、何と呼ぶか?


 鞘は顎に指を当て、熟考する。


「家にいる時くらいは、名前で呼ぼうか……緑さん……緑君? それだとまだ壁があるような……もしくは……」


 そこで、何の気も無しに、鞘は言った。


「お兄ちゃん?」

「え……」


 ……間が空く。


 数秒経って、鞘も自分が何を言ったのか今更ながら理解したようだ。


 少し、頬を桜色に紅潮させ、目を丸め出した。


「いやいや! それはダメじゃないかな!? よくわからんけど!」

「う、うん……それは流石に、恥ずかしい……」


 二人は、互いに慌てて訂正する。


「逆に、私の方が年下なんだから、呼び捨てで呼んでくれて構わないよ」

「呼び捨て……」


 緑は考える。


 鞘……か。


 でも、それはそれで恥ずかしい気がする。


 結局、折衷案で、二人は互いを『緑さん』『鞘さん』と呼び合うことにした。


 まだちょっと距離感を感じる気もするが……。


(……それでも、こんな話をする程度には……少しは近付いたと言える、のかな?)




 ―※―※―※―※―※―※―




 そんな感じで、日々は流れていく。


 鞘は相変わらず、完全無欠の優等生で、学校にいる時、皆の前ではしっかりした姿をしている。


 一方、家にいる時、緑と一緒の時は普通の家族のように振る舞おうとしてくれているのがわかる。


「緑さん、洗濯物を畳んでおいたから、自分の分を持って行って」

「ああ、ありがとう」

「トイレットペーパーが切れそうだったから、帰りに買ってきておいた」

「え、そんな、わざわざ……」

「家族なんだから当然だよ」


 そう言って、鞘は微笑む。


 家族……。


 それでも鞘は、今でも家事を自分から率先してやろうとし、細かいところにまで気を配る努力を怠らない。


 いまだにそれは不自然だと、緑は思ってしまうのだ。


「えーっと、鞘さん」


 夕飯の後、洗い物をする鞘に、緑は声を掛ける。


「もっと甘えてくれてもいいんだけど」

「え?」


 甘える……という言葉を反復し、少し恥ずかしそうな鞘。


(……おっと、ちょっと変な意味のある発言に取られてしまいそうだな)


 反省しなければ、と緑は心の中で思う。


「前にも言ったろ? 家族なんだから、家事は分担でやればいい。それに、鞘さんは色々と忙しいだろ? 雑事は俺に任せてくれてもいいんだぞ」

「そんな……」


 何かを言い返そうとする鞘に、そこで緑は、真剣な眼差しを向けた。


「今日、クラスで小耳に挟んだんだけど、鞘さん、早急に片付けなくちゃいけない生徒会の仕事がいくつかあるんだろ?」


 確か、生徒会のメンバーが風邪でしばらく休んで、その人の分の仕事が止まっているとか聞いた気がする。


 それを、率先して自分がやろうと言い出す当たり、彼女も真面目すぎると思うが。


「それは……」

「やらなくちゃいけないことがあるなら、後のことは俺に任せて」


 緑は、鞘から洗い物を奪う。


「べ、別に大丈夫……」


 それでも気丈に言い張ろうとする鞘に、緑は真面目な表情を向ける。


 その表情を見て、流石の鞘も「……わかった」と頷く。


「実は、明日までに終わらせないといけない仕事があって……」

「了解、じゃあ、鞘さんはそっちを優先で」


 遂に本音を漏らした鞘に、緑は微笑みを浮かべる。


「終わったら言ってくれよ。未来さんが買ってきてあったケーキがまだあるから、紅茶でいただこう」

「あ……うん」


 そう言って、洗い物を始める緑。


 リビングから出て行こうとした鞘は、その後ろ姿を、どこか眩しそうに見詰める。


「……ありがとう、お、おに……」


 鞘が、小さく唇を動かす。


「うん?」


 彼女の声に、緑は振り返るが。


「……いや、なんでもない」


 そう呟いて、鞘はいそいそと二階の自室へと上がっていった。




 ―※―※―※―※―※―※―




 自室へとやって来た鞘は、暗い部屋の中、黙って佇む。


 その顔には、緑に仕事を任せてしまった申し訳なさと、彼から受け取った優しさに対する感謝が混ざり合った――何とも言えない、むず痒そうな、それでいて幸福さえ感じられる表情が浮かんでいた。


 しかし、やがて――。


「………」


 そんな表情も消え。


 どこか――後悔を纏ったような、暗い影が顔に指した。


 鞘はそのまま、しばらく暗闇の中で佇み続けていた――。




―※―※―※―※―※―※―※―※―※―※―※―※―※―※―※―※―※―※―




 ここまでお読みいただき、誠にありがとうございます。


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