第16話 永遠

 一体、ここまで来るのに俺は何度同じような表情を浮かべてきたのだろうか。


 転移、魔法、迫害、再会、前世・・・。


 数日だ、この世界にとってはたったの数日の出来事に過ぎないだろう。

 どれだけ今という時が世界にどれほどの害を及ぼしているのか、わかってるのかと世界なんていう奴がいるなら問い詰めたいくらいだ。


 けれどそれは、何の意味の無いただの八つ当たりで現実逃避のような物だ。


 ようやくメリスと再会できた。心の底から喜べる出来事。正直、それだけで十二分に俺は満たされたはずだった。


 そう、数秒前までの俺なら間違い無くそうだった。


「本当・・・なのか、メリス」


 特別隠していた訳では無いのだろうメリスが首を縦に振るった。

 俺はゆっくりとその事実を確認するように再び前を向いた。


「認知してもらってよかったね藍君、それじゃあこの子にも話を聞いてみようか」


 パチンと凛上が指を鳴らす。

 宙に浮き一切の動きを見せなかったリットが目を覚ますように首をゆっくりと上げ、その瞳を開いた。


「藍・・・? それに、母・・上?」


 俺達はまた会う事が出来た。今度は、本当の意味で全てを知った上で。




『よかったら、リット。お前の話を聞かせてくれないか? コインズと出会ったきっかけとかさ』

『なんで見ず知らずのお前なんかと』


 脳裏にはリットとのやり取りが次々と浮かび上がる。

 リットは仲間のコインに預けられ育てられた。何故そうなったかはメリスを見れば簡単な答えだ。

 だが、どれだけ見繕ってもリットにとっての事実はきっと深刻な物だと思う。それはコインがコインズと名乗る老婆になる程の月日が経っても拭えない物だろう。


 それでも、リットは、俺にそんな態度を出来るだけ見せないよう背伸びをしていた。


―――母上は、物凄く忙しい人なんだ。


 その一言にはリットの多くの感情が含まれていたに違いない。

 きっと、俺とメリスにはわからないような事が。


「感動の再会、けれどごめんねリット君。私にはね、君が必要なの」

「な、何を・・・」


 力が上手く入らないリットの顔を再びなぞるように触れる凛上。

 その度にメリスがまた激情に身を任せてしまいそうになるが、ぐっとそれを堪え続ける。


 当然か。

 リットがメリスの事を想っていたように、メリスもきっとリットの事を想っていない訳が無い。

 何度もその気持ちを殺し続けたはずなんだ。


 そんなの・・・。



「これ以上は・・・駄目だ」


 俺は、一歩前へ出る。

 たったそれだけの事にこの場にいる全員が目線を俺に向けた。


 そう、この一歩はきっと分岐点の一つになるであろう物だから。


「凛上、お前は確か・・続けようなんて言ったな」

「・・・あぁ、なるほどね。やっとやる気になったって事なんだね」


 俺を見る凛上の表情がスッと一変した。

 先ほどまでの挑発的な態度が嘘のように冷たく冷酷な顔付きへと変わった。


「だが勘違いするな、それは永遠じゃない。お前次第ではあるがな」


 更に一歩踏み出す。

 メリスとリットが俺達をただ黙って見守っていたが、当然考えている事は違う。


「いいえ、永遠よ。あなたが刻越藍である限り、それを変えることは出来ない。私が邪災獣であるのと同じようにね」


 俺にそれを告げると同時にリットをこちらに放り投げ、俺にキャッチさせた。

 衰弱しているが、命に別状は無い。

 更に言えば、くだらない小細工をしているようにも思えなかった。


「私もこの身体でたったの17年だけど、あの世界で色々経験したの。ロマンチスト、でしょ?」


 もうこの瞬間全てに興味を失ったかのように凛上は俺達に背を向け手を掲げた。

 巨大な渦が姿を現した。


 それに俺はそれに覚えがある。正確にいえば似た感覚、魔力の波。

 前世でアイツと刺し違えた時と同じモノだ。


「気を付けてね、女の子は気まぐれなところもあるの。待たせ続けられると何をするかわからないから」

「・・・わかってる」


 それが凛上宝華との最後の会話だった。

 俺の答えに満足し小さく笑みを浮かべて巨大な渦の中へとその身を委ね、凛上は消えて行った。


「何が・・・どう、なってるんだ? なんで母上と・・・藍が」


 腕の中で俺を見つめるリット。

 凄いな、たった一つの事実が加わるだけで人へ向ける視線ってこんなにも変わる物なんだな。

 俺はゆっくりとリットを降ろすと足取りが上手くいかずよろめくがメリスがそんなリット優しく強く抱き止めた。

 リットを後ろから抱くメリスは、小さく涙を落した。


「母上・・・?」

「うん、リット・・・」


 感動の再会。それで良い、良いんだ。


 これからの事はまだいい、世界が今も蝕まれ続けているがそれがどうした。

 今この時を、きっとこの二人はどれだけ待ち望んでいたのか。

 数十年以上の月日を、満たされない気持ちを抑えた。そんな二人なんだ、数分くらいの崩壊で音を上げるような世界ならこのまま三人で終わりを迎えたって良いとすら思える。


 だからこそ、俺もまた二人を一緒に両手で包み込んだ。

 この感覚を刻み込む為に。


「リット、メリス・・母さんを頼むな」

「・・・藍?」


 もう十分だ、本当に十分過ぎるほどだ。

 これ以上一緒に居たらきっと心も体も離れられなくなると確信し、俺は二人から離れる。


「やっぱり、行かれるんですね」

「ごめん、また・・・」

「いいえ」


 首を横に振るうメイス。その瞳はあまりにも力強い物だった、俺が一番好きな瞳だ。


「今度は・・・あの時とは違います」

「そう・・だな」


 お互いが上手く言葉を紡げない。

 本当はもっともっと多くの言葉を掛けてあげたい、伝えたい、別の世界の話を沢山教えてあげたい。


 もっと、一緒に笑い合いたいに決まってる。


「愛してます」

「俺もだ。愛してるメリス」


 その言葉が全てだ。



 俺は二人に背を向け歩み出す。


「な・・何、え、どうゆう事、藍・・・」

「リット、あの人をよく見ておきなさい・・・あなたの父上を」

「父・・上? あの人って・・・!?」

 

 きっとメリスは、最後までそれを伝えるかどうか悩んだのだろう。

 何で教えてしまったのか、またリットに辛い想いをさせてしまうのはわかっていた。

 それでもメリスは伝えた。理由は単純だ、これからずっと一緒に居る為の一歩に違いなかった。


 そんな二人を俺は・・・もう、見ることが。


 魅ることは・・・。



「じゃあ・・・行ってきます!!!」


 我慢が出来なかった。

 ただそれだけの理由で、振り返り俺を見守る2人に満面な笑みを浮かべて、俺はこの世界から消えて行ったのだった。





「―――藍ッッッ!!!」



 リットの慟哭が響いた。


 刻越藍の名前を叫ぶ事しか、今の少年には出来なかったのだった・・・。









カシャッッ!!!!



 シャッター音と同時にフラッシュが俺の暗い視界を一瞬照らした。

 光が眩しくて目を瞑っていた訳では無い。そのフラッシュが俺を目覚めさせたのだった。


「ん~~、あまり良い写真では無いね」


 カメラマン?


 その姿に見覚えはあった。

 俺達クラスメイトがメリス達のいる世界に転移する寸前に出会った人物。


 修学旅行の集合写真を撮った男だ。


「・・・ここ、修学旅行の?」


 改めて俺は周囲を見渡した。

 そこは全員で写真撮影をした場所。そこに俺は一人、あの当時の格好で立っていた。

 状況がわからないままキョロキョロとしていると、男が話し掛けてきた。


「初めまして、ではないけど、一応初めましてでいいですね。えーーっとたしか今は刻越藍で間違いないですよね」


 今は?

 この男、まさか前世の事を知ってるのか。


 自然と体が身構えてしまうが、男からは殺意というか、一切の意思を感じないように感じた。

 人形なんて言う程に無機物な物ではないが、なんだか異様な雰囲気を醸し出している為か対応に困惑してしまう。


「あんた、誰だ」

「あ~流石に忘れちゃってますか~」


 パンと手を叩くと男は表情を変えずに俺にある言葉を掛けた。


「またメリスに会えますように・・・たしかあなたはそう言っていたかなあの時」

「っ!? あんた・・・まさか」


 男の言葉は、俺が口にした言葉だった。

 記憶に無くとも言った事実は覚えている。



『わかりました、善処します』



 言葉と同時に急に頭に過った。


 白昼夢!?


 その過ぎった物にはあの球体、邪災獣を封印する瞬間の映像も共に過ぎらせた。

 それは封印の詳細だった。


 前世で俺がやった事。それは球体姿の邪災獣を自らの存在と共に封印した映像だった。

 あの強烈な爆発の後、俺は真っ暗闇の中一人で戦っていた。

 元々ボロボロだった身体に鞭を打ち続け戦い続けた。


 そして、俺はヤツを倒しきれないと悟り・・・。


「そうです、あなたは我が身と共にあの病原菌を外に出してくれたのですよ」

「病原菌? 出してくれた? なんだお前、まるでお前があの世界そのものみたいな言い方だな」

「そのもの・・・ん~~~」


 男は顎に手を当てて考え出す。


 なんだ? 今俺は世界とお話しでもしているとでも言うのか。

 メリスにまた会いたい。その願いを叶えてあげたかのように喋る男だ、あながち間違いでは無いのかもしれない。


「私は・・・どちらかと言うと、脳ですかね」

「は?」

「ですから、君達人間で例えるならば、世界の脳みたいな物なんですよ、恐らく。ほら、人間って脳だけでは生きていけませんよね? それと同じです」


 はい、そうですか凄いですね。

 なんていくわけないだろう。まるで俺は転移したての頃のような感覚を思い出した。

 全く何一つわからない、意味不明の事が多すぎて脳が追い付いていない状態だ。


 だがこの男の言葉をそのまま受け取るのであれば。


「つまり、俺はワクチンか何かかってことか?」

「あー!! そうですね~、上手い上手い」


 パチパチパチと手を叩き出す。

 こいつ絶対馬鹿にしてるだろう。


「で、世界の脳さんは、俺に何の用があるんだ」


 この空間に時間という概念があるのかどうかはわからないが、こっちとしては急いで凛上を封印したい気持ちでいっぱいだというのに。

 

「すみませんね、なにぶん前回が初めてだった物でよく理解しておらず、ご迷惑をおかけしてしまい」


 どっかのサラリーマンのように平謝りをする世界の脳。

 本当にコイツの言葉が意味不明過ぎて相手をしてると頭が痛くなる。


「まぁ、簡単に言いますと。このままじゃあ病気は完治出来ないんじゃないかなって困っておりまして」


 まだ邪災獣を病気と例えるつもりでいる。わかった、そっちがそう言うならばもうそれに乗っかるしか話が進まない。


 で、男の言葉をそのまま聞くのであれば、俺が再び封印するのにどうやらコイツは不服のようだ。


「じゃあ、あんたは俺に何して欲しいんだ」

「それが~~~・・・。元々私には選ぶ権利は無いので、ご教授頂ければと思い、あなたをここへ呼び止めたのですよ」


 なんだコイツマジで。勝手に呼び止めておいてグチグチと。


 落ち着け俺、ここでカッとなっても意味が無いのは明白だ。


「封印は・・・無駄だって言いたいのか?」

「恐らく、というよりも前回と同じように上手くいくとは思えないのですよ。邪災獣、今は凛上宝華でしたっけね。彼女の力は以前よりも増していると思われます、何でですかね」


 知らねーよ。何でって俺に聞かれてもわかるわけ・・・。


 いや、何となく思い当たる節はあるか。それは凛上が言った言葉だ。


―――永遠にこれを続けましょう。 


 凛上にはわかっていたのかもしれない、この状況を。

 続けるという事は、また俺と戦って封印されて、また別の世界で出会い、メリス達の世界に転移するように仕向けているのかもしれない。


 そう、奴には未来が視えるような節がある。出来ない事は無いのかも知れない。


 それをこの世界の脳とやらが言ってるとすると。


「どうしたらいいんですかね、本当に。このままじゃあ、きっと彼女の言うようにあなた達はずっと同じ様な事を永遠と繰り返す事になりかねません」


 溜息を吐く男の姿を見てると、本当にただ人間のように思えて新手の詐欺か何かだと勘違いしそうになる。


 繰り返す・・・か。

 それじゃあ、多分駄目なんだろうな。俺はつい、その場に座り込んでしまった。

 こうゆう時はまず一番の理想を思い浮かべて行く。

 そしてそれから妥協点を見出していく。ようは落とし所だ。


 一人俺は青い空を眺める。


 綺麗な透き通った青。連想する物は一つ、いや二つになったんだった。


 それが・・・きっと、二人の。

 いや、俺達の為になるはずだ・・・。


「何か決まりました?」

「そうだな・・・」


 ずっと眺めていたい空。それと別れを告げるように俺は目を瞑り重い腰を上げ立ち上がった。



 この世界の脳と名乗る訳のわからん男。

 優柔不断というのか、どうすればいいのかわからないから教えて欲しいなんて言い出し俺を呼んだらしいが、実際には俺の知らなかった事や思い出す事があったりと、納得せざる負えない事も無くはないと感じていた。


「凛上・・邪災獣は俺との関係性が自身の強さを増長してる、そうゆうことだよな」


 元の原因が前世の俺と邪災獣だと言っても凛上宝華にはある意味関係の無い物であり逆に素敵なきっかけなんて考えられてもおかしくはない。

 ならば、話しは簡単だ。


「えっと・・・何をされるのです?」

「記憶・・・いや、俺の存在だけを全部リセットしてくれ」


 これが唯一の突破口だと思うから。


「正気・・ですか? あなたという存在を消した場合、今まで積み重ねてきた物が無くなるのですが、せっかくあの恋人と築いてきたモノすらも」


 それを言うなよっての。こっちだって簡単にはいそうですかで捨てられる物じゃないってのはわかってる事なんだから。


 けれど、これくらいしかヤツを根本的に倒す方法が思い付かないんだから。

 

 永遠に俺という存在を追い続け戦い続けたいと豪語する凛上を倒すには、刻越藍がきっと邪魔になる。


 邪災獣を倒すのは、俺じゃない俺でないと駄目なのだから。


「理屈は理解しますが・・・それじゃあ、最初にあなたの願いを叶えた意味が」

「なら、今度こそ上手くやる事だな。あんただって上手く出来たわけでは無いだろうが、こっちは命以上の物賭けて望むんだ。あんただってそれ相応の覚悟で臨んでくれよな」


 男は、眉間に手を当て、んーっと考える続けた。

 何を考える事があるのかとふと思ってしまったが、願いを叶えるなんて良心的な事を言っているだけあって意外に親身になっているのかもしれない。


「安心しろ。なんとかなる」

「邪災獣は確かにそれで消滅出来るとは思いますが、再び恋人達の所に戻れるようとは思えません。仮に戻れたとしても、あなたはその事すら気が付くことは」


 熱い熱い。

 随分と最初に出会った時よりも情に訴えてくる。


 悪い奴では無い、ということなのだろう。


「俺達って絶対的な物があるんだよきっと。それは、あんたが手を加える加えない関係なくな」


 さぁ、っと俺は両手を広げる。

 覚悟が揺るぐ前にぱぱっとやってくれ、こっちはもうありとあらゆる事をずっと選ばされてるんだから。これ以上悩まさないでくれ。


 俺のその想いが伝わったのか、男は渋々と顔を歪ませていた。


「出来れば痛くないようにしてくれ」

「・・・善処します」


 そしてようやくその時が来たのだった。



 俺は今・・・白昼夢を見ている。


 今までその現象で多くの物を得てきた。だが今行われている物はその逆だ。

 魅せられているモノが次々と消滅していく。高校生の時の世界であろうと前世の世界だろうと容赦無く消し去っていく。

 終わりを告げるように浮かび上がる物全てが消え去っていく。


 俺が俺じゃなくなり、新しい俺が生まれる。


 そして邪災獣を倒してくれる。それだけでいい、それだけで。



 今は、そう願うしか・・・な・・。


















 刻越藍を邪災獣へと見送る世界の脳。

 溜息混じりに想いに耽っていた。これでいいのか、これが最善の策だったと言えたのだろうか。


 刻越藍達クラスメイト達の世界では、神はそういった事に干渉しないなんて言う風習があるようだが別に自分は創造者でもなければ神でも無い。多くある世界の一部、藍には脳なんて言ったが、本当にその程度。特別な物なんて何一つ無い。


 最初、偶然ではあるが彼と出会えたのは男にとって幸運だったかもしれない。そう男は、一人で見送った藍の存在を加味していた。



「ってあれ・・・もう一人? いや・・お二人様・・ですか」



 それは、藍が居なくなった後の事だった。

 

 今現れたのか、藍と擦れ違いに現れたのか。

 男の目の前には、藍と同じ高校の制服を着た男女二人が手を握って倒れていたのだった・・・。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る