エピローグ
大国の城下町は賑わいを見せていた。
そこには、メリスとリットの姿もあった。
元気いっぱいに走るリットとその姿を見て笑みを浮かべるメリス。
「こら~リット、こけても知りませんよ」
「大丈夫大丈夫! それよりも急ごうよ、ギルドの登録に遅れちゃうよ!」
「そんなに急いでもギルドは逃げませんってば」
ギルド。
それは教会騎士という世界唯一の勢力が崩壊した後に出来た民間が経営する世界規模の組織である。
人種に制限など当然無く、どんな人間でも登録する事ができ、クエストと呼ばれる依頼を取り扱う。
基本的にはモンスターの討伐を主な目的で運営されている為、多くの村人から王族まで幅広く依頼が殺到しているようだった。
「全く・・落ち着きが無いのは誰に似たんだか」
「あっー! また父上の話ですか? 本当に好きなんだから」
「何をー? お父さんの話聞きたいって詰め寄ってくるのはリットでしょうが~」
仲睦まじい会話が繰り広げられる。誰がどう見ても親子のやり取りだと思われること間違いない。
だが、今は誰一人として、この親子、家族が二度も世界を救った事を知らない。
最初の頃はリットがその事を惜しんでいた。
どうして誰も自分の母を称賛しないのかと、自分の父はまた命を賭けて世界を救ったと言うのに誰一人としてその事実を知ろうとしない事に不服になっていた。
そんなリットにもメリスと共に、父と同じように旅をして多くの事を学べた。
称賛なんて物は不要、何の必要性も無いと。自分達、母と自分だけでも誇りに思っていればいいと。
「母上ー」
「ん? どうかしたの?」
声を掛ければ返事が返ってくる。
当たり前のような日常は、こんなにも喜ばしい事だとリットは噛み締めていた。
本当なら・・・そこにはもう一人いれば―――。
「ううん、何でも無い。 それよりさ! あの時の話また聞きたい! アイツ・・父上と再会出来た時の話!!」
「もう、それ何回目ー? わかりましたー」
手を繋いだままリットはメリスから聞くその話が好きだった。
それは、メリスが一人単身で教会騎士に挑んだ時。
敵にトドメを刺そうとメリスが弓を引いた時に現れたのがリットの父だった。
弓を剣で弾き、止めたのだった。その時のメリスは、その止めた男が自分の愛した男だとはわかっていなかった。
そして、彼は戦った。メリスの攻撃を止めたのは何故か、それは彼の親友だったからだ。
親友と彼の戦いは激戦だった。お互いの主張を尊重し合いながら全力で挑んでいた。
最後に立っていたのは、彼だった。
その時にはその彼がリットの父であり、メリスにとっての愛した男だったと気が付いたのだった。
「本当に凄い奇跡だよねー」
「そうね~・・・信じられないというよりも、そうであったら嬉しいって気持ちが強かったかな私は」
「そっかー・・母上、ずっと一人だったもんね」
空を見上げるメリスの手をリットは強く握った。
その意味に言葉は不要だった、メリスもまたそのリットの手を強く握った。
もう離さない。
それが彼との約束でもあるのだから。
そうしてメリスとリット二人はギルドへと向かい、登録を済ませようとしていた。
登録には簡単な書類の記入が必要だった為、二人で一緒に行った。
先に記入を済ませたメリスは、周囲を見渡していた。
教会騎士が無くなった。
これからはここにいる者達が多くの人を救っていくのだろうか。
もしかしたら何かのきっかけで一緒に戦う事になるかもしれない。
そう思うと、不思議と笑みがこぼれてしまった。
「母上? どうしたの」
「えっ!? あぁーごめんごめん。終わったのね」
「うん、審査は明日の朝には終わるって・・・さっきの説明聞いてた?」
「う・・・うん」
ついメリスは顔を赤くしてしまっていた。
完全にギルドの受付の話を聞いていなかった事、そしてそれをリットに問い詰められてしまった事。
また彼に笑われてしまう。しっかりしてるのにたまに天然だと。
「大丈夫、母上には俺が付いてるんだからさ」
「あはは、そうだね。頼りにしてます」
得意気に胸を張るリットが愛おしく感じながらもメリスは一人小さく心の中で反省していた。
もっとしっかりしなくては・・・と。
ドンッ・・・!
そう、心の中で誓ったはずなのにも関わらず、人とぶつかってしまった。
「すみません、ぼーっとしてて」
「いえ・・ごめん、なさ・・い」
ヤバいヤバいと頭を何度も下げて、先に出入り口で待っているリットの方へ駆け抜けて行った。
「母上、本当に大丈夫??」
「うん! 大丈夫!!」
今度は逆にメリスの方からリットの手を取った。
「明日まで余裕があるからどうしようっか! ご飯にしようっか!」
「えー、節約するって話・・・わかったよー!!」
ただの親子二人の関係。
けれど二人は、普通の親子よりも少しだけぎこちない。
不慣れな母。不慣れな息子。
共に過ごした時間は昔に比べて圧倒的に増えたが、それでもまだ足りていないのかも知れない。
だとしても、これから二人は、どんな時でも一緒に居る事を誓いあっている。言葉に出さずともお互いそう感じている。
急ぐ必要は無い。時間はまだ多くあるのだから。そう、多くの、長寿の時間が二人にはある。
だからこそ、二人は・・・密かに待ち続けていたのだった。
「・・・・・・」
それは、メリスとリットがギルドを出て行った時。
メリスにぶつかった虚ろな目をしている男、まるでメリスを目で追っていたかのように出入り口をじっと見つめていた。
「おーーい! 早くこっちだってばー!! もう、少し目を離すとすぐどっか行くんだから!」
「いいじゃんいいじゃんゆっくり行こうぜ、なぁ?」
陽気な男と小柄な女の二人が虚ろの男を呼ぶ。3人は仲間だった。
陽気な男が虚ろの男の肩を触れるが、小柄の女が急に怒り出した。
「何言ってんの! あんたが今回は"スマホ"作ろうって言い出したんでしょ! こんなに早く"合流"出来たのなんて珍しいんだから時間が惜しいの!!」
「まあまあ、元悪役令嬢様」
「それいつの話してんのよー!!!!」
むきーっと怒る小柄の女。
そんな彼女を無視し陽気な男は今も出入り口を見続ける虚ろの男に声を掛ける。
だが、不思議と返事が無い事に違和感を覚えていた。
「もう!! 私先に手続き済ませるからね」
「いや、ちょっと待て」
真剣な声色でギルドの受付へ向かうのを止めた。
まじまじと虚ろの男の様子を見ていると・・・何かを確信したかのように陽気の男は全身の毛が逆立つ思いで喜んでいた。
「もしかしたら・・・俺達、やっと"辿り着いた"のかも知れないぞ」
「辿り・・って!! 嘘っ・・本当に!?」
小柄の女もすぐに同じ様に虚ろの男の様子を見ると驚愕した表情を浮かべた。
あまりの驚きに、涙を流しそうになる程に。
「・・・・・・」
それでもなお、その場から動こうとしない虚ろの男。
そんな様子を余所に二人はお互いの目を合わせ喜びに満ちていた。
「・・・叶った」
「あぁ・・・俺達の・・・俺とお前の"願い"が叶ったんだ」
虚ろの男の両手を二人は触れる。
何かを伝えるかのように、何かを教えるように。強く握った。
それはまるで、メリスとリットのように、その二人に負けないくらいに強く。
実際にそうかもなのかも知れない。
この3人は、メリスとリット以上の旅を続けたのかも知れない。
この世界の話では無い。
一つだけの世界の話では無い。ありとあらゆる世界を旅をしてきたかのように。
目的地である、ここへ来る為に。
それはあまりにも長い、ハーフエルフの長寿を超える程の、時間を超越した旅路。
そんな長い旅も、3人だったから乗り越えてきた。
誰一人欠けさせる訳にはいかないと必死になった結果。
どんな事があっても3人は、常に一緒。
それは、小さな願いから生まれた大きな願い。
全てを欲するのでは無い、必要なのはそれだけだと。
そして・・・これからは・・・。
「信じてた・・・二人共。本当に、ありがとう」
虚ろの男は、ただ虚ろ目のまま涙を流したのだった。
まるで、光を取り戻すかのように・・・。
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