第15話 真実
これが最後。そうメリスは、徐々に光りの粒子へと消えていく大司教の塊を静かに見守っていた。
俺はさっきのメリスの言葉を思い出していた。
―――傍に居て上げれる。
そっと、メリスの肩に触れる。
メリスも触れた俺の手に自分の手を重ねた。想いを共有するように。
「長かった・・・うん、きっと長かったんですよね」
思い出に耽るようなメリスにかけてあげられる言葉がすぐに思い付かなかった。
俺が刻越藍として転生している最中もメリスは必死に戦い続けたのだろう。
刻越藍が生まれた時も、たくさん涙を流していたのだろう。
俺達がふざけて笑い合っている時も、一人、寂しさを紛らわせていただろう。
そんなメリスにかける言葉は・・・。
「ごめん・・・メリス」
「・・・?」
全て終わった。長い長い旅を一先ず終えたような達成感。
もう隠し事はしてはならない。
封印の事も結局、メリスが知っていればこんな苦労もさせる必要もなかったはずだ。
だから俺は・・・口を開いた。
「まだ・・・終わりじゃないんだ」
「え?」
そうなんだ。
俺が見た、メリスと触れた時の白昼夢は、邪災獣の封印の事を見せたのではなかった。
きっとあの白昼夢は俺の中の記憶を見せた今までの白昼夢とは違う。
警告。
封印の事は恐らくその"ついで"しかない。
俺は過去を思い出す。転移後のこの世界で起きた事を。
『きゃぁ!! は、離してぇええー!!!!』
重要なシーンかのように俺の脳内から呼び起された出来事。
それは、俺がこの異世界に転移させられ、ゴブリンの襲撃を受けていた時の事。
俺は見ていたはずだった。
「いるんだろ? 邪災獣・・・!」
「えっ!?」
不自然だったはずだった。
ゴブリンによって引き剥がされた制服。そこには誰もが口を揃えて不自然な点は無いと言うに違い無い。
だがそれは、透達、転使という存在であれば話は別だった。
「それとも・・・」
ある物が無い。
その時は、無い物が普通だと思った。全身の傷一つ無い姿に安堵していた。
その姿には、何一つ違和感が無かったから安堵した。
「こう呼んだ方がいいのか?」
転使が持つはずの、"刻印"。
その上半身が綺麗に破け、気付くはずの刻印。俺自身が持っていないからと、迫害を受けたその刻印。
もう一人居たんだ。
俺と同じように、刻印を"持っていない"人物が。
「凛上宝華・・・!」
俺は振り向き、物影を睨み付ける。
すると、ゆっくりと影から礼拝堂の照らす光りを浴びるようにして姿を現した。
「あれ~どうしたのかな? あ・い・く・ん」
物影から姿を現した凛上は、不自然なまでに笑みを浮かべる。
まるで俺とメリスが出会うのを見計らっていたかのように。
「ふざけた面だな」
「酷いな~。私は私、凛上宝華だよ? 刻越藍という男の子が大好きな・・・普通の女の子だよ?」
「あなたっ!!!」
メリスがその姿を見てすぐに身構えた。言葉に反応したのでは無い。俺の言葉を理解しそして感じ取ったのだろう。
一度感じた事のある魔力。
俺と共に立ちはだかったあの最終決戦の時に感じた悪意の塊としか表せない壮大な魔力を。
「本当に・・邪災獣。ならっ!」
「あぁ、そうだ・・・。本当は、そうだったんだよ」
俺はたった今消滅した人間が居た場所を見る。
大司教の居た場所を。
「邪災獣の召喚は・・・成功していたんだよ」
「大正~解!! はいパチパチパチパチ~~」
無邪気に振舞う凛上にメリスは常に警戒している。そんなメリスの緊張を解すように、俺はメリスと目を合わせ頷く。
俺がいる限り大丈夫だと。
「私もね、凄く驚いたんだ。この世界に帰ってきた時はもう色々と戸惑ってたんだよね。急に刻印なんて言い出すもんだからみんなに合わせるのも大変だったし、あの大司教とか言うアホ、私が残した記述間違った解釈してるしで、もう大変だったんだからね~」
プンプンとワザとらしい怒った仕草を披露する。
ある意味で凛上らしいと言えば凛上らしい。
本当に怒ってるのは間違い無いが、ガチギレして空気を壊してしまうことを凛上宝華という女は出来るだけ避けてきた。
今はどうかわからないが、ふとそんな仕草を思い出すくらいには、一応は凛上という人間は知っているはず。
「まさか、お前も俺と同じ・・・前世の記憶持ちなのか?」
「ん~~~よくわからないけど・・・」
人差し指を頬っぺたに刺し可愛い子アピール。
本当にふざけているのか何なのかわからなくなる。
だが、断言できる事がある。
それは、目の前にいる人間が俺の知る凛上宝華では無いということだ。
「私ね。小さい頃からずっと変な夢を見ていたの」
夢。
しかも小さい頃という事は、元の世界での話。
つまりは、俺と同じか。
「とにかく、男の人が出てくるの。凄く格好良くてね、凄く強くてね。今藍君が持ってる剣と同じ物を持ってる人」
「藍と、って・・・まさか、本当に」
メリスも気が付いた。
こいつはこの世界の住人だった頃の前世の俺を、俺と同じように夢で見た。
「ほぼ毎日のように見る彼の姿、そんな彼を見続けていたら惹かれるのは時間の問題だったんだ。そこのハーフエルフならわかるよね?」
「一緒にはして欲しくないですね」
「あれ~そっか~残念~」
それから凛上は、多くを語り出した。
最初に出会ったのは、しがない森の中だと。彼はハーフエルフと共に居たと、共に戦っている姿だと。
「もしかして・・私達が最初に」
「あぁ、邪災獣の一部と戦ったあの時か」
凛上は自らの見た夢を俺とは違い忘れることなんかなかったと熱弁する。
まるで証明するように、前世の俺とメリス、そして仲間達の邪災獣の一部との戦いを一つ一つ説明していく。
「そしてね・・・私、ビックリしたんだ。高校の入学式の時・・・本当に心臓が飛び出しそうになるくらい!!」
高校の入学式。
凛上の言葉に俺も当時を思い出した。
桜が舞う校舎、入学式が終わり透、澄原、いつもの3人で帰宅しようとした時。
『あの・・・!!』
『何この美人さん、藍の知り合いか』
『お前の浮気相手だろ』
『はぁ!!!? 透!!!?!?』
『藍!!! 言っていい事と悪いことがあるだろうが!!!』
『俺は止めたんだ澄原、でも透が』
『透!!!!!!!!』
急な取っ組み合いを始めた俺達に声を掛けたのが、紛れも無く彼女だった。
『ふふふふ、あはははははははは』
ただ、お腹を抱えて笑い続けた。美人である顔を歪ませるほどに。
そんなにも笑わせることをしたのか当時は疑問に思っていた。
『ごめんね。私、凛上宝華!!』
それが凛上宝華との初めての出会い。
「あの時、私は身が震える想いだったの。全く違う別人なのに、私はあなたに惹かれてしまったの藍君、私が夢で見ていたあの人と、あなたが重なって見えた。透君と由子ちゃんの二人と仲良くしている空気感を感じれば感じるほど、あなたはあの人と混ざり合っていたの!!」
まるで、ダイナミックポエムを聞かされている気分だ。
どっかの劇団員にでも所属していたのかって聞きたくなるくらい全身で当時を表現する凛上。
一目惚れか。
しかもそれが邪災獣による記憶から生まれた物。
恐らく俺という存在が邪災獣を封印しているからこそ見た夢なのだろうか。
そんな物から生まれる恋。凛上にとってはそんな理屈なんて関係ないのだろう。
恋は理屈じゃない。なんて言葉、そういえば意外に乙女チックな澄原が言っていたような気がする。
「けどね・・・そんな楽しい日々は長く続かなかったんだ。藍君ならわかるよね?」
「・・・この世界の転移か」
凛上にとっての恋路の終了。
それのお知らせは、恐らくこの世界の転移だったのだろう。
俺自身の例を題材に考える容易に想像できる。
きっかけが訪れる度に見せられる白昼夢。
そして次第に明かされた、その正体と真実。
「ちょっと悲しかったなー、でもね。私は何も変わらないよ? 邪災獣であろうが無かろうが、私は私、刻越藍君を愛している凛上宝華なの」
眉間がピクっと動く。
俺は今、前世のラスボスから愛の告白を受けているとでも言うのか。
このまま上手くやれば、ハッピーエンドへと向かう事ができるのかもしれない。
そんな淡い期待は・・・、凛上の言葉で木端微塵に吹き飛ばされた。
「だから・・・永遠にこれを続けましょう」
スッと一瞬で姿を消した。
すぐさま俺達は振り向くと、そこには落ちていた書物を眺めながら拾う姿の凛上が居た。
大事そうに両手で書物を抱える凛上。
次第に凛上の胸部が黒く渦巻き出した瞬間、書物が徐々に凛上の中へと入っていく。
自らの一部を取り戻すかのように。
「何をする気だ凛上!!!」
「何って、さっき言ったよね?」
くるりと一回転し小さいスカート靡かせる。
そして極上の笑顔を上げると言いたげな表情で俺とメリスに告げた。
「さっき藍君が言った通りだよ。あなたが何があってもそこのハーフエルフに会いに行くように・・・私もあなたに」
ニヤっと笑う顔が女子高生がする顔では無かった。
悪魔。
そんな言葉にしか俺には言い表せなかった。
「封印され続けたいの!! この運命を永遠の物にする為にね!!!」
凛上が言い放った瞬間膨大な魔力が凛上から噴き出した。
あまりにも大き過ぎる自信に、俺とメリスは膝を付いてしまう。
この力・・・なんで!?
「何故だ。お前は俺が今も・・・!!」
「そうだよ、間違ってないよ藍君!! 私は今もあなたに満たされている。あなただけの凛上宝華! けどさー・・・」
グググっと俺から目線を移す。
目線の先は、俺と同じように膝を付くメリスだった。
俺は何の事かわからずいた。
メリスには関係の無い話、だから多く迷惑を掛けてしまっていたはずなのに・・・。
「まさか・・!!」
今までで見たことの無い程の血相。
何かを理解した瞬間のメリスの顔を、俺はただ眺めていることしか出来なかった。
「正解で~~~す。答えは・・・!!」
凛上は右手を生み出した魔方陣に突っ込む。
人一人入る事が出来る程の大きさ。
そこから、何かを取り出そうとしていた・・・。
そして凛上の右手に掴まれているのは、俺も知っている一人の少年だった。
「貴様!!離せぇえええええー!!!!!」
揺れ続ける地震に屈せずメリスは飛び出した。
鬼神の如く勢いで凛上へ向けて刃を突き刺そうとする。
だが、凛上はただ右手を動かすだけだった。
たったそれだけメリスの攻撃を一瞬鈍らせた。
「どーーーーーーんっ!!!!」
「ぐぅっ!!!」
衝撃波がメリスを軽々しく吹き飛ばした。
それでも揺れに足を取られながらも立ち上がりすぐさま凛上へ向かおうとメリスは我武者羅になっていた。
「落ち着けメリス! どうしたんだ!!」
「あの子が!! あの子は・・・!!!」
俺が正面から抱き止めながら静止を呼び掛けても、メリスは暴れながらも手を伸ばしていた。
その表情は俺の知らないメリスだった。
まるで子供のように、駄々を捏ねる姿に俺も戸惑いを隠せないで居た。
当然メリスがこうなってしまった原因は、凛上が呼び出した少年・・・。
「リットォオオオオオオオオ!!!」
何も知らない刻越藍の初めての仲間であり、最初で最後の異世界の友達。
彼が今、何故か凛上の手によって宙に浮かされていた。
「あぁ~~~~~~!!! 素敵! 本当に素敵!! こんなにゾクゾクしたのなんて、初めて藍君に出会った時以来だったわ!! この子を見つけた時すぐにわかったんだから。藍君がそこのハーフエルフと触れて最後の白昼夢を見た時と同じように、私も最後の白昼夢を見たのよ!!」
だらりと宙に浮くリット。
そんなリットに凛上は気持ちの悪い手付きで顔をなぞる様に触っていた。
「この目元、本当にそっくり、鼻の形もここまで似るなんてビックリ、そして何より、この吸い込まれそうになる唇がもう堪らなく興奮させるわ~~」
「その子に触れるなぁああああああああ!!!!!」
俺に抱き止められながらも強力魔法を発動するメリス。
メリスの背後には炎を纏った巨大な翼を広げるモンスターが姿を見せる。
フェニックス。
炎を司る不死鳥の精霊、メリスの力の一つが強烈な熱気を宿しながら凛上へと羽ばたき突撃を仕掛ける。
「あはははっははははっははは!!!!!」
気が狂ったかのように笑う凛上の目の前にはどす黒い魔法障壁が展開される。
フェニックスと障壁が衝突したの一瞬の出来事だった。バリンっと障壁が破られた音と共に鳥の鳴き声が響きフェニックスも共に消滅した。
息を荒げる暴れるメリスを止めながら凛上を見ると、凛上の全身は攻撃を受けたように服の所々がチリチリと燃えていた。
「ふふふふふっ悔しいなぁ、今のあなたにはきっと私勝てないんだ。もう一撃撃たれたらきっと死んじゃうだろうな」
「卑怯者っ!!」
「そうだよね!わかってるよね!!? 次同じ様に私に攻撃なんかしたら―――」
息を大きく吸って凛上は口にした。
その言葉を、俺の知らない真実を。
「二人の"息子さん"死んじゃうもんねぇええー!!!!?」
凛上の言葉に俺は、一瞬で力を抜けさせられた。
「リットが・・俺の、息子・・・?」
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