第14話 因果転生


 喪失感にただ押しつぶされそうになる。

 当然覚悟はしていた。こうなる事は、透と戦う時に覚悟していた事だった。

 透は澄原とこの世界で生き抜くことを選んでいた。それは償いか、それとも選ぶ事の出来ない選択だったのか、はたまた両方か。


 その透の覚悟に答えない訳にはいかない、その一心で透と戦った。

 透から教えられた。俺が最後まで何をするべきなのか、何がしたいのか。


 そう、俺は・・・今はもう声を聞く事が出来ない透に、透達に教えられたのだ。






「素晴らしい、素晴らしかったですよ・・・!!」

 

 血みどろの地面をただ眺めるだけの俺の背後から高々と歓喜の声が響く。


 声の主は、大司教だ。


「親友同士の厚い、熱い絆。そして愛情! どれだけの困難が立ち塞がろうがそれは不変! 時も場所も、その不変を妨げるモノはいない!」


 不変?

 間違いはない。それは決して変わる事のなかった俺達の関係だ。

 どれだけの事情があろうと、どんな場所であろうと、お互いの言葉が相容れないとしても。それは変わる事はなかった、変えてはいけないと思ったから。


 親友だから、大切な存在だから、大事な人達だから・・・。


 それに間違いはない。

 間違いないが。


その言葉を、お前なんかの口から発せられる事。

 俺の全身が支配されてしまう。

 心の奥底から込み上げてくるモノ、全てを呈しても足りない程のモノが駆け巡る。

 

 我を忘れる自信しかなかった。

 そんな俺を正気にしたのは、激昂したった一つの言葉だった。



「黙れぇええええええっー!!!」


 ドスの効いた言葉が礼拝堂を響かせ周囲を震撼させた。

 その一言は、俺の全てを浄化させた。まるで、自分の事のように、俺以上に怒りを露にするその姿に。


「あなたは、部外者でしょうメリス・メリンナ。何を―――」


 礼拝堂が大きく揺れ動いた。大司教の話を遮るように、メリスは一歩足をとてつもない力で踏み出した。

 ただ一歩足を踏み入れただけで、大きなクレーターを作るほどだった。


「黙れと言ったでしょう。部外者なんて関係ない。私は・・・私はただ彼を・・"この人"をこれ以上傷つけさせたくない、それだけよ」


 踏み入れた一歩に揃えるようにまた一歩、俺に背を向け庇うようにメリスが二つ目のクレーターを作り大司教に対峙する。


 その背中は、あまりにも大きく、力強く、これまでの生き様を見ているようだった。

 それはきっと、俺がこの世界から消えてからの、彼女の物語。


 共に戦ってきた仲間達は次々とその生涯を終えて行き、今はもう隣で戦うことの出来ない最後の仲間の分まで脇目も振らずに戦い続けた。


「ようやく理解しました。これまでどんなことがあっても挫けてはいけないと自分に言い聞かせてきました。何度も何度もみんなの死を看取り続け、目を逸らしたい気持ちを懸命に抑え続け、何度この"長寿の力"を悔やみ続けたか」


 きっと一人一人の最後は目に焼き付いている。

 俺の知らない老いた姿の仲間達の最後には何があろうと必ず駆け付けていたのであろう。


 何故こんな思いをしなくてはならないのか。

 俺は親友の透を失っただけでこんなにも気持ちを壊された。


 なのに、今俺の前に立っているハーフエルフの彼女は、それを何度も経験してきたはずだ。

 俺以上に、俺なんかが想像出来ないほどの苦しみを味わってきたはずだった。


 それなのに彼女の姿は、あまりにも偉大だった・・・。


「きっと、私が何度も願った事を・・・この人にして上げる為!! 悲しい時に、傍に居て上げれる、この瞬間の為だったんですよ」


 ゆっくりとこちらを向き微笑んだ。

 その笑みはあまりにも眩し過ぎた、これまでの疑念が晴れたかのような笑顔に俺は、また涙が出そうになっていた。


 自分の事ではない。それはメリス、彼女の事を思っての涙だった。 

 この世界に転移させられてたった数日、俺は疑念に疑念が重なり押し潰されていた。


 何故、何で、どうして。


 一つ一つの浮かび上がる疑問を潰していく量は確かに多かったかもしれない。


 彼女は言った。


―――この瞬間の為。だと



「・・・っ!!」


 何度もぐちゃぐちゃにし続けた顔を袖で拭う。そして同時に誓う。

 泣いている暇なんて無い。

 きっと彼女に甘えればその時間を作る事は容易だろう。


 だが、そんな事をすれば・・・きっと俺は笑われてしまう、あの二人に。

 もう、これ以上見っとも無い姿を見せる訳にはいかない。


「・・・おかえりなさい」

「あぁ、ただ・・いま。ありがとう・・・メリス」


 差し出された手を、俺は力強く握った。


ドクンッ・・・!!!


 鼓動が全身に走り出す。

 それが答えだと言わんばかりに。これが全身全霊が求めていた答えなのだと、俺に・・・刻越藍に伝えるのだった。


 そして俺はまた、新たな"白昼夢"を見た。


 その映像は、今までの物とは違う・・未知であり、未知では無い。

 本当の喪失していた、モノだった。



「どうかしましたか? えっと」

「刻越藍、悪いけどそれが今の・・・」

「いいんですよ、わかってます。あなたはあなた・・少し妬けますが、私は、今満たされています」

「ごめん、ありがとう」


 このままキスの一つをして上げたい気持ちをぐっと堪え、俺はメリスの隣、いつもの立ち位置と言わんばかりに動き出す。


 それは、メリスも同じくお互いの本能が自然と空気を作ったのだった。

 俺とメリス、共に一歩踏み出す。

 ただそれだけの動作に大司教は、一歩だけ身を退いた。



「どうした、さっきまでの威勢は。お前の言う不変とやらが今ここにもあるぞ」

「そうです。長い・・本当に果てしなく永く思える時間を超えて、私達はここに立っています。いつものように軽い言葉で表してみますか?」


 メリスが挑発をしているなんて想いもせず、俺は小さく微笑み、それを隣で感じたのかメリスもまたふふと笑って見せた。これから何があったのか、色々な事があったであろう彼女の話を聞くのが楽しみで仕方がない。


「愚かな・・・!!! 愚かな愚かな愚かな愚かな!!! 貴様等は愚者だ!! 命という儚い光の、冒涜者だ!!」


 狂ったように叫び散らかす大司教。

 その姿があまりに滑稽で、俺の顔から笑みが剥がれないでいた。


「命の冒涜・・そうだな。だが俺は、お前等がした転移だけじゃなく、転生もしていた人間なんだ。俺は、長寿の彼女が生き永らえる限り、何度でも転生してやる。誰が何と言おうと何があろうと、もうメリスを・・・最愛の人を悲しませない為にな」


 そうだ。これはきっと必然だったんだ。


 この大司教が厄介事を起こそうが起こすまいが、きっと俺は、メリスに会う為なら世界を跨いでも会いに来るだろう。


 きっと、刻越藍という生涯を終えても。何度でも。


「・・・・・・」


 ふとメリスの方を見ると、身体は凛々しく武器を構えているが表情が少し赤くなって目が泳いでいるように感じた。

 相変わらず美人の癖に、こうゆう事には滅法弱い事に、ただただ愛おしさを感じる。

 そんな俺も大概か。


「ならば私が正攻法をお教え致しましょう。あなた達お二人が、永遠を共にする為の・・・方法をっ!!」


 俺達に背を向けた瞬間、宙に浮く書物に手を伸ばす大司教。


 メリスは即座に止めに入ろうとするも俺はメリスの前に手を出し静止させた。俺を心配そうに見るメリスだが、すぐに俺を信じて一緒に大司教の行いを見守る事にした。

 きっとあれが大司教の目的である邪災獣の復活の為に必要な事だと。


「さぁ!! 邪災獣様! あなた様のお力を今ここに、捧げますは・・愚かな者達の礎と転使達の力です!!!」


 書物を掴み大きく掲げる大司教の全身が光り輝く刻印で埋め尽くされると同時に、大司教の全身から黒い連なる紋様が次々と手に持つ書物へと吸い取られていく。


「これで世界に均衡が生まれるのです! 世界は救われるのです、邪災獣様によって!!! さぁ・・我の下に・・・降臨されよ!!!」


 全身の刻印が全て吸い尽くされた。


 邪災獣の復活。

 その瞬間が今目の前に起きる。


「藍! あれを止めないと!!」

「いや大丈夫。・・・だって」


 俺のローブを引っ張り焦るメリス。それもそうだ、この計画があの邪災獣との戦いから何年後に考えられたのか知らないが、それまでメリスはその阻止に奮闘していたはずだ。


 だからこそ、メリスには本当に酷い事をした。

 これはきっと俺のせいでもある、後で懸命に謝るしか無い。


 でもまぁ尻に敷かれるのは、意外に嫌いじゃない。



「邪災獣は復活なんてしない・・・」

「え?」


 その言葉はメリスだけでは無く、今まさに待ちに待った瞬間を盛大に喜ぼうとしている大司教にも届いていた。


 違う形で二人は血相を変えて俺の声に耳を傾けた。



「だって・・・俺が封印してるんだから」


 それが、メリスと触れた時に見た。最後に喪失していた記憶だった。


 そして俺の言葉の事実を示すかのように、刻印を全て回収した書物は、地面へとポトリと虚しく落ちた。

 先ほどまでのビカビカと光り続けていた物が嘘のように、そこにあるのはただ一冊の書物だった。


「な、なななな何故!!!!?」

「だから言ったろ、俺が封印したって。その名の通り命懸けでな」


 あの戦い。

 俺は邪災獣という存在を滅ぼす事は出来なかった。

 きっと力が足りなかった。そして覚悟も足りなかったのかも知れない。

 あの時の俺に出来ること、それは自分を犠牲にしてでもこの世界、メリスを守りたいという気持ちで必死だった。倒す事よりも先に守りたい一心で。


 その結果が、封印だった。


「最初からお前の計画は無駄だったんだ。復活・・・それは死者を戻そうとする行為。だが残念ながら邪災獣は死者じゃない。そんな存在を復活なんて、出来るわけないだろう?」

「復活が・・出来な―――がぁっ!!!?」


 報い、なのか。大司教の身体が突然グニャリと曲がり出した。


 身体中が本来曲がるはずの無い方向へとねじれ出し、その度に声を上げる。

 あまりにも情けない声に、俺は哀れな目でそれをただ見守った。


「皮肉だな。お前の計画で呼び出した訳のわからんガキに計画の根底を邪魔されて」

「ふ、ふ、ふぅぅぅうう!!!!」


 ふざけるな。そう言いたいのか。

 もう、今の大司教は、身体全体がめちゃくちゃに凝縮され人間ボールへと変貌を遂げようとしていた。

 過剰な刻印の吸収、書物を使おうとした反動、何が理由なのかわからない。


 だけど、もう奴は・・・。


「・・・藍」

「あぁ・・・任せる」


 俺とメリスに細かい言葉は必要なかった。メリスは弓を力強く引き絞る。今までの、長く思い続けた因縁にケリを付けるように。


 俺と同じように、憐れみの目で、しっかりと狙いを定めて。


「が・・・!!!!!」


 それが大司教の最後の言葉だった。

 凝縮が続く身体、頭全体が内側に入ってしまう前にメリスの放った矢が顔面に直撃した。


 きっとこれは、慈悲なのだろう。


 あまりにも間違った方法で世界を救おうとした男の・・・。 

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