第13話 因縁

 俺の声は・・届いている。

 目の前で息を荒くしている透と目が合う。


 そして透は、大きく息を吸うと同時に表情を一変させた。


「やっぱ・・・気が付いてたか藍」

「あぁ、あの時から。お前手加減してたんだろう」

「ふっ、そうでも無いけどな」


 俺の知る透。

 澄原にずっと悪夢を見せられていた時の獣のような仕草はもうそこには無かった。


 演技だった。

 何処から何処までなんて俺にはわからない。だが俺と再会した時には恐らくもう澄原の人形を演じていたのだろう。


「澄原の為・・・か」


 そう俺が呟いた瞬間だった。

 一瞬で俺との距離詰めてきた。


 透の拳が俺の顔面目掛けて振り被られた。


「ちっ・・・!」


 瞬時に俺は剣で防いだ。

 普通の人相手なら恐らくやられていた。だが相手が相手だった。


 親友の透、親友だからこそだった。

 いくら俺も力を付けたからと言って心構えは変わらない。


 親友だからこそ、一切の気も許してはならないと。


「あぁ! そうだ!! 澄原と・・・俺と!! 二人の為のな!!」


 防いだ俺の剣を掴み取り、俺ごとぶん回しす。されるがままに抵抗出来ず俺は壁へ投げ付けられ激突する。


「二人の為・・・か、お前らしからぬ事言うじゃないか。随分と様変わりしたじゃないか透」

「ッ!!!! 藍ぃぃいぃいいいー!!!!」


 何事もなかったかのように立ち上がる俺に透は血相を変えて飛び付いてくる。


「メリス!! 預かっててくれ!!」

「えっ!? な、なんで!!?」


 俺は剣をメリスに投げて渡した。

 そして透と同じように両手を光らせた。


「ぐぅぅッッッ!!!!!」

「がぁぁッッッ!!!!!」


 お互いの拳が顔面に減り込む。

 こんな事は過去に多くやってきたことだ、事あるごとに俺達は喧嘩をしている。他のクラスメイトは知らないだろうが、意外に俺達は馬が合うようで合わず、こうして殴り合うことが多くあったのだった。


「てめぇ等の都合で殺され掛ける身にもなってみろよな!!!」

「うるせぇー!! 何も知らない癖に!!!」

「はなからこっちは!! 何も知らねぇんだよ!!」


 殴り合いは続く、お互いがお互い身体強化をしている。

 攻撃力を上げた拳は強化された防御力で相殺しあっているのがわかる。それは恐らく透も同じだ。

 刻印の力が偉大なら、俺の培ってきた経験の魔力も決して引きを取らない。


「透! お前まさか、まだ俺が犯人だって。この世界に来てしまった原因が俺だって、そんな事言うんじゃないだろうな!!」

「そんな訳あるか!!」


 透の頭突きが俺の頭にクリーンヒットする。

 どれだけ石頭なんだこいつ。


 でもまあ、二人して同じように思っているはずだ。

 その証拠にお互い頭から血を垂らして睨み合う。


「いいかよく聞け藍! 俺達はな!! 俺達の転移は間違いだったんだよ!!」


 間違いだった?

 透の言葉が一瞬わからず思考を停止してしまった。その隙を付かれ俺は胸倉を掴まれそのまま地面に倒された。


「ふはははっははははは!! そうなんですよね! あなた達はふはは・・・あははははっは!!!」


 俺達が殴り合っているのを見て高笑いをしているのは、大司教だった。

 そんな耳に入れたくも無い声が頭に突き刺さり刺激され、透の言っている事の意味を俺は飲み込んだ。


「まさか・・・"事故"なんて言うんじゃないだろうな」

「そうだ・・・!! 俺達は間違ってこんな世界に来ちまったんだよ!! 大司教が呼び出そうとしていたのは俺達じゃない!!」


 それを聞いて。俺は頭がおかしくなりそうになった。

 何がどうなってるのか、俺が最初にこの世界に来てからわからない事だらけで今もそうだったと改めて実感した。


 この白昼夢のせいだとばかり思っていた。

 何のゆかりも無いみんなを巻き込んでしまったのでは無いかと。


「だから言ってるじゃないですか、私の目的は・・・邪災神の復活だと!! まさか、復活の儀式でふふふふ、こんな! こんな出来損ないの無能のガキ共が転移してくるなんて、誰が予想出来たっていうんだ!!」


 豹変したかのように大司教はキレ散らかし始めた。


「パンドラに記された通りの儀式で邪災獣は復活するはずだった!! 復活するはずだったのに!! それなのに訳のわからんガキ共が現れてその世話なんてさせられて・・・私の気持ち、わかりますか??」

 

 豹変したと思ったら次は涙を流し出す。なんて情緒不安定なんだあの大司教とか言う奴は。


「だから、もう俺達は帰れないんだ」

「なら、何でみんなに人殺しなんてさせ――っ!?」


 俺が口にする事をわかっていたのか。

 透の目からは悔し涙が零れ落ちていた。


「透・・・」


 名前を呟いた途端に俺は投げられた。俺にその表情を見せないかのように悟られないように。

 もうその行動でわかってしまった。


「だ、大丈夫」


 ズサーっと地面を転がりメリスの足元まで飛ばされた俺は、手で大丈夫だと告げるだけに済ませた。


 透、お前・・・。

 何で泣いてるんだよ。何でそんな面見せてるんだよ。


「いいか藍、俺達はこの世界では異物なんだ。異物の俺達には、元々生き残る術はほぼ無かったんだ。何をどうしても・・異物の俺達はこの世界に消される」


 抵抗は出来ない。その悔やみ。

 刻印という力を持ってしても、いや持ってるからこそ透にはわかってしまったのだろう。


 自分達の未来が。


「なのに俺は由子を・・・!! 一番大切にしなきゃならない由子の心を壊させちまったんだ・・・だから!!!」


「だから、俺を殺すのか」

「そうだ!! それしか俺と由子が生き延びる方法が無いんだよ!!!」


 再び透が俺に飛び掛かる。

 拳は震えながらも確実に俺へと届いていた。

 当然俺も反撃して殴り合いが再開されるたのだった。

 


 透の言う澄原の心。


 俺はここへ来る前、凛上から事情は聞いていた。俺が追放され心を壊した透。

 その透の為に、澄原は賢明に頑張ったそうだった。悪夢を見せる力、それが澄原の力だと説明をされたが、正確には対象を眠らせて思うように動かす物だったらしい。

 それで澄原は、透を使い何とかやり過ごしていたという。

 目黒達の行っていたように、透と共にこの世界の住民を殺し始めたという。


「俺は!! 俺は由子に甘えた最悪な奴だ!!! 由子が一人耐え抜いていたのに!! 俺は!!俺は!!!」


 人を殺せば、元の世界に帰れる、透一緒に帰れると信じて。

 大司教の言葉を疑いもせず懸命になっていた。

 

 そして、あの日。

 俺と再びあいまみえた時。


「俺はぁああああッ!!!」

「ぐっぁ!・・・ぺっ!!」


 強烈な一撃が顔面に入り一本抜けた歯を吐き捨てる。


「俺は!! 引き返すわけにはいかないんだよ!!!」


 当時、どうすればいいのかわからないという気持ちがあまりにも強大で膨れ上がった透の心は壊れかけていた

 それを支えていたのは、言うまでも無く澄原だった。


 そんな澄原にも当然限界はあった。


 俺達はただの高校生だったんだ。

 人を殺しを始め出して平気でいられる訳がない。それこそ目黒達のようにゲーム感覚でやらないと精神が擦り減るに決まっていた。


 それなのにも関わらず。


 澄原は、俺という。透の親友を殺したんだ。

 自分の手では無く、透自身の手で、殺させたのだ。

 それが引き金になり、澄原の抱えていた物が崩れ去った。崩壊するのにはあまりに十分過ぎる理由だった。


「そっか・・・」


 俺はふと、攻撃の手を緩めてしまった。


 その瞬間また俺は透に殴られ吹き飛ばされた。

 地面に叩きつけられながら転がり礼拝堂の中央で、仰向けになり俺は大の字になっていた。


 そして、息を大きく吸った。



「なぁ、俺が死んだら。お前達は救われるのか?」

「・・・そうだ。俺の未来視がそう視せた。それしかない」

「そっか・・・」


 俺はゆっくりと、手を上げ指を差す。

 それは、俺達の殴り合いを黙って見守ってくれている、メリスを差した。


「俺の奥さんすげぇ可愛いだろ?」

「は・・・?」

「・・・・・・」


 メリスは目を見開いて驚愕している。

 だが反対に透は黙って俺の言う事に耳を傾けてくれた。

 これも、いつも事だった。


 お互いが言いたいことを言ってそれをぶつけ合う。

 それが俺達。


 安堂透と刻越藍の関係だ。


「悪い透・・・お前のお願いは聞いてやれそうにないわ。俺、これから世界救ってそこのハーフエルフのメリスと一緒に居ないといけないんだわ」


 床が冷たく感じるが、俺の心はそれを凌駕する程に熱くなっているのがよくわかる。


「お前が、澄原とするようなあんな事もこんな事もしないといけないんだわ。わかるよな」

「・・・藍」


 よいしょっと、俺はゆっくりと立ち上がる。

 そしてしっかりと透を見据える。


 俺と目線が合った途端、透はすぐに身構えた。俺が今感じている物を感じ取ったのだとわかった。


「藍・・・やっぱお前すげぇわ」

「お互い様だろ、お前のおかげで俺も・・本当の意味で決心付いたよ」


 透がどれだけ澄原の事を思っていたのか俺にはきっと計り知れない。


 だが。


「俺も・・・」


 決心の一歩。俺は一度目を閉じてゆっくりと開いた。

 そこには俺を見て涙を流すメリスの姿。ハーフエルフの力なのか、あの時と変わらない姿でそこに存在していた。


「あなた・・一体、誰・・・なの」


 言葉では疑いが晴れない様子だがきっと感付いたのかも知れない。

 あり得ない可能性を、メリスは信じたのだ。


 もう、迷う必要は無くなった。


「透・・・。わかってるな」

「あぁ、もう四の五の言う必要はないんだな」


 多くの事を語る必要はもちろんある。


 だが、もうそんな物は、この瞬間の俺達には必要ない。


 お互いが思うお互いの大切な物。

 それは、決して他人の為なんていう綺麗事だけで片付けられる物じゃない。


 男として欲、願望。

 ありとあらゆる要素がこれには含まれている。馬鹿げていると笑う者も必ずいる、くだらないと投げ捨てる者もいるだろう。


 それでも、俺達は・・・それを譲る気はない。




「行くぞ、透」

「来いよ・・・藍!!!」


 負ければ全て終わり失う。

 勝てれば全てを得られる。


 刻印も魔法も。過去も未来も、関係ない。


 今。


 今この瞬間は、ただ相手を捻じ伏せるだけだ。



「「おらぁあああぁぁあああッッ!!!!!!!!!」」



 俺の拳は透の頭に、透の拳は俺の頭に、ぶつかり合う。

 衝突音とその余波が辺りを震撼させた。


 だが、まだこれは挨拶に過ぎない。


「こん!! のぉおおー!!!」


 体勢を強引に変え、俺は飛んで顔面目掛けて透を蹴り飛ばす。


「ぐぅ・・!!」


 俺の蹴りが入る寸前。透は両手を頭へと動かし防御姿勢を取りダメージを軽減したようだが。

 受け身を上手く取れず床に転がる。

 起き上がる隙は、与えない。


「おらぁあああ!!!!」


 拳を構えながら飛び付いて寝転んだ透目掛けて拳を振り下ろす。が、寸前で避けられ虚しく地面が粉々に吹き飛んだ。


 俺は拳を地面に付き立てまま宙に浮いている。

 その隙を当然透は逃すはずも無かった。


「ぐはぁ!!!」


 強烈なら蹴りが腹部に減り込んだ。確実に内蔵が行き場を彷徨い衝突しまくっている。

 おかげでとんでも無い量の吐血、口に血の味が物凄く広がる。


「もらっ――!!」

「まだぁー!!!」


 そう簡単にやらせるわけが無い。

 体勢を崩し膝を付く俺をサッカーボールに見立てているのか知らないが、透は蹴り飛ばそうとする姿勢でいた。


 俺が蹴られる瞬間、両手で蹴る足に抱き付く。

 そしてそのまま俺の全身を使って姿勢を回転させる。


「ぐぅうぅぅううう!!!!」


 痛みに耐える透の悲痛の声が耳に入る。

 寸前で俺が回る方向に体を傾けて致命傷を回避したようだが、ダメージは十分だ。


「おらぁあああ!!!!」


 透の足を抱えたまま、一回転振り回し近い壁に放り投げて激突させた。


 それと同時に俺の口からまた血が大量に吐かれた。

 腹部への痛みが予想以上に来ているのがよくわかる、痛いくらいにっていうか痛いから。


「はぁはぁ・・・はぁ」

「ぜぇぜぇ・・ぜぇ」


 壁を破壊する程に激突させたのにも関わらず透は立ち上がってこちらへ歩み寄ってくる。

 へっ、でも足はかなりガタが来ているのを隠せないでいた。


「うぅあ!!!」

「おぉあ!!!」


 それでもお互い拳を振り被って殴り付ける。


 相手の攻撃を避け、ありとあらゆる箇所を殴る。

 殴る度にスタミナが消耗されていくことをお構いなしに。


 ガツガツと何度も何度も。

 相手が、倒れるまで。


 自分が立ち続ける為に。


「ぜぇぜぇ・・おあぁああああああ!!!!」


「はぁはぁ・・うぉぉああああああ!!!!」


 これが最後だと。なんて言葉は必要無い。

 ボコボコの表情を見せ合うのはもう終わりだった。


 最後に立っているのは、自分だと信じて・・・。





「俺・・の・・・勝ちだ。透・・・」


 決め手は呆気の無い物だった。

 最後の最後に透の拳を寸前で潜り込むように避け、俺は、自分の拳を胸部へと届かせた。


 決着が付いた。

 俺は、その一瞬だけ世界が静止したかのように魅せられた・・・。


「がはっ!!」


 静止した世界が動きを見せたのは、透が胸を抑えながら後退り、膝から崩れ落ちた光景だった。

 大量の血を吐き地面を真っ赤に染め上げた。


「・・・ぅっ」


 俺は戦いに勝った。透に勝った。

 その確信が、俺の身体を緊張の糸から解放させた。

 でも、まだ倒れてはいけない。そう頭ではわかっていても気の抜けたこの瞬間の身体に力は入れることが出来なかった。


 けれど、俺の身体は地面へ倒れる前に引き留められた。


「ボロボロ・・・。私を助けに来たでは無いのですかあなたは」


 メリスが俺の動かない身体を支えてくれていた。


「いつもの事・・だろ?もう・・・忘れちゃったのか、メリス」


 俺の言葉に真っ赤になった瞳がまた揺れ動く。

 そんなメリスを見て俺も忘れていた事があった。


「相変わらず、泣いてばっかだな」

「誰の・・・せいだと・・・!」


 メリスの肩に手を置き礼を言う。


 ほんの少し時間だったが、身体が回復した。

 回復薬等を飲んだわけでは、無い。ただ単に、メリスとこう他愛の無い会話が出来た。それだけやる気が出てしまった、男なんてそんな物だ。


 そしてそれは、礼拝堂の出入り口前で仰向けになっている男も同じだった。


「・・・澄原」


 倒れた透にゆっくりと駆け寄るのは、身体がもう消えかかっている澄原だった。

 澄原は、自らの足を動かすのだけでも精一杯なはずだった。

 刻印の力。それは俺達異世界から異物がこの世界に繋ぎ止める為の物だと凛上は俺に話した。


 どれだけ強力な力であっても、この刻印を失えばこの世界には居られない。

 澄原の刻印は恐らく・・・。


「透・・・」

「由子・・ごめ、ごめ・・ん!俺・・・俺!!」


 仰向けで血だらけになった透の頭を自分の膝の上に乗せ、二人はお互いの目を見つめ合う。


「透は悪くないよ。悪くない・・私達は、ただ頑張っ・・ただけだよ。そうだよね、・・・刻越」


 ぐちゃぐちゃに涙を垂れ流した顔の澄原が俺を見る。


 そして澄原の言葉を思い出した。それは凛上に案内された時の澄原の言葉。



『刻越・・・ごめんなさい、透を・・お願い』

 その言葉の中にあまりにも大きな意味が、本当に多くの意味が含まれていた。

 感謝と謝罪、その二つだけで澄原が俺を殺そうとしたこと全てを許した。


「あぁ、当たり前だろ」


 メリスに笑みを浮かべて立ち上がり、澄原と透のまで歩み寄る。

 一歩近付く度に、俺は元の世界で溜め込んだ二人の思い出を振り返っていた。


 くだらない事でみんな怒られて。いつも俺と透の喧嘩を澄原が止めて、澄原が悩み苦しんでる時は俺達二人は全力で考えて結局何も出ないまま終わったり。


 透が澄原に告白して、付き合う事になった時は二人以上に俺は喜びに満ちて馬鹿みたいに絶叫した。二人が両想いだった事は最初からわかっていたから俺はたくさん喜んだ。


 逆に俺が年上のお姉さんにラブレターを書いて振られた時は、二人は全力で俺をたくさん励ましてくれた。


 それは高校に上がってからも、制服が変わっても環境が変わっても、俺にとっての掛け替えのない日常的光景。

 それだけ馬鹿な事をやっても、どれだけ馬鹿な事をやり続けても。



 俺達はずっと・・・一緒に笑い合ってたんだ。



 込み上がってくる感情がとてつもなく混じり合う。

 そんな感情を押し殺し続ける、そうでないと。


 俺は口を動かすことすら出来なかったから。



「当然だって! 俺の・・ぅっ! 俺の親友達なんだから! 悪い事なんか・・何一つ・・・何一つしてるわけ・・ないだろう!!!!」


 体勢崩し倒れ込んでも声を上げる。

言葉を並べるだけで全神経を使う。

 違う、使わないと駄目なんだ。今ここで言わないでどうするんだ、言わなきゃいつ言うっていうんだ。

 

「みんな! みんな頑張っただけなんだよ!! 俺も、澄原も、透も・・・!! ただ・・・ただ、それだけなんだよ!!」


 止まらない。止めることが出来ない。


 ただただ、俺は垂れ流すしか出来なかった。ありとあらゆる物、溢れ出る物が、全て口から言葉が出るように瞳からも、ただ俺は垂れ流していた。


「なぁ、透・・・澄原」


 名前を呼んだ二人はゆっくりと俺の言葉に耳を傾ける。


「みんなはこの世界にこんな形で来てしまったかもしれないけど。本当は、本当もっともっと綺麗な物がたくさんあるんだ」


 俺は多くを旅した。メリスと共に旅をしただけでは無い程に。

 多くの物をこの目で見てきた。感じてきた。

 当然酷い物もたくさんあった。


 けど、それを払拭する以上に、沢山あるんだ。


「二人と・・二人も一緒に――っ!!」


 色々な事を教えてあげたかった。もっともっと、色々な事をみんなで感じ取りたい。

 一緒に・・・これまで以上に、一緒に・・・。


「待ってくれ!! 頼むから・・・!!」


 残酷な平等の化身。それは時間、その時間は、無慈悲に進んだ。

 俺の願いを・・・これ以上叶えてくれる事は許されないかのように。


「澄原ぁあ!! 透!!!」


 こんな時に、俺の身体は動いてくれなかった。立ち上がっても再び倒れ、もう限界を告げるように俺の身体は倒れる。


 それでも、まだこの瞬間を終わらせたくない、終わらせたくない一心で俺は声を発し続けた。




「みんなで・・か。凄く素敵・・・ね、透」

「あぁ・・・どうせなら。そんな未来を・・・」


 白昼夢でも走馬灯でもない。

 これはただの妄想だ。


 刻印の力も前世の記憶も無い。ただの高校生としてこの世界に来ていたらどうなっていただろう。

 そんなありふれた力なんて必要に無い。ただ純粋にどうやって生きて行こうか悩み、モンスターを倒して、それを売って生計を立てて。

 時には喧嘩もして。もしかしたらさっきみたいに敵対するかもしれない。


 それでもきっと最後には・・・。





「あぁあああああああああああああああ!!!!!!」





 今消えて行った二人のように、きっと一緒に笑い合える・・・はず・・・だった。

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